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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
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十六夜 事業と競争原理

「うまっ!」

 ウールドが風呂あがりにひと口ほおばり――吠えた。

 今日はできるだけ「貴族に見えるハデな服装」にしてもらったので、その口調はいかがなものか。

「頼んでおいてなんだけど、似合わないねウールド」

 屋台の新メニュー、「お好みクレープ」を試食してもらったのだ。

 お好み焼きほど厚くはなく、クレープほど薄くはない。

 肉は豚、猪、羊と選べむろんミックスも可能。中濃ソースとマヨネーズをかけ、クレープみたいに三角に丸める。

 屋台料理であり、冷まして手に持って食べるため中間の厚さになった。

 準備と焼くのに手間と時間がかかる。その分肉の充実感と小麦のボリュームで、かなり満腹度が高いと評判。

「このドロッとかかってる、甘酸っぱいソースがたまらんなあ! ホットドックもよかったがこっちにも向いてそうだ!」

「煮こみ料理にも合いますね、ちょっとした味つけなどにも活用できますよ」

 中濃ソースはみつからない食材があり、使用を見合わせていた。

 リコピンを含む代用でもいいからと探しても、グレープフルーツやスイカはまだこちらに伝わっていない。

 幸い一四世紀には品種改良前の、紫や黄色いニンジンが伝達している。

 栄養素が近いので取り入れ試食会で試してみた。ぼくには物足りなかったけど、メイドさんたちが大絶賛していたので採用。

 ――ニンジンが見事なオレンジ色となるのは、一七世紀である。

「ソースの研究が盛んになるのはルネサンス期だから、今後に期待するしかない。インドを起源とするウスターソースも、一九世紀だからなあ」

 ともかく調味料が少ない、試行錯誤していくしかないのだ。

 お好みクレープなら、ホットドッグ用のキャベツが使い回せる。食品ロスが抑えられるのはありがたかった。


 公衆浴場「アラヤシキ」の前に、三畳の屋台を三台設置。

 鉄板人気は外せない「鶏の唐揚げ」、調理のしやすさ一級品「ホットドッグ」、これに新メニュー「お好みクレープ」をふくめた三品が正式に採用された。

 使用する食品の貯蔵や下準備に、空き家となっていたパン店舗を購入。

 酵母を持ちこみ製造許可を取って、パン用の窯をそのまま利用している。

 仕込みに雇った職人はローテーションで屋台店員も兼任していた。製造している製品の状況、不備をみつけてより良くするための試み。

 小麦の製粉は城の水車を使わせてもらえるし、かなり恵まれた体制である。

「新作パンはまず領主へなんて、裏取引(おねがい)はあったけど……」


「ありがとうございます、次の方どうぞ――!」

「ご購入される方は手を洗い、こちらの列におならびくださ――いっ!!」

 すでに販売しており、入浴しない方まで行列を作っていた。

 貴族でもなければ手を洗う習慣がない。お風呂あがりなら問題はなかったのに、食品を包む紙や布も用意できていない。

 そこで薪ボイラーから手洗い用の水道を増設し、店員に呼びかけてもらう。

 入浴しない方が南西の外れの貴族区まで足を延ばすのは、想定外だったのだ。

「そりゃあ噂を聞いて来るだろ、マジでうまいぞコレ!」

「……嬉しいんですけどね、想定通りにはいかないものです」

 ウールドが速攻で食べきり、指を舐め物欲しそうに屋台を物色している。

「半バーガー」がないと悲しい顔を隠しもせずに披露するので、お好みクレープでお腹を満たしてもらったけど……足りなかったね。

「やっぱ肉を食うと、体の底から力がみなぎるよ」

「おいしいねえ、偉い方もおっしゃってたよ、魚よりも栄養があるんだってさ」

「違えねえ、肉を食うとパ――っと気分が明るくならあ」

 現在家畜小屋を持っている農家と提携し、鶏を育ててもらっていた。

 規模こそ小さいけど養鶏場である、今後も増やす予定。むろん鶏の唐揚げ用で、卵もマヨネーズにする見込みだった。

 しかし手洗いに見られるように、まだ衛生観念が根づいてるとは言いがたい。

 古い卵を持ってこられた場合、対処しようがない。毎回水に浸けて判別するのも現実的ではない。

 城の家畜小屋で飼育している鶏の卵しか、安全確認が取れないのだ。

 卵は三品の全部に必要で、調味料としてのマヨネーズも外せない。半バーガーの「マヨネーズ和え」で大量に使用する分の確保は難しかった。

「手洗いに卵の危険性……どうしても自分の常識で、行動してしまいがちだなあ」

 ウールドにはぼくが個別に調理するからと納得してもらう。

 今回頼む「芝居」のお礼もあるしね。


「アカーシャ慌てなくっていいから、ほらソース垂れてるよ」

「ふんっふんっ」

 洗濯されたばっかりの焦げ茶に近い赤いシュールコーに、「お好みクレープ」のソースが今まさに落ちかけていた。

 間一髪手で受け止める、本人は気がつかず夢中で食べていたけど……。

 入浴後の汗も引いてない、髪がまだ半乾きだったのでタオルで拭いてあげる。

 アカーシャはあの昼食会以降、街中に出るときは必ずついてきた。「護衛」として二人がついてくるので、四人で動き周っている。

 ――アカーシャが「無欲(むよく)」により、何を「視た」のかわからない。

「未来予知」――興味がわいていたけど疑問もあった。良い未来ばかりではない、むしろ良い未来なら話す必要はないのだから。

 話せない未来。

 望まずとも悲劇が訪れる未来を視てしまう。悲劇が起こるとわかっているのに、変えられないと何度も痛感する。

 それは未来を知れないぼくらより、よほど辛いのではないか。

「友人や知人の、生死がかかった瞬間を視たら最悪だな。なんとか救いたいのに、何もしちゃいけない(・・・・・・・・・)

 人に話すと原因が変わる、生じる結果も変わり「因果が乱れる」のだ。余計酷く改悪されるなんて聞くと、質問すらはばかられる。

 まだ幼く見えるアカーシャの髪を拭く。

 この小さな娘は、今までどれほどの悲劇を体感させられたのか。ソースまみれの顔で「にへら~」としか形容できない笑みを見せた。

 ぼくも合わせて笑い返す。


「しっかし遅っせなあ、いつまで入ってんだあいつ!」

「う――~ん、アカーシャが湯冷めしてしまわないかな」

 ウールドが焦れてきた。

『よかったら、お風呂を試しませんか?』

 用事で街に出たけどまだ時間があるし、護衛には不向きですが率直な意見を聞かせてもらえないでしょうか――と提案したら乗ってくれたのだ。

 しかし入浴後「アラヤシキ」の前で四人目を待つも、一向に出てこない。

 護衛の一人である、イーシャ卿。

「気品ある」の言葉が似つかわしく物腰の柔らかい、しかし芯のある美人。

「やっぱり女性の入浴は、時間がかかるんじゃない? ……いろいろ」

「おお――~…」

 ぼくの呟きに合わせ、女性が一歩引き男性が視線を向け――群衆が割れた。

 温泉マークを染め抜いた赤い暖簾(のれん)が軽く舞いあがり、美女が現れたのだ。

「お待たせいたしました、アユム卿」

 先端が輪になった特長のある錫杖を突き、イーシャ卿がよどみなく歩いてくる。

 ダークブラウンの髪を完璧にカールアップし、薄紫のコタルディが体をおおい、蠱惑的な凹凸を魅せつけ、両耳を彩った真珠色のピアスが光っていた。

 上気した頬すら色っぽさを底上げしている。

「お前なあ、護衛の意味知ってっか?」

「あらアユム卿が試そうと申したのですよ、閣下(・・)? すべて完璧に試さないほうが失礼にあたりましょう」

 すかさず咬みつくウールドをあっさり流し、それよりもとぼくに向きなおる。

「アユム卿城の浴室にあったシャンプーを、こちらで販売しないのでしょうか? 大理石の浴槽は十分広く、手足が伸ばせて堪能できます。天井が高いのか開放感も最高ですね。気になるのは手桶不足で、待っている方がいましたわ。とはいえ――なによりシャンプーがないと、私の髪が痛む気がしてはなはだ困るのです!」

「あ、はい……」

 勢いに押され声がつまった。

 ぜひとも検討していただきたいですわ――それと、と重力を感じさせない動きでぼくに忍びより、耳元に艶のある唇を近づける。

「アユム卿、私の目に光はございませんが、その分耳はいいのです。言葉には十分気をつけたほうがいいですよ? ……いろいろ(・・・・)

 色っぽくささやいてるのに、眉が笑っていません。

 騒ぐウールドを華麗に無視し、「お好みクレープ」を購入しにいった。

「もしかしたら、少し怒っているのかも……」

 ヴィーラ殿下もスーリヤ様もそうだ、女性の髪に対する執念は怨念(・・)に近い。

 ――不思議なことに古今東西で、髪には特殊な意味をしめし伝えられている。

 魔力の源となり巫女は髪を伸ばし、不運の回復にと髪を切り、祈りをこめた髪を戦地へのお守りに捧げた。

 欧州でも魔術の法具として登場したり、逸話が数多く残っている。

「カレンデュラオイルは治療の軟膏として重要視してた。利用者に要望を聞いて、シャンプーの販売も視野に入れておこう」

 屋台にならぶお客さんがイーシャ卿に照れ、「お先にどうぞ」と勧めていた。

「美女は得ですねえ」

「そうかあ? お高くすました、いけすかねえ貴族様にしか見えねえが」

 ぼくの苦笑に返した狼の呟きは、引くほどの怒気となって睨み返された。

 ウールド、少しは学習しようよ。



 ☆



「お――っし、てめえら集まったな――~!」

 踏み台変わりに放置してあった箱へのぼり、ウールドが叫ぶ。

『ウ――ルドォ! 貴族の言葉……っ言葉ァ!』

「おっといけねえゴホン、皆の者よくぞ集まった大儀じゃ――~ホッホッホッ!」

 ぼくは横に控えながら、失敗だったかなと心でうなる。

『……今さらですけど、彼にこの役が向いてると思う因果伯は皆無でしょうね』

 腹芸には縁遠い性格ですからと、同じく横に控えているイーシャ卿が呟く。

『でもトリコナーはぼくとさして変わらないし、一番適してるバクティ卿は自分が理解できないのに勧めるのは騙すに等しいと、聞いてもらえなかったんですよ』

『まあ確かに、私も必要性だけなら……なんとなくは理解できましたけど』

 アカーシャだけは、ウールドを見てはしゃいでいた。


「今大人気の屋台料理三品、レシピが知りたい方は集合!」


 数日前の告知にかかわらず、商人に行商人に屋台持ち、二十名が呼びかけに応じ「アラヤシキ」に近い空き家に集まっていた。

 何をやってるのかとやじ馬が数十人、外まで人があふれ建物を取り囲んでいる。

「儲けを生む商品のレシピを、自ら差し出すのか!?」

「なんか言葉巧みに、俺らを騙す気じゃねえの?」

 疑問を持ち懐疑心が用心をもたらし、疑いのまなざしが遠慮なく突き刺さった。

 しかしこれは、通らなければならない「制度改革」である。人が集まればそれを目当てに商売が立ち、また新たな問題が発生するのだから。

「ほんじゃアユ……それではア―ユムよ、説明を頼むぞよ――~っ!」

 ウールドが一応予定通り進行させる、こうなったらやるしかない。

 ぼくはいつもの燕尾服で、従者みたいに会釈して一歩前に進み出た。

「はい、ムカッシュヴァナーサナ伯爵(・・)!」

 集った方たちや周囲のやじ馬まで、ざわついてウールドに注視する。

 見慣れない服で立つ男性が「伯爵」、貴族なのに驚いてるのだ。身分の隔たりが建物を包み、徐々に静寂が支配した。

 今回ぼくは脇役。

 十四の小僧がなにか主張するより、肩書がモノをいう状況がある。まあ何人かは「なんて爵位号だって?」と引っかかってたけど……。

「それではレシピを公表いたしますが――別途使用料(・・・)のお支払いを願いますので、どうぞご理解ください」

 ぼくは静まり返った周囲を見回し、悠々と話す。

 聞き慣れない「使用料」の言葉に、集まった方たちが再びざわついた。

「あの……それは、なんの料金なんすか?」

 ウールド――貴族がいる緊張からか、声に覇気がない。

「レシピを使用した商品の売り上げから、毎回一定額を徴収するのです」

 平然と答える。

 意味を理解した者が弾け、順次に批判を口にした。

「なんだよっ教えてくれんじゃねえのかよ! やっぱり騙す気か!」

「毎回払うって……売ってくれるのではないのですか!?」

「それでは税金と同じではないか! まだ俺たちから搾り取る気か!」

 騒ぎが収まるまで、いったん間を開ける。

 ウールドには何があっても、堂々としてるようお願いしておいた。髭もないのに整えてる、誰のマネなんだか。

 ころあいを見て――。

「これは特許状(・・・)を交付してもらう、国の新たな制度です!」

 さも当然とばかりに宣言する。

「こちらに問題はないんですよ」――のアピールだ。

 またもや「特許状」などと、聞き慣れないシステムを持ち出す少年。放置できぬ「疑問(もんだい)」に対して、人は「理解(こたえ)」を求める。

 物見遊山なざわめきが止み、説明を聴くために意識が集中した。

 場が整ったのだ。


「あ――うむっ!」

 予定通りだとウールドに目配せする。

 一つ咳払い、それだけで皆が「伯爵」に注目した。

「皆の衆よ! たとえば時間をかけて作った商品なのに、資金を持っている誰か(・・)にマネされて大赤字。なんて経験をされた方も、おられるのではなかろうかな?」

 悠然と周囲を見回す。

 数人が顔を見合わせ眉間にシワを寄せている。身に覚えがあるのか、露骨に頷いてる者もいた。

「そうじゃろう? 特許状とはいわばな、領主(・・)に開発にかけた時間や資金を認めてもらおうって制度なんじゃよ」

「りょ……領主様に?」

 領主という支配層を表す階級に、話の大きさを実感してざわめきが起こる。

「一定の期間商品を独占的に使用できる権利、『俺のだ!』ってのを認めてもらうのじゃな。特許状(これ)があればお前らも安心して商品開発ができねえか? マネされて大損もなくならあ」

「勝手にマネされるんじゃ……」

 不安げで、もっともな呟き。

 オイオイ――とウールドが腰に手を当て、呆れたねと態度でしめす。

「領主が交付するんだぞ? そのうえには誰がいる!? ヴィーラ殿下だ!」

 誰もが伝え聞く、黄金色の髪の少女を想像する。

「てめえらあのお方に逆らう勇気、あんのかい!?」

 まあ勇気とは言わねえがな――と、斜め上を見ながら呟く。全員が一斉にかぶりを振り蒼白になっていた。

 抜群の怖られ方です、ヴィーラ殿下!

「使用料ってのはな、俺らの商品にだけつくってんじゃねえぞ。商人はどうだ? 行商人はなんかねえか!? 屋台持ちが新しいもんを作ってなにが悪い! 便利なもんこさえて堂々と公表してよ、マネする奴に使用料を払わせようじゃねえか!」

 貴族の言葉使い……いや、もういいや。

 ウールドが右手を高く挙げ、集った者たちを大声で鼓舞する。

「特許状はてめえら製作者の権利だ! 金持ちを見返してやろうぜ――っ!!」

「おお……っ! うおおおお――――~っっ!!」

 空き家のハリが揺れ、誰も彼もが本気かつられてか両手を挙げて吠える。

「そうだ――! 俺の儲けを取り戻してやる――っ!!」

「ちくしょうあいつめ! みてやがれ――っ!!」

 絶叫している者までいた。

 足踏みが無駄に運動エネルギーを生みだす。どこまで理解しているのか、周囲に集まったやじ馬まで大騒ぎする。

「伝説の幕開きだ――――っっ!!」


「まあ……予定が大幅にブレて、後半アジテーションみたいになっちゃったけど、これが一番わかりやすかったのかなあ?」

 苦笑まじりに横を見ると、イーシャ卿がバカ騒ぎに額を押さえていた。

「本当に、想定通りにはいかないものですね」

 事業の成長はなによりも競争原理。

「他者より良い物」を製作した者が成功者となれなければ、誰も努力はしない。

 優秀な者の発明が政府によって一定期間保護され、裁判での審議と権利を与え、内容の公表により経済の発展をもたらす。

 欧州では一五世紀後期に制定された――「特許制度」である。

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