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箱壊しの玄武  作者: ゆまち春
一章 二度目の春
2/27

数葉という女


 入学式が始まるまでは琴依ちゃんに付き添うことになった。


 好感度を上げるためでもあったけれど、彼女が離してくれなかったからだ。


 まるで蛇が巻きつくみたいな態度で俺の好物や寮の場所を訊いてきた。


「一年生の寮は学校で籍を取ってから決まるからね。

 男子と女子は寮が違うけれど、窓の外から見合えたりするぐらい近いといいね」


「ええ、そうですね、ほんとうに」


 ゆっくりと口許を持ち上げる微笑みは、ともすれば見惚れてしまうほどうっとりとしていた。


 始業式が始まる十分前に、もう少しお話しましょうと粘る琴依ちゃんを学校に連れてきた。手を強く握るまで頑なに動かなかった。


 脈アリぽかったから俺も時間が欲しかったが、つまらないことで琴依ちゃんに罰則を与えたくはなない。


 新入生は九時までに体育館の入口を通過しなければならない。


 入口では赤いレーザーが通った人間を認識している。

 体が切り裂かれないか怖くてびくびく入った思い出。

 もう一年も前だ。


 体育館の場所は校内に入ればルチアが視界に矢印を表示してくれる。


「じゃあ気張ってね。何かあったら連絡して、相談に乗るから」


「私が連絡したら、すぐに助けに来てくれますか?」


 時間にもよる。


 できれば連絡の取り合える琴依ちゃんの慰めタイムは後日に回したいけれど、連絡先を教えた以上、今日中にもう一度会わなければならないだろう。

 

 俺は強く頷いた。


「勿論」


 手を振って琴依ちゃんを見送ってから、ルチアの端にうつる時計を見た。


 休日なら今からデートの仕込みをする時間だ。


 一年生が解放されるお昼過ぎまで時間はたっぷりある。


 さて何をしようか。

 在校生は暇だ。

 授業もホームルームも今日はない。


 いい天気だから、連絡の取れる三年生とお茶でもしようかとルチアを開こうとして、


「今、誰か誑かそうかなって顔したね。停止した脳は私が抱きついても気付かないのかな?」


 背筋に指が這う。ぞくりと心までもが仰け反った。

 乾いた声とその仕草だけで誰なのかわかって、嫌味を言いたくなる。


「驚かせるなよ」


「お褒めの言葉をどうも」


 嘆息しながら振り返る。


 制服を着た黒髪乙女が、長いスカートの裾をドレスみたいに摘み上げている。


「ごきげんよう、(こう)()

 さっきのべたべたと手を握っていた一年生はもういないけれど、今年の《春》はあの子一人なのかな? 

 唾をつけないその分、ワイルドカードとしては嬉しいよ」


 くすくす。薄く乾いた笑い。

 これが素の笑いだと知ったときには呆れたが、長く一緒にいれば慣れるもんだ。


 それよりも、認めたくない一言だけをはっきりと言葉で拒絶する。


「だから、(かず)()はワイルドカードなんかじゃないって言ってるだろ」


「認めないという行為が論じているに等しいのだけれど」


 もう何度やったかわからないやり取り。気まずさよりも面倒くささが出る。


「それで、何の用?」


 近くの外階段に腰を下ろす。


 丈の長いスカートだから気にしないのか、あっさりと数葉も座った。


 ふんわりといい香りが漂う。この世界の女の子は匂いを自分で決められるからいい香りじゃない人はいないのだけれども。


「特に用はないよ。

 でも、好きな人が他の女子にちょっかい出しているのをわかっているのに、家であくせく寂しくプログラム書いているのも滅入るもの」


 これは告白にならない。こんなのは、からかい半分だ。


「……覗くぐらいならいいけど邪魔すんなよ、数葉」


 俺の命令を妨げるようなら、こいつを俺の生活から除外しなければならない。

 それは嫌だった。


 そんな俺の気持ちさえ見透かしているように――こいつは本当に見透かしているのだ。


「わかっているよ。私は最後でもいいから――それより、入学式が終わって新入生が殺意を芽生えるまで暇だろうけど、何か予定でもあるの」


 まだ九時も五分。

 一通りのイベントが終わるまでは二、三時間は猶予がある。


 新入生が出てくれば俺はそれにかかりきりだから、数葉と話す余裕はなくなる。数葉はそれを見越してこんな質問をしているのだ。


 これだから理詰め人間は。


 溜め息をつくフリをして、そっぽを向く。


「しゃーない。付き合ってやるよ。昼前までな。どこ行きたいんだよ?」


 わかっていたようにニコニコする数葉は、さも当然のように行き先を告げた。


「甲希の部屋」




 男子寮の四階の認証キーを提示して、俺の部屋のドアを開ける。


 朝方ぶりに入った部屋は薄暗かった。

 どうやら雨戸を開け忘れていたらしい。自分の権限を使って雨戸を消す。


 自室の内装は好みでサイズもインテリアも変更できる。

 仮想空間の強みだ。


 成長がある植物は目が飛び出るほどお高いが、それ以外ならタダ同然で手に入れられる。


 お屋敷みたいな一軒家にする人が多いが、現実世界の家を模写する人も少なくない。

 そういう人の大体は郷愁の念に駆られている人だ。

 俺が自室をそのままトレスしたのは、住み慣れているからといった平凡な理由だ。


 他人が見れば汚部屋でも、自分で物の配置がわかっていればいいんだ。


 だというのに何故だかこのV世界には埃や蜘蛛の巣(蜘蛛はいない)が出現するから、定期的に掃除しないといけない。


 それが面倒だから、現実の部屋よりも小奇麗になっている。


「といった甲希の部屋だけれど、間違ってないよね」


「部屋に来るたびにそれ言うのやめてよ。間違ってないからちょっと腹立つ」


 素に戻る。

 部屋だから、ではない。部屋に数葉と二人だからだ。


 ちなみに数葉の部屋には一度だけ入ったことがあるが、五千畳とかいう訳のわからないワンフロア。しかも使っているのはその中の二十畳程度。


「蜘蛛の巣の出現条件は部屋の大きさと物の乱雑さを比率にしたときに三割を超えることだ。

 だから部屋の大きささえ膨大にしてしまえば、私のテリトリーをどう使おうとも汚れの象徴は現れない。見習ってもいいし、褒めてもいいよ」


 勝手知ったり。俺のベッドに座った数葉は勝気な微笑のままベッドの下を粗探しする。


「おっと。春休み前にはここに雑誌の束があったけれど捨てたのかい?

 クロスワードが途中だったのに」


「そんなの自分で注文しなよ。いつのか忘れちゃったけれど」


「解きかけだからやりたくなった。もうないならいい。ゲームでいいか」


 数葉はテレビにゲーム機の配線を繋いで適当なゲームを棚から出そうとする。


 V世界の中でなんてアナログなってよく言われるけど、俺も数葉もコントローラーを使うゲームのほうが好きだった。


 ビデオデッキに手を伸ばして、数葉は止まっていた。

 どうやら春休み前にクリアしてしまったゲームばかりに気付いたらしい。


「新しいの頼むか?」


 脳内端末ルチアにゲームの通販ページを表示する。


 製作会社が現実世界に存在するから無料ではないが、お小遣いで買えなくはない。

 最悪、身持ち堅くて貯蓄もありそうな数葉様に立て替えてもらえばいい。


「いやいや、私も春休みは自分のことで手一杯だったから、あんまし通帳にお金がないんだよ」


「まだ春のバイト代が残ってるから俺が出すよ。協力ゲームならなんでもいいか?」


 言いながら、適当にネットのリストを目で追っていると、視界の中で何かが動いた。

 

 数葉が立ち上がったみたいだった。

  

 そのまま、俺のルチアを無理矢理に閉じる。


「……それ、マジで神に落とされるぞ」


 数葉が自作した、当人にしか扱うことのできないはずの個々人のルチアに対して、干渉するコード。


 どう書いたのかも教えてくれないそれは、悪用し放題ただし見られたら即退学の悪魔のソフトだ。


「だから外では使ってないだろ。甲希の部屋でしか使ってない贅沢なプログラムだよ。

 さて、通販もいいけれど、どうせ今日は入学式、この世界では確定の晴れ日だ。たまにはゲームショップまで散歩しよっか」


 いつの間にかキャスケット帽子を被っていた数葉。

 服も鼠色のパーカーと、膝小僧が見えない丈の安全なスカート。


「好みだろう?」


 何も言わずに俺は制服のまま部屋を出た。


 自室に不審者がいると鳴るアラームは、数葉が出てくるまでしっかり鳴っていた。



   ―― ―― ――



 寮から出て、太陽もどきに背を預けながら坂を下る。


「太陽もどき、ね。どちらかと言えば私はレプリカゾーネみたいな言葉のほうがしっくり来るよ」


「半端なドイツ語知識やめろって言ってるだろ。医者になるわけじゃあるまいし」


「ギリシャ語をやめろって言うからドイツ語にしてあげたんじゃないか。わざわざ知識を披露するがために辞書を購入したのに」


「無駄遣いだ……。そのお金でゲーム買ってれば、こう歩くこともなかったのに」


 蝶のように楽しげで自由な笑みを貫く数葉が俺の横を歩く。


 伸び伸びとした彼女を見ていたら、なんでも許してしまいそうになる。けど無駄遣いはしっかり叱った。


 寮からの道を下っていくと、駅前に出た。

 寒村な田舎にありそうな簡素な駅。


 九時を回っているからもう人はいない。一年に数回しか使うことのないサーバー移転用のワールドゲート。


 使われるのは始業式と修学旅行、それと卒業式。果たして自分は出席できるだろうか。


 足早に駅を過ぎると道が開く。分岐が多いが、看板のようなホログラムが宙で道の先の説明をしている。


 商店街と複合施設的デパートのどちらにもゲームショップはあるし、品揃えもそう変わらないからどっちでもいい。


 足を止める前に声が飛んできた。


「商店街にしようか。お昼は誘ったお嫁さん候補と食べるだろ」


「いつ俺がお見合い写真を撮ったよ。新一年生にデパートのファミレスを紹介するだけだよ」


「たまたま二人きりでね」


 二人きりじゃないほうがいい、とは言わなかった。


 できれば四、五人まとめて相手をしたかったが、混乱している未知同士の女子を一同に集めることの大変さは、想像に難くない。

 それに一対一なら、俺がトイレに行っている間に陰口叩かれる心配もないし。


 ゲートの役目を果たす赤い鳥居をくぐってアーケードを進む。


 寮近くのスーパーとは違って、喫茶店や小物屋、家電の修理の店などが立ち並んでいる。


 家電は壊れないし修理はリペアのツールを使えばいいから、雰囲気だけのお店だ。値下げ交渉をしているのはNPC。


「そういえば、最近NPCが増えてないか。春だからかな」


「お国がそういう方針にしたんじゃないかな。街というのはいつだってサンバをしているのがあるべき姿だ、みたいな嘘を植えつけたくて」


 自転車を押すおばさまの後ろをゆっくりと歩いて、お目当てのゲームショップまでやって来て、そこで失策だったと気付く。


「まだ開店していないのか、そりゃ九時半じゃやってないよな。どうする数葉」


 ちょっと膨れっ面の数葉。


 そりゃそうだ。いつもは学校帰りに遠回りして立ち寄る店だから、安心しきっていたのだろう。


 数葉は自分の考えが外れると、何に対してなのかわからないが怒る。八つ当たりはしないから、近くにいて慰めるのも楽だ。


「おかしくないか。他の、楽器屋とか本屋は九時なのに。ここだけ十時からだななんて。

 おかしい。これは私に対しての神の当て付けか。上等だ。今すぐ上書きして――」


「バカやめろ数葉」


 瞼を閉じて視界を全てルチアに渡した数葉を止める。


 数秒後には世界改変してゲーム屋のおっさんが何食わぬ顔で営業を始め出すかもしれない。


 そんな大掛かりなことをすれば、必ず人工知能がストップをかけて、最悪、このサーバーから数葉を追い出す。



 それは即ち退学ということだ。

 それは俺たちが思う以上に簡単なことだ。

 あいつはいつだってそのボタンを持っているのだから。



 肩を揺さぶる。


 数葉の黒髪がカーテンのように揺れるが、天岩戸よりこじ開けるのは簡単だ。

 手を繋ぐだけでいい。


 本日二人目の女の子の手。こっちは握り慣れている。


「……まるで私を安い女みたく扱うけれども、それを許しているのは甲希だけだということを記憶して欲しい。さもなくばメモリにスタティックで記述してやる」


 目を開けば嫌味を言う。


 ルチアを閉じた数葉を連れて、十時まで喫茶店で待つことにした。


 便利な脳内端末ルチア


 念じれば、念じたことがそのまま視界に表示される。

 地図を表示させたいと思えば、街の地図も病院内の構造もカラムサーバーのどこにいたって知ることができる。

 通話やメールの機能も搭載されている万能端末だ。


 本来は、世界の構造そのものと言えるソースコードを見ようと思って見られるほど万能ではないが、数葉のような天才が悪用すればできてしまう。


 数葉が世界を壊してしまうような悪人でなくて心の底から良かったと思う。


 アコースティックなメロディにあったシックなロイヤルカフェ。


「ロイヤルカフェは商標登録された実名団体だよ。喫茶店の英名は、正しくはティールームかそのままカフェだ」


 適当なイメージを伝えたらそう返された。


 俺は端末で予定合わせとメールの返信を行う。

 数葉は静かにコーヒーを啜りながら瞬きしていた。ルチアで何かやっているようだ。


 きっと神に挑むためのプログラムをまた書いているのだ。手持ち無沙汰なので、尋ねてみる。


「神とやらには会えそうか?」



 数葉は目を閉じたまま、コーヒーの熱量分だけを声にする。


「どうだろうね。対話までは持ち込めそうだよ」


「……そりゃ、凄いな」


 コーヒーを持ち上げたことも忘れて、そう呟くしかなかった。



 サーバーに積まれた、人の脳を模した電子脳。

 俺たちをこんな目に合わせたAI。

 独自につくりあげたルールを外に漏らさずに、生徒を仮想空間に縛りつける張本人


 ……いや、人ではないんだけどさ。


 数千人の生徒を悪戯に導こうとする人工知能。



 そんな、実態のないデータの集合体と対話ができる。


 そう言ったのだ、数葉は。


「人工知能で、この街の権限を全て持っている神。

 誰がそう呼称し始めたかは知らないけれど、ピッタリだよ。

 自分勝手なところが神話に出てくるわがままな神そのままさ。探せば原典だってあるはずだよ。そんなことに興味はないけど。

 私はあいつと喋りたい。そしてあいつの思考法則を知りたい。

 でも、現状ではそれは無理だ。何故だかわかるかい、ワトソン君?」


 退屈そうに見えたのかもしれない。ただ聞き入っていただけなのだが。


「情報が少ないからだろ。

 面白がって名前を付けてはいるけれども、存在していることしかわからないからだ。

 唯一声を聞いたのは始業式の命令についての説明のときだけ――丁度今頃か」


 時計を見ると十時を過ぎていた。


 今頃、体育館では新入生千人が壇上を見上げているだろう。

 

 NPCの講師の紹介が終わって、誰もいない壇上にプロジェクターが下りてくる。

 照明が薄まり、窓には暗幕が張られ、体育館はプロジェクターに当てられる光だけになる。


 プロジェクターに映るのは方位磁石。


 V世界に磁力は渦巻いていないから北も北極点も示さない方位磁石。


 そしてスピーカーから流れる人工知能の声が、体育館を覆い尽くす。


 生徒の阿鼻叫喚が闇に吸い込まれる。逃げられない日常に閉じ込められたと知る。


 体育館の外で聞き耳を立てればその声が聞こえたかもしれない。が、ここは喫茶店。ジャズとささやかな談笑だけが平和な日常を演出する。


 ルチアの時計を目で追ったであろう数葉が、「いい時間だ」と呟いて会計を済ませた。


「ゲームショップのおじさんもモーニングコーヒーを飲み終えた頃合だろう。

 さてさて、早くゲームを見繕おうか」


 ジョークを飛ばす数葉に続いて、俺もコーヒーの代金を払って外に出た。割り勘ではなく個々の支払い。


 こういうところが好きだ。

 数葉は俺の好みを知り尽くしている。




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