十五夜 感謝の宴
マナスル城で「広場」と言える空間は、井戸のある中庭と城門前である。
城門が破られた場合に備え、敵が侵入する前に防壁を作る場所。城門前はまさに最終防衛ラインだった。
そこに三つの屋台と複数のテーブル、寒さ除けの焚き火が設置される。
アユムがお世話になっている皆さんに、昼食をふるまいたいと申し出たのだ。
「試食会も兼ねているのはご愛敬」
などと軽口をたたき、白眼視されてはいたが……。
城には他領の伯爵や貴族が滞在する場合がある。行政の大臣格である宮中伯も、当然だが連日参画していた。
「主日は慎み深くミサを捧げる日だ、なぜこのような騒ぎを起こすのか!」
「いくら殿下が招かれた方とはいえ、好き勝手されては困る!」
大反対された浴場設備を強行し、秩序を乱す行為をくり返す少年。有力者がいきり立つのは必然である。
なのに領主のマナスル伯爵がまたもや賛同してしまう。
屋台の後ろにテーブルを持ち出し陣取って動かない。三か所の屋台を回るのに、もっとも適した場所だったから。
「かっ閣下、今回は試さずともわかります! マナスル城の権威を破壊してしまうバカげた蛮行……っどうか、再考のご決断を!」
「そうね、アユム……卿がお世話になってるのは、貴族じゃなくてメイドだっけ。じゃあ今日の昼食は無礼講としましょう!」
むしろ相伴にあずかるのは私たちのほうね――さらにこのような爆弾を落とし、場は最大の混乱を引き起こす。
「しっ使用人が我らと同じ場所で、同じ食事をする!?」
「国家の威厳はどうなるのですか、他国に知られたら嘲笑されかねません!!」
まさに世の常識を破壊する行為に、家令と宮中伯は周囲の目も忘れ絶叫した。
領主を説得し、怒り、嘆いた最終防衛ラインは……見事に破られる。
上役のゴタゴタをどこ吹く風と、ついに「前代未聞昼食会」が開催された。
店舗ではなく屋台であり、調理に手間のかかる料理は提供できない。
一店にはお世話になった因果伯に迫られ、外すことのできなかった半バーガー。
一店には二〇世紀前期に誕生した、現代でも定番の串に刺した鶏の唐揚げ。
一店には一九世紀後期にソーセージが熱いので、パンに挟んで売ったのが起こりと説のあるホットドッグ。
それぞれ屋台料理に適した具の量や味を調べるため、選択し変更ができる。
調味料にはマヨネーズ、中濃ソース(試)、にんにくオイル、マスタード。箸休めに各種ドライフルーツをお好みでそえた。
飲み物は陶器のコップと共に各テーブルに備えてある。
ワイン、エール、蜂蜜酒、林檎酒、梨酒――そしてハーブティーを選択できる。
ワインが人気と思いきや遠巻きに見てるだけ。
一人が勇気をふるって手にすると、以降我も我もと列が連なった。
せっかくだからと城の薪ボイラーで作った、温泉卵と季節の温野菜。別枠としてアーモンドとタマネギのポタージュは、木製のコップで提供する。
同じテーブルに口直しの果物とサラダも用意された。
そしてとある領主が暴君に奪われたとねだった――クロワッサン、デニッシュ、スコーン、ピロシキが小麦色の花をそえる。
これらの消費量は、すべてが大切なデータとなるのだ。
ただしこれはもう屋台ではなく「野外パーティ」だと、アユムが気づいていたかどうか定かではない。
「木炭の配置によって鉄板の温度がバラつきます、焦げたのはそれが原因ですね。ソーセージを焼く場所の調整をしてみてください」
「はっはい、申し訳ありません!」
「アユム卿この場合は、どうすればいいでしょうか――!」
「慣れない屋台での練習ですからお気になさらず、は―い今いきま――す!」
アユムは屋台を巡るかたわら、調整と再設定に忙しく取り組んでいた。
いつもの奇天烈な「燕尾服」を着て、佩刀していてもまったく騎士に見えないのは良いのか悪いのか。
所狭しと愛想を振りまき、それに倍する感謝とお礼に囲まれる。
「これほどにおいしい料理は、今まで食べたことがありません!」
「ああ、頬が幸福に満たされます――~お腹がふくれるのが悔しい!」
「アユムさま本当にありがとうございます、両親にも食べさせてあげたかった」
食事を改善し、城を住みやすくし、今ではもう手放せないお風呂。貴族でありながら誰にも分け隔てなく接するアユムは、絶大な人気があった。
感激し泣いている者までいる。
「異様」だったのは、群衆のほとんどが「同一の服装」をしていたのだ。
「知らない間にかぎ裂きができてるし、毎日服の準備に頭を悩ませるんですよ」
「見栄えが悪いですからね、放っておくわけにもいきませんし」
件の有力者が集まる城である、使用人と言えど装いをおろそかにはできない。
そこでアユムは衣服の統一と支給を提案する。くるぶしまでの黒いワンピース、膝丈の白いエプロンとヘッドドレスのセット。
一九世紀後期に定着する、「メイド服」を進言したのだ。
効率よく洗濯できるし、サイズ次第で使いまわしが可能。手直しも簡単にでき、一部を変えるだけで立場がひと目でわかった。
「制服」にすれば色合いも気にせず、着やすいので使用人に好評である。
「気に入っていただけたみたいですね。これも一定の成果といえますし、さっそく申請してみましょう。それにしてもこれでは、メイドさんになってしまいますね」
「……メイド、ですか?」
「あっ……いえあの、あはははは」
不用意な発言を笑ってごまかそうともう遅い。
それ以降マナスル城の女性使用人は、「メイド」と呼ばれることになる。
「あっ! アユム、私にもソレ――!!」
「は――~い! 少々お待ちくださ――い!」
メイドの集団より大騒ぎしているのは、屋台後ろのテーブルだった。
誰かの盛りつけを目にしてはマナスル伯爵が叫ぶのだ。豊満な肉体をこれで維持しているのだ、とばかりの食欲である。
同じテーブルに赤毛の幼女こと、因果伯のトゥランガリア伯爵も陣取っていた。
無礼講とはいえ、立場的に不敬にはならないのか。小さな体をすべて胃袋にし、つめこめるだけつめこんでいる。
「彼の少年を黙認すればどうなるか、見よ言わないことではない!」
「由緒ある城内での乱痴気騒ぎ! 開いた口がふさがらんとはこのことだ!」
「世の秩序が崩壊する……これは、たいへんな問題であろう!」
居館では広場の笑い声に顔をしかめ、憮然と昼食をとる貴族もいる。
風に乗って流れてくるおいしそうな香りに首を振り、興味のないふりでいつもの量が多い料理を口に運ぶ。
妙に肩を持つ領主への不満や愚痴をこぼし、どうにか胃袋をごまかしていた。
「ええ、これはたいへんな問題だ……」
しかし幾人かはメイドに料理を運ばせ、こっそりとレーズン酵母のパンを食べて――おいしさに口が開かなくなるのだ。
「ほい通してくれ、悪いな。おっねーちゃんそれ、おもしれえ盛りつけだな」
休憩中の兵士も数人、メイドの群れに威圧されつつ屋台の端で食べている。
けれども堂々と混ざり、雑談をしては料理を確保していく者もいた。
「ほうらよ―トリの坊主、ホットドッグのソーセージ二段重ね! しっかしやっぱアユムって変な奴だよなあ、貴族の反感買いそうなことを平然とやっちまう」
俺でもここまではやんねえぞと、若干だが悔しさをにじませて笑う。
ムカッシュヴァナーサナ伯爵――長い爵位名なので大抵「餓狼」か、よくて名のウールドと呼ばれる彼は、十七人いる因果伯の一人である。
左頬に一文字の古傷があり、短く刈った髪のサイドを灰色に染めていた。長身で引き締まった筋肉をしており、冬だろうとよほど寒くないかぎり黒に近いグレーのノースリーブ。太い革ベルトの腰裏に、二本の短剣を差している。
「ありがとうウールド!」
手を合わせて喜ぶのはトリプティー伯爵、十七人いる因果伯の一人である。
声変わりがまだなのか、ソプラノボイスの十五歳。金色の髪をストレートで腰まで伸ばす、少女と見紛う美少年だった。
屋台でアユムと邂逅し、お互いの美貌になにを話すべきか迷う。
つい見つめあってしまい、周囲のメイドがため息と黄色い絶叫を同時に放つ。
以降屋台のそばに寄りがたくなり、ウールドに料理を頼んでいた。
手が隠れるほど長く袖が漏斗に広がる白いコット、上着にピンクのシュールコーを着て金の紐で軽く止めている。
「ムカッシュヴァナーサナ卿、アユム卿は殿下のお招きだ、変呼ばわりはよせ」
長い爵位名を言い切ったのはバクティ伯爵、十七人いる因果伯の一人である。
均整のとれた体と一八〇を超える長身。オレンジのプールポワンは金糸で刺繍がほどこされ、失礼にならないていど胸元が開いていた。貴族の姿が板につく彼は、人一倍服装に気を使っている。
動きに合わせ、使いこんだ長めの腰ベルトが踊っていた。
決意を抱いたまっすぐなグレーの瞳。若干巻き毛の焦げ茶の髪を肩まで伸ばし、一か所だけ三つ編みにして赤いリボンで留めている。
「……礼儀をわきまえてくださいませ」
爵位名を避けて注意するのはイーシャ伯爵、十七人いる因果伯の一人である。
ダークブラウンの髪が輝き、カールアップに整えるのは未婚をしめす。両耳には真珠色のピアスが淡く光っていた。袖口が膝に届くほど長い薄紫のコタルディは、魅力的な体をさらに誇示している。
閉じた目に光はなく、長いまつ毛が魅惑的に揺れた。
先端が輪になった特徴のある錫杖を杖代わりにし、混雑するメイドに触れもせずいつの間にか料理を得ている。
因果伯の四名は別にそうする必要もないのに、城壁の隅に固まっていた。
さすがにメイドの群れのなか、孤立する勇気は持てなかったのだ。
かといって、トゥランガリア卿のマネもできかねる。領主であるマナスル伯爵のテーブルにつくのは、いかなウールドとてはばかられた。
状況が織りなす結果によって、我知らず集まってしまう。
「うっわあ……おいしいっ!」
トリプティー卿が口に手を当て、頬を染めてホットドッグを称賛する。
本人はどう思っているのか、しぐさがさらに少女の雰囲気を漂わせていた。
「だっろう!? 肉汁で舌がとろけるし、なにしろパンが最っ高にうまいんだ!」
これも食ってみろと、鶏の唐揚げを押しつける。
よほど気に入ったのか指の間に何櫛も挟んで見せびらかし、かぶりついて何杯目かのエールで流しこむ。
「手当たりしだいでは味がにごる、アユム卿に感謝し敬意をもって食さねばな」
固いことを言いながらも、バクティ卿は両手の半バーガーを手放さない。
次は中濃ソースにしようか、いっそマヨネーズと混ぜてみるかと思案していた。
「まったく監視対象であるアユム卿のパンを強奪していたなんて、ヴィーラ殿下の主命をなんだと思ってるんですか!」
食べすぎたお腹を摩り、イーシャ卿はハーブティーを飲んでいる。
袖の中に隠したスコーン、クロワッサン、デニッシュは夜食なのか。ピロシキをマナスル伯爵に持っていかれ、口調が厳しくなっていた。
「まあまあウールドのおかげで、毎日おいしいパンが食べられるんですし」
「だよなあ! って―か監視しろってだけで、気がつかれるなとは聞いてねえ」
「そんな弁解が通用するわけないだろう! だいたい卿は因果伯の立場を――」
「殿下のご機嫌がよくって本当に……あっ! またマナスル卿が、んもうっ!」
☆
――召喚の儀からしばらくあと、因果伯の間に騒めきが起きる。
十七名の中から六名を、マナスルに滞在させると下知があったのだ。
本来因果伯はヴィーラ王国の各領地に派遣され、知り得た情報を殿下に報告する直属の家臣であり交渉官。
今回は召喚の儀のため集結されたにすぎず、再び各地へ出立する予定だった。
「南のサーガラ領に四名、北西のウダカ領に三名、新王都に一名、各領地を移動し任意の予備人員として三名――そしてマナスル領に六名とする!」
謁見の間でいっさいの逡巡なく、ヴィーラ殿下が宣告する。
そばには「魔王の子守り唄」こと、近衛隊長のステューパ卿しか控えていない。
近衛隊員にすら知らせられない、国家の極秘事項なのだ。
十七名の漆黒のマントが整然と跪き頭を下げる姿は、少女を連れ去りに出現した悪魔にも見えた。
告げたのであれば決定である、ところが件のヴィーラ殿下は動かなかった。
因果伯たちは意見具申を求められているのだと判断し、率直に発言する。
「……御意にござります殿下、主命であらば我ら身命を賭してお受けいたします。ですがなぜマナスルに六名もの因果伯を滞在されるのか、愚鈍な我らにご教示願えませんでしょうか」
「プールヴァ帝国への警戒は明白です。ですがこの城郭都市なら援軍の到着まで、単独で耐えきれると愚考いたします」
「いまやマナスルにさほど価値はありませぬ。殿下をお守りすべく新王都に六名、マナスルに一名でこと足りるかと」
疑問と、必要性と、役割と――主張はこの三つに集約していた。
予想された質問だったのか、少女は軽やかにかわす。
「まずは我が招いた『悪あがき』の監視ごくろうであった。どうやら本性を現し、なにやら画策しているようだ」
子供のイタズラを発見した、大人のふくみ笑い。
「我には六名の近衛兵がいる。彼奴が唯一無二の存在であるのなら、同じ数の監視がいてもよかろう? 狭量よと噂されては美容に悪い」
少女が黄金色の髪を舞わせると、長い爵位名を持つ狼の尻尾が総毛立つ。
『やべっ! どこで聞かれた……!?』
いつか発した不敬なぼやきを看破され、どうにか叫ぶのをこらえて苦笑する。
しかし殿下の発言ではあっても、この主張にはいささか納得できない者もいた。
「殿下に比肩する者などおりません!」
あるいはそう再具申したい要望にかられる。
叫べない願いを視線にこめ、数人が「魔王の子守り唄」を見つめた。
「殿下に比肩する者など、この世にはおりません!」
ステューパ卿も具申を求められたなら、さらに強調し豪語したに違いない。
だが求められてはいない以上、ヴィーラ殿下の主張がすべてである。そばに控え完全に同調する姿勢をつらぬいていた。
ある意味、アユムよりやっかいな存在である。
「我の余興だ、果たせ!」
「はは――っ!!」
十七名の漆黒のマントが再び頭を下げた。
因果伯らにとっては具申を許されただけ、ご褒美だったのか。ましてやどこぞの「奇天烈な少年」と違い、反論などあろうはずもない。
ゆえに「では誰がマナスルに残るのか?」と、次の段階に意識が変わる。
属性とそれにともなった相性、他領との偏りによる問題、なにより殿下をお守りする新王都の一名は誰が適しているのか。
難解なパズルを幾度もシミュレーションし、眉根を寄せ最適解をとく。
『俺っ俺が残る!』
なのにお気楽な一名が尻尾を振って自己主張し、他の因果伯は苦虫を噛み潰す。
『このごろ妙に監視をやりたがるし、何を考えているのかこの狼は……えっ!?』
『まっ待ってよアカーシャ! なにを――…』
そんな意識が因果伯に巡っていたさなか。赤毛の幼女ことトゥランガリア卿が、二名の袖を引いて前に進み出たのだ。
場合によっては不敬な態度に、ステューパ卿の目が細まった。
――黄金色の少女と赤毛の幼女の視線が一条の光となり、一瞬だけ交差する。
漂った空気に意思疎通がはたされたのか。袖を引かれ出てしまったイーシャ卿とトリプティー卿は、真っ青になっていたが……。
「これは困ったな……我が命じてもおらぬのに、すでに三名が選ばれてしまった」
ステューパ卿が進み出る気配――誰もが剣の鞘走る音を耳にした。
「だが妹のように慈しんでいる、トゥランガリア卿のわがままも聞いてやりたい。我は姉さながらの優しさではないか? ステューパ卿」
「はっ! まさしくお優しい姉上のお姿かと!」
「うむうむ、そうであろうなあ――!」
ヴィーラ殿下が愉快そうにうなずき、声をあげて笑う。
それを合図としたのか、トゥランガリア卿は無言で目を伏せる。
「それと彼奴が王族以上の重要人物と申す狼も、四人目になりたそうだな」
「うえっ!?」
聞き捨てならない主張に、「魔王の子守り唄」の目が完全に据わった。
狼の尻尾が後足の間に巻きこまれ、負け犬に返還される。喜劇はもちろん残りの二名が指名されていても、他の因果伯にとって重要ではなかった。
なぜなら妙に機嫌のいい主君の軽口を、笑っていいのか流していいのか。
どうすれば不敬とならないかを、必死に考えねばならなかったから……。
気苦労の多い因果伯が悪夢から覚めた翌日。
マナスル領に滞在する六名の中にウールドがいたので、アユムはただ喜んだ。
共通の目標に向かい、なし遂げる喜び。
狼といっしょに公衆浴場の建設に携わり、図書委員長と図書室改革に奔走した、かつての攻防戦を懐かしんでいたのだ。
そんなアユムは「発作」を迎えていた。
忙しく動いてごまかそうとしても、反省と後悔が押し寄せてくる。
「嗚呼……なぜヴィーラ殿下にパンをお出ししなかったのか。激しい持論を受け、鋭い反論をいちダースは用意していたのに!」
今度こそ「炎生」を、当てていただけたかもしれなかった。
想像するだけで背に電流が走り、恍惚としてしまう。
「ヴィ―ラ殿下……」
新王都がある西に向かい、アユム卿……本日何度目かの深悼。
「ああっアユムさま! なんと壮麗な忠誠心でございましょう――!」
「殿下に身命を賭しておられるのですわ! アユムさまっ美しすぎます――…」
メイドたちが感極まって追従する。
「トリプティー卿! どうかアユムさまを、慰めてはいただけないでしょうか!」
「ゑっ!? 私が、ですか?」
いきなり振られて面食らい、ソプラノボイスが裏返る。
「ささっどうぞおそばに――っ」
「なぜ……ええ――~っ!?」
黒髪の容姿端麗な少年と、金色の髪の美少年が向かいあう。
しばし見つめ合うと、ふいにアユムが手を差し出してほほえむ。意味がわからず戸惑う金髪の少年。
しかし意を決して応じ、手を重ねて「握手」を交わした。
――握手が欧州に定着したのは一六世紀である。
社交界の挨拶として貴族の間で用いられたのだ。以後は礼儀とするマナーから、規則とする厳しいルールにまで発展した。
異世界に「握手」の文化が花開いた瞬間、だったのかもしれない。
「キャ――ッ! お二人ともステキですぅ――!!」
悲哀劇にわく観客の悲鳴ともいえる叫喚は、いつ終わるとも知れず続く。
「あの手はああすりゃよかったのか、にしてもなんか引くわァ」
「未来を憂う若者の熱き友情だ! なんとも美しい姿ではないか!」
「……ノーコメントですわ」
「――あれ? そういやアカーシャと俺らで計五人、六人目は誰が残ったんだ?」
そこは主塔の屋根。
三角錐でできており、通常なら上り下りですら恐怖する場所。風を切る音を耳にするだけで、肌寒さが増していた。
「熱っ……んん、冷まさないと飲めないなあ」
ホットドッグをほおばり、湯気のたったポタージュに息を吹く。漆黒のマントをはおった影が、臆することなく座っている。
そこはお気に入りの場所だった。
地平線のはるか遠くには新王都があり、ヴィ―ラ殿下がおわすのだ。
「にや――~ん……」
わざとらしくひと声鳴くと、痩身のフードは音を立てずに気配を消す。
おいしそうな匂いの誘惑に負け、屋台に向かった衛兵が帰ってきたのだ。
☆
「う~んサラダは失敗だった、再利用しなきゃもったいない。コレはどう考えても生じゃ食べないよねえ」
先入観に縛られてたなあ――。
キャベツの葉っぱが大きく、かじるのもひと苦労の硬さ。蒸し料理で成功して、品種改良前なのを失念していたのだ。
この時代、野菜は煮こむのが一般的なのも当然である。
生野菜を食べる習慣はなく、調理前なのかと手つかずで放置されてしまった。
「でもおおよその消費スピードと、嗜好データは採れたかな」
ぼくは屋台の後片づけをし、脳内でメニューを模索する。
お礼のつもりだったのに、妙に大騒ぎとなった試食会もひと段落ついた。手伝うと申し出るメイドさんに、丁寧にご遠慮願う。
ただでさえパンの製造に、掃除にお風呂の準備にと手伝ってもらっている。
自分でできることはやらなければ、申し訳がない。
「ぼくが主催者で皆さんはお客さまですから、楽しんでいただけたなら幸いです」
満足してもらえたのか、目を潤ませてるメイドさんもいた。
大袈裟だなと笑って手を振ったら、どこかで黄色い悲鳴がこだまする――。
「全体的に濃い目の味が好まれてた。でもそれはワインを遠慮していたのと同じ、普段食べられないからにほかならない」
公衆浴場「アラヤシキ」は無事にオープンし、連日賑わっていた。ぼくとしては週二でいいから入浴してもらいたい。
そこで屋台を開店し、香りと味を集客に利用するアイデアが浮かぶ。
「たまに食べるのなら濃い目でもいいか、できれば高タンパク抵糖質が理想で……まあこの時代に、カロリー計算は不要か」
その分見栄えをよくして、ごちそう感を演出するとか――。
食に対しての選択肢があまりに少ないからか。口に合うかどうかより、満腹感や満足感が優先されている。
貴族でこれなのだ、平民は推して知るべし。
「まあ今日は、こっちが問題かな」
屋台の後ろに陣取ったテーブルに、突っ伏する二人組。
手にはまだパンが握られており、腰に手を当てため息をついた。
「スーリヤさま起きてください、風邪をひいちゃいますよ。ほらアカーシャも」
ワインも飲んだのかアルコール臭い。
なにより食べ物のカスや調味料でベタベタだ、あとでお風呂に入れなくちゃ。
「え――~…じゃあアユムゥ看病してェ……」
「風邪をひかないのが一番です」
「そりゃそうだ――~キャバキャバキャバキャバ!」
クセの強い笑い方は、エルフの尊厳を減らせるなあ。
これじゃあ以前と逆だなと、スーリヤさまを肩にかけアカーシャを揺する。
「アカーシャ起きて、部屋に帰――…」
声をかけて気がつく、頭の内から淡い光がうっすら立ちのぼっているのを。
「アカーシャ……?」
「――っ!?」
アカーシャが目を見開き、だしぬけに後ろに飛びずさった。
座ってた椅子にけつまずき転がる。倒れたまま顔だけでぼくを凝視し目が光り、荒い息がふいごとなって響く。
アカーシャは周囲を確認し、やっとぼくを見て何かを言いかけた。
「アユム……っ!? やっぱりあのとき、ほっ炎に包まれ……のは――~…っ」
ほとんど言葉にならず、口内でつまってしまう。
尋常ではない様子に声をかけづらい。
「だって、だってアユ……ゥムが――――…ああァ!!」
顔は泣き崩れる一歩前までゆがみ、耐えて震えている。
なんと声をかけていいのかわからず、ただ手を伸ばす。アカーシャは力のまま、ぼくの腰に抱きついた。
体の震えが伝わり、受けた驚愕の重さに胸が痛い。
未来予知――「無欲」
何が視えたのか、訊くのもためらわれ落ちつくまで背をなでる。
「もう食べられないよ……ムニャムニャ」
首筋にスーリヤさまの寝言と寝息が当たり、くすぐったかった。




