「2日目:後」
「な、んで……?」
上手く言葉が出てこない程、僕は冷静さを失っていた。
授業と授業の間にある休み時間。その休み時間だという状況の中で、外の景色は矛盾を示しているからだ。午前中の授業を消化していないこの状況で、この空は青くないのは間違っている。
「……11時になったばかりじゃないか。あの夜は、赤い夜は夜だけじゃないのか?」
そんな事を呟きながら、僕は自分の携帯電話の時刻を確認する。やはり11時と表示されていて、まだ半日も経っていない。それなのにこの空は、確かに僕の頭上で存在している。何よりも赤く、あの時よりも紅く染まっている。
「……っ!?なんだよ、これ」
僕は目を見開きながら、視界に入ってくる情報を読み取っていた。だがその情報は、僕の頭が痛くなる程に信じられない光景だった。
先程まで廊下にいた生徒、教室で談笑する生徒、階段を上り下りする生徒……。全部を確かめても、探してみても、その姿が見つけられないのである。誰一人として存在せず、何もかもが動きを止めている。
まるで僕以外の全てが、存在を抹消されたうえに動きを封じられているような感覚だ。
――僕、以外……?
「外は?誰も居ないのか?」
ひょっとしたら、僕以外にも動いている者がいるかもしれない。そう思った僕は、学校を出て、街へと駆け出した。
だが街へ向かう途中に人とすれ違う気配が無く、僕は足早に周囲の様子を確認しながら歩を進める。
「だれかー!誰かいませんかー?居たら返事を、返事をして下さい!」
気が付けば僕は、そんな事を叫んでいた。誰に必要とされない、ただの空気で居たかったはずの僕が……。誰にも期待されない僕が……。
今まで誰とも関わろうとしなかった僕が、今更頼ろうとするなんて間違っている。
「……だれか……はぁ、はぁ……」
人が行き交う商店街に入った所で、僕の体力は限界に達した。それは当然だ。学校からここまでは、徒歩で30分が掛かる場所だ。
そこまでノンストップで走り続ければ、運動能力の低い僕では息が切れて当然だ。
「はぁ、はぁ……っ、誰も居ない」
そんな事を呟いた瞬間だった。
――カラン、カラン……。
「っ!?」
ふと聞こえてきた音は、軽い物音。その音は路地の向こう側から響いて来て、真っ暗になっている路地の中から転がって来た空き缶に視線が動く。
「誰か居る……?」
息切れを起こした状態から立て直し、渇き切った掠れた声でそう呟いた。
僕は、その路地の奥に誰かが居るのかと思いつつ、何故か入るのを躊躇っていた。
それは居なかった場合の恐怖心であると同時に、この路地の奥がどうなっているかなんて分からないからだ。だけど僕は、そんな事を思いながらも意を決して路地の中へと入った。
「…………」
無言のまま進む事およそ数十秒という時間だ。それがいつもよりも色濃くなり、とても長い時間にも思えてしまう程に疲労していた。
そんな時だった。
――ピチャ、ピチャ……。
水の滴る音が聞こえ、僕は水分もロクに取っていない事に気付いた。ガラガラと渇き切った喉奥が、水分を欲している事が良く分かる。
「っ……」
そう思って走ろうとした瞬間、僕の足元に何かがある事に気が付いた。そして僕の鼻を擽ったのは、嗅いだ事のある不快感を込み上げる異臭。それは鉄の匂いだった。
「……!?」
やがて僕の視界にそれが映り、足元にあるものが何なのかを悟った。だがしかし、それを受け入れるまでに時間が掛かった僕は……喉奥から込み上げてくる吐気を抑えるのに必死だった。
『あーあ、見ちゃったんだ。見なければ、無視してあげたのに』
「っ……」
その声に反応した僕は、ゆっくりと目線を上げた。だが既にその声を、その声を僕は知っていた。知っているのだ。
――ピチャ、ピチャ……。
だがそれよりも、すぐに目を奪われたものがある。今はその人物よりも、それの方が視線は誘われるのだ。
『仕方無いなぁ。見ちゃったなら、君も始末しなくちゃダメだよね?』
「その手に持ってるの……なに?」
『あぁこれ?チェーンソーだけど、知らない?』
そう言いながら、手元にあるそれの電源を入れてみせる。エンジンが稼動した事によって、刃物部分が勢い良く回り始める。そんな様子を見た瞬間、僕は自分自身に言い聞かせるようにして頭の中で叫んだ。
――に、逃げろっっ!
「っ……はぁ、はぁ、はぁ!」
『ん?鬼ごっこ?仕方ないなぁ。少しだけ遊んであげる』
ニヤリと笑みを浮かべるその人物。
彼女から僕は、背中を向けて走り出すのだった――。




