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箱壊しの玄武  作者: ゆまち春
一章 二度目の春
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二度目の春は終わる


 入学式の翌日の朝は晴れだった。


 去年は命令を受けた次の日が雨で、生徒の泣きたい心情を表しているのかと思っていた。


 実際には乱数をベースに天候は変動しているので、個々人の感情なんて知ったこっちゃないわけだ。


 二年生は今日から授業が始まる。


 NPCの教諭が受け持つ統一授業。中身に人が入ることもあるが、それは稀だ。


 全ての義務教育が行われるサーバーで、画一の講義を行うことで全体の教育水準を一定にした授業。


 だけれどそんなものは理想論に過ぎない。


 人の脳の良し悪しはある。生まれながらの初期不良もあるし、努力でサラブレッドだって越せる。


 だから、こんな風に全ての先生をプログラムで賄うことに何の意味があるのだろうか。


 結果は、教師という職が世界から失われただけだ。


「二年生からは進路も見据えて選択授業を選んでくださいね。

 男子で選んで欲しくないのはチートの種類と異世界転生先の就職について。女子は包丁を扱う家庭科です」


 四人のNPCとつまらない家庭科の講師は授業を持ち受け、終われば生者を装って職員室に戻る。


 用事があればルチアに(あらかじ)め記載された連絡先を使えば事足りる。


 だから職員室に入ったことはないが、きっと見えないところでもまるで人間みたいに振舞うのだろう。


 お昼休み。


 連絡が来るよりも先にお誘いのメールをこちらから入れる。

 

 とりあえずは《春》の候補を固めなければいけない。


 一年生なら琴依ちゃんが一番親密だ。様子を見るついでに親密になっておきたい。彼女の命令の検討もつけておくことも忘れない。


 膳は急げだ。


 ルチアの個人メールを打つ。赤寝(あかね)さんからの返信「今日は家で食べる。」。

 見事に振られた。


 琴依ちゃんに発信。応答はすぐだった。「勿論です。私なんかでよろしければ」


 すぐに場所を決めた。


 内気な性格、だけど積極的。そう分類していたから、人目に付くのを嫌うかと思った。

 意外にも、琴依ちゃんは他人の目がある場所を好む性格だった。


 それか、俺に信頼をまだ置いていないので、助けを呼べる場所にしたのかもしれない。


 全生徒三千人が収容できる食堂だが、いつもガラガラだ。


 今朝の雨は上がっていたので、俺と琴依ちゃんは外に設置されたテーブル席に身を置いた。


「先輩はご飯食べるんですね?」


 俺が食べるサンドイッチを見て不思議そうな表情をする。


 サンドイッチはルチアで念じてその場に出現させたものだ。生まれてから染み付いた口に何かを入れる習慣はそうそう抜けない。


「琴依ちゃんは食べないんだ?」


「まあ、こっちじゃ食べなくても、栄養失調で倒れることもないですから」


 食事によるパロメータの変動はない。


 ご飯を食べたきゃ好きなだけ食べればいいし、三年間何も口にしなくても生きていける。

 だから貴重なお昼休みを食事に費やすことを無駄だと感じる人もいる。


 味は感じるし、脂肪がつくわけでもないから食べたほうが得だと思うのだが、女子は嫌悪を示す割合が高い。

 無意識に食べ過ぎという単語を忌避してるみたいだ。


「まるで栄養失調で倒れたことがあるみたいな言い草だね」


「あははは――それにしても、先輩はお顔が大きいですね」


 突然の悪口にサンドイッチのレタスが口からはみ出す。


 好感度メーター故障してんのか。


 些か困惑する俺に気付いたのか、琴依ちゃんはおそらく胸部辺りの前で手を振る。


「違うんです違うんです。さっきから先輩に挨拶している人がたくさんいるので。

 交友関係がある人とは同じサーバーには入れない、と規則にあったのを思い出したんです。

 なのにたくさんの方と親しくされているので」


「そういうときは、顔が広いって言うんだよ。それに兄弟までなら同じサーバーに入れるよ」


 尻すぼみになっていく言葉から、大体の事情を察する。


 木野琴依。彼女は人との繋がりが結べない、もしくは結ばない人間なのだ。


 他人の交友関係に嫉妬し、顔が広い俺を出汁に友人の輪を作ろうとしているのかもしれない。


 昨日の性急なアプローチも、もしかしたら新入生として、鼻高い一躍デビューを狙うために勇気を振り絞った行動だったのかもな。


 だとしたらそれは間違いだ。


 俺を好いているのは全校生徒の半分にも満たない。


 (むし)ろ、二年生の半分以上からは嘲笑の的にされている。


 そんなマイナスイメージを言うのは、相手に同情を誘わせるときだけだ。

 この子にそれは通じないし、見限られるだけなら逆効果だ。


「そうだね。

 いろんなことをやるのが好きだから。手伝いとか申し出てたら、次第に声をかけてもらえるようになったんだよ。

 今度、園芸部の先輩でも紹介してあげようか」


 女子しか居ない園芸部にこの子を置けば、横取りの危険がない。あそこなら修羅場になることもないし。


 琴依ちゃんは顔を上げて、わかりやすい愛想笑いを浮かべた。


「はい。では、今度」




 数週間が過ぎた。


 四月の花は俺があくせくしている内に種を落とした。


 一年生のコミュニティは段々と形作られてきたと思う。


 経験則じゃなくって、現に一年生から情報を聞き出している。


 予想を反するように、琴依ちゃんには友達が出来ていた。


 生憎と、琴依ちゃんの友達は俺の友達じゃないけれど、クラスで目立った不和もないらしい。


 それは喜ばしくもあり、少々不都合でもあった。が、


「男友達はいないらしいですよ先輩~」


 とありきたりな恋愛脳の女子がにへらにへらしていたので問題はない。


 寧ろ問題は俺が琴依ちゃん一筋なのだと間違われることのほうだった。


 まさか、君も毒牙に掛けたいんだよ子猫ちゃんだなんてキザな台詞は言えないので、


「別にそういうのじゃないよ」


 と、軽く返すだけにしておいた。


 その他、一年生コミュニティの状況をかいつまめば。


 やたら仲介を買いたがる子。

 誰とも喋ろうとしない子。

 不必要だと他人を罵る子。

 何故かスポーツに興味もないのにスポーツ観戦をしたがる子。


 などと、命令に縛られているのかそうでないのかわからない子が多数いるらしい。


 去年と似たりよったりだ。


 俺と同じ命令を持つ人もいるのではないか、そう数葉に聞いてみた。


「いるだろうね……データマイニング自体は上手く機能してないけれど。

 それでも、いると思うよ。

 私ぐらいわかりやすいなら、命令もすぐわかるんだけれど」


 と言っていた。


 俺は数葉の命令なんて欠片も気付いていないのだけれど、わざわざ言うことでもなかった。


 脱線した。

 要するに、だ。


 不和ない一年生グループを築けたのならば、異性と繋がりを持っていてもおかしくない。


 琴依ちゃんの胸は平均以下でも、朗らかでかつ一歩引いて男を立てる性格が男心をくすぐらないわけがない。

 しかし彼女はそれを持たず、俺とお昼を食べたり、放課後のアーケードを遊歩している。


 《春》は三ヶ月だ。四月から六月。正確には、七月一日が始まるその時刻まで。


 既に五月に入った。


 なんとかして琴依ちゃんを誘導し始めないといけない時期だと思っていた。


 手を尽くして、なんなら少しばかり一年生に黒い噂を紛れ込ませてでも。


 そうまでしてでも、俺は退学を(まのが)れたい。


 蹴落として恨まれてでも、命令を成就させようとしていた。


 だから、五月の半ば。



 ない頭を使って作戦を練っている合間の、休日のデートで、俺は頭と胸を痛ませることとなった。



    ―― ―― ――



「うっわ、暗いなーここ」


 隣にいる一年生の竜崎さんは、必要以上に体をくっつけてくる。


 お化け屋敷はタネと仕掛けが物理法則を歪めていた。


 目の前に突然ケルベロスが飛び出してきたり、鏡が手裏剣みたいに飛んできて体を通り抜けたり、天井からお化けが半身だけ現れたバグを疑うようなものまで見せていた。


 入りたいと言いだしっぺの竜崎さんは、それらに手を叩いて笑っていた。


 ホラーというよりハプニングショーみたいなゾーンを抜けて、俺と竜崎さんは和式家屋の薄暗い廊下を歩いている。


 青色のポニーテールを快活に揺らしながら行進する竜崎さんは、年下のはずなのに頼りがいがある。俺の方が惚れてしまいそうだった。


「大丈夫だよ志穂ちゃん。傍に俺がいるから。

 だからもっと胸をくっつけていいんだよ」


「冬森先輩、それはちょっとナルシだしキモイですよ。さっきから言葉が震えてますしー」


 無弁を突き通す。そんな俺の頭を撫でて「かわいいなー」とか言う。揶揄するようなくすぐったい言葉は、少しだけ緊張の度合いを高める。


「私、怖いの平気――じゃなかった。苦手なんで、先輩にもっと頼りますね!」


「あはは」


 腕がほどよく育った胸に強く埋まった。

 おっと、これは胸がバーストリンクして早くも冬森選手ノックアウトの予感です。ズボンの耐久度が試合の行方を握ります。


 振り解くことも弁明もしなかった。


 この雰囲気に浸っていたかった。


 だから、緩慢な空気が世界をそそのかした。


 ルチアの現在地表示に、お化け屋敷の表記が消える。

 代わりに明記されたのは、プライベートゾーンへの移転ログ。


 ちらと隣を歩くそっぽを向いた女の子を見る。


 こんなことが出来るのは、俺と竜崎さんパーティのリーダーだけだ。


 廊下の薄暗い雰囲気は変わらないまま、幽霊が出ない閑散とした道を進む。


 赤い絨毯があればまるでプライダルロードだ。あれは新婦とお父さんだっけ?


 ゆっくり、音と心が竜崎さんを満喫させるまで、或いは勇気を満たすまで、廊下は続いた。


 突き当たりまで歩き終える。


 障子を、その向こう側に何があるかわかっているみたいに、竜崎さんが開いた。


 ――外気が、ハリエンジュの花びらを吹き荒らす。


 まるで洗濯機の中みたいに白い花弁は俺たちを中心にして廻る。


 橋の上に出た。


 橋の庇には大きな藤。


 欄干(らんかん)越しには夜空を写す海と満月。


 これでもかってぐらい綺麗なものを寄せ集めた世界は、相応に綺麗だった。


 この場所にある汚物は俺だけ。


 向き合おうとする気持ちを必死で制止する。


 体は満月を向きながら、顔だけを竜崎さんに向けた。


 色付けされた青色のポニーテールが、朱と対象に神々しく見える。


 首を何度も振ったけど、竜崎さんの顔の肌色は取り戻せなかったらしい。

 俺を見上げるリンゴには(とろ)けそうなほどに潤んだ瞳。


 自信の熱を相手に届けるために使う言葉。


 唇のピンク色が、その心に負けないほどに艶かしかった。


「好きです、冬森先輩。私と付き合ってください」


 ルチアに視界を乗っ取られる。


 世界の色合いがピンク色に変わる。


 ファンファーレは響かない。


 けれど、命令が成功した祝福のクラッカーだった。


『三ヶ月に一度 告白されろ』


 俺の命令が視界のど真ん中に映し出される。


 その下に、文字が続く。


『《春》達成 相手:竜崎志穂』


 数秒の誇示の後、ルチアは何事もなかったかのように消滅した。


 (はや)したてるだけ囃して、後の始末を俺に任せるように。


 この瞬間だけ、神って野郎をぶっ飛ばしたくなる。


 体を、竜崎さんに向き合わせる。


 目を見る。大きな目だ。平均以上に可愛い。

 今すぐ抱きしめても文句を言われない。


 男として嬉しい半面、そんな下卑た妄想しかできない俺に反吐が出る。


 命令は終わらない。


 《春》が終われば、《夏》が来る。


 そしてまた続く。卒業するまで、続く。


 退学にならないためには、彼女がいたら、不都合なんだ。


「ごめん、志穂ちゃん。俺は絶対に君と付き合えない。

 だからもう告白しないでくれ」


 竜崎さんは嗚咽をあげて泣いた。


 彼女のプライベートゾーンの中で、世界で一番嫌いになった男と。


 一人分の女の子の涙を、刻むために俺はここに立っていないといけない。


 全て流してしまいたいのは俺もだ。でも、それは許されていない。


 だからこれは、せめてもの正直な、気持ちだ。


「俺には、好きな人がいるから」




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