77話 根岸 歩
内部から爆発したサンドワームの肉片が降り注ぐ。
その中に、橋下の頭が混ざっていた。
どんっ、と地面に落ちて、俺の足元に転がってくる。
「根岸くん、いつもどんな本を読んでるの?」
出席番号順の12番と13番。
席が近かった俺達はいつのまにか友達になっていた。
「本は攻略本しか読まないんだ。ゲームをする時間がなくなるからな」
「そうなの、もったいないよ、これなんか凄いんだよ、全員にアリバイがあるのに、全員が容疑者なんだよ」
「そんなこと言ったら、俺がやってるゲームだって凄いぞ。オープンワールドで、すべての住人に人工AIが導入されてるんだ」
趣味も考え方もまるで違う。
「何言ってるかわからないよ、根岸くん」
「俺も全然わかんねえよ、橋下」
それでも、俺達は、本当に仲の良い友達だった。
「……ゲームだったら、復活の呪文があるんだけどな」
シャツを脱いで、橋下の頭に被せる。
「お前の分まで頑張るから許してくれ」
目を閉じて、頭の中を切り替える。
ゲームだ。これはゲームなんだ。
クールに。
いつものように、ノーミスで完全クリアを目指すんだ。
「根岸っ、まだだっ!」
八千代隊長の声に反応して、咄嗟に飛び退く。
ぶわっ、と砂漠が盛り上がり、もう一匹、サンドワームが現れる。
ばくんっ、と巨大な口が俺がいた空間に噛み付いていた。
血の残量は、後どれくらいだろうか。
血液の20%が短時間で失われると出血性ショックの可能性があり、さらに30%の出血で、確実な生命の危機となる。
「……使えるのは、大きいのが一回、小さいのが二回くらいか。確実に仕留めないとな」
サンドワームがこちらに噛みつく瞬間に、その中に朱榴弾のスキルを放り込む。
先程と同じように、八千代隊長が動きを止めてくれたら……
八千代隊長の方を振り向いて違和感に気がつく。
ほんの少し盛り上がった砂が、八千代隊長に近づいている。
「八千代隊長っ!」
「三匹目かっ!」
後に飛び退いた八千代隊長の前に、三度サンドワームが姿を現す。
これほどまでの魔物が連続で出てくるのか。
ラスボスが近いことを実感する。
大丈夫だ。俺はどんな難易度のゲームも簡単にクリアしてきた。
「なかなか厄介ですわね。撤退なさりますか?」
中野の盾に守られながら、瀬能がそう言った。
スキルを温存している彼女は、まだ涼しい顔をしている。
「大丈夫だ。すぐ片付ける」
いつもの俺なら一旦引いて、落ち着いて対策を考えていただろう。
『根岸っ、これはゲームじゃないっ、それにまだみんなが助からないと決まったわけじゃないっ』
橋下が最後に言った言葉が頭に残っていた。
コイツらを早く片付けて、ゲームをクリアすれば、残された仲間を助けられるかもしれない。
そんな俺らしくないことを考えてしまう。
シャツを脱いだ胸を交差するように引っ掻く。
十字架のようにできたその傷は、橋下に送る鎮魂歌の代わりだった。
このゲームが終わったら、橋下が勧めてくれた本を読んでみよう。
血を撒き散らしながら、俺はサンドワームに突撃した。




