宵越し二晩 あるアラヤシキでの「転換」
…――マーティは自宅のガレージで埃にまみれていた。
先祖伝来のガラクタをつめこんだだけの魔境。
足元を見れば百七十年前の骨董品がある。
苦労して掘り出してみれば、去年壊れて捨てたスケボーのタイヤだった。
いたるところで地盤沈下と、断層がくり返されていたのだ。
いずれは恋人にと、淡い恋心を抱いていた幼なじみ。
ジェニファーが転校することになった。
お別れのパーティーで何か贈り物をしたかったのだ。
お金がなくバイトをする時間もないため、思案した結果の埃まみれ。
一日ガレージにこもり、失敗だったかと長くなった影を見る。
夕日に照らされたのか、ガレージの奥にある古びた木製の箱が淡く光った。
いいかげん嫌気がさしていたけど、のぼって中身をあらためる。
喫茶店のレシートと、絡まった電気コード、壊れた時計とサメのおもちゃ。
そして鈍く輝く、二枚の金貨を見つけた。
硬貨には詳しくないので、いつの時代の品なのかはわからない。
まるでタイムスリップしてきたみたいに、けっこう新しい。
袖でこすってみる――輝きがさらに増す。
なかなかいいのでは……。
いやジェニファーの金色の髪と同じであり、これしかないと手を打つ。
なにより二枚あるのだ。
パーティーで受け取ったジェニファーはことのほか喜んでくれる。
ペンダントにした金貨を、目の前でつけてくれたのだ。
もう一枚は自分用、誰にもナイショのペアグッズ。
告白しようかと胸が高鳴った。
しかしジェニファーの優しいほほえみが崩れるのを――。
ごまかすべきではない、自分が傷つくのが怖かったのだ。
臆病者だと自分をなじりながら、元気でねとお別れの挨拶をする。
ジェニファーの少し悲しそうな笑みが記憶に残った。
辛く……だけど絶対に忘れない、初恋の思い出。
…――ジェニファーは金貨のペンダントを大切にしていた。
ところが数か月後、悩んだ末に転校先で友人となったマギーに手渡す。
仲のいい幼なじみからもらったけど、見るたびに辛い気持ちがよみがえるのだ。
なぜ素直に告白できなかったのか、後悔の記憶しかない。
マギーは慰め、いっしょに泣いてくれた。
大切な友人だ。
同じ失敗をくり返したくはなかった、前向きになろうと決心する。
好意をもってくれたビフとつき合うことにした。
体が大きく、少し乱暴だけど行動力はある。
今日もオープンカーでドライブに行こうと誘いにきた。
…――マギーの会社は最大の危機を迎える。
プライドをもって十年運営していただけに、ダメージは大きかった。
新規のオファーを受けるため、資金調達をした直後に業績の悪化。
リスクマネジメントが機能していたとは言いがたく、毎日資金繰りばかり。
金、金、金……。
机をあさって資料をかき集める。
何かのチェーンが引っかかって落ち、拾いあげると金貨のネックレス。
元はペンダントだったが留め金部分が壊れてしまった。
気に入っていたので捨てるのも忍びなく、金貨だけ再利用したのだ。
すでに色あせ、少し拭いたくらいではかつての輝きを取り戻せない。
この金貨は……そうだジェニファーくれたんだ。
転校してきて、心細そうにしていたから声をかけた。
はからずも気があい、しばらく遊んでいたっけ。
ただ乱暴者のビフだけはやめときなといったのに、そこだけはかたくなだった。
少し笑う。
彼女の顔は十代のままだけど、同じように歳をとり元気にしているだろうか。
学生時代……振り返ると大した悩みでもないのに、一喜一憂していた。
毎日が新鮮な輝きに満ちていたのだ。
……なにくそっ!
まだ四十前だと頬をたたく、人生これからじゃないか。
金貨のネックレスは、社員のクララが珍しそうに見ていたので献上する。
過去に酔うのは三十年後で十分だ。
…――ドクはそういって、俺にブランデーボトルを差し出した。
もらっていいのか?
ロマネコンティ……マール・ド・ブルゴーニュ。
二十年も熟成させ、究極のマールと呼ばれる一品。
買えば二十数万はする、数量限定生産の貴重品だ。
なに、私はこれがほしかったのさ、君らにはもう必要ないだろう?
弾丸を受けひしゃげた金貨。
深い思い出があり、俺の命も救ってくれた金貨のペンダント。
ドクは丁寧に受け取り、封筒に入れるとポケットにしまう。
蒸気機関車展に行ったのだと、クララと撮った写真を見せびらかす。
胸に同じ金貨のネックレスが光っていた。
マーティ……未来は誰にもわからないのだよ。
いい歳して口角を上げ、キザにのろける。
骨董品のDMC-12に乗りこむと、飛ぶように走り去った。
愛妻家をパートナーにすべきじゃねえなあと苦笑する。
俺は車椅子のまま、広大な墓地をめぐった。
花が飾られた真新しい墓の前で、静かに止まる。
おかげさんでまた、生きながらえっちまったよ。
ブランデーを開け、墓石にかけよう……としたが考えなおした。
おまえさん確か、バンドマンは体が資本だとかぬかして禁酒してたよな?
憎まれ口をたたき、ニヤリと笑う。
封も空けず、ブランデーボトルを墓の前に大切に置いた。
これは俺のだ、しばらくあずけておくが――文句があるなら言いにこい。
捨て台詞を吐いて墓をあとにする。
命が消え去ろうとしていた、体が徐々に薄くなっていく感覚。
俺にあと、どれだけの時間が残されているのか。
何があろうと、愛を誓ったジェニファーは守る。
すでに、修羅に生きる男の顔になっていた。
…――ブランデーボトルが淡い光に包まれ、人知れず消えた。




