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満願成就  作者: 浦賀やまみち


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1/2

前編




「ふふっ……。」



 ビジネスホテルのベッドに腰掛け、御朱印帳を眺める。


 頑張って、朝からバイクを走らせたかいがあった。

 山道は思ったより長くて、少し疲れたけれど、それも悪くなかった。


 なんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれる。



「……えっ!?」



 思わず声が漏れる。

 御朱印帳の最後のページをめくり、手が止まった。


 右側は問題ない。


 そちらの神社の宮司さんとは、軽く言葉を交わした記憶もある。

 御朱印も、その場で受け取った。


 そこに違和感はない。

 視線が左側に移る。


 本来、何も書かれていなかったはずの場所。


 そこには、もう一つの御朱印があった。

 今日、最後に訪れた神社のものだった。


 けれど、御朱印はもらえなかった。


 そこそこ大きいけど、時代の流れとともに常駐する宮司さんがいなくなった、山の中の神社。


 社務所の窓は閉まっていて、人の気配はなかった。

 地方の神社を巡っていると、こういうことはよくある。


 それなのに、神社名と日付が墨書きされ、朱印が押されている。

 その上に、朱で文字が書かれていた。



『満願』



 意味は知っている。

 御朱印帳のすべてのページが埋まったことを示す言葉だ。


 御朱印帳を閉じる。

 その音だけが、やけに現実的に響いた。




 ******




 今の世の中は、便利なものだ。

 地図アプリで『神社』と入力すれば、すぐに候補が表示される。


 そこに『御朱印』と加えれば、さらに絞り込める。

 私と同じ趣味を持つ人たちのレビューやコメントまで、簡単に知ることができる。


 今、目指している神社は、星が4.1と高い。

 ただしレビューには、宮司さんが不在であることが多く、御朱印を頂けるかは運次第だと書かれていた。


 それは、到着するまでもなく分かっていた。


 バイクを走らせながら、過疎化が進んでいるだろう古い家並みの中を進んでいく。

 人の姿はほとんど見かけない。


 こういう場所の神社に、常駐の宮司さんがいないことくらいは想像がつく。

 特に珍しいことでもない。


 それなのに、妙に広い駐車場があった。


 かつてはそれなりに人が来ていたのだろうか。

 アスファルトに引かれた白線は掠れきっていて、かろうじて形だけが残っている。



「ふぅ……。」



 ヘルメットを脱ぎ、一息つく。

 小さな期待を胸に、御朱印帳の入った巾着を持って歩き出す。


 鳥居は、長年の風雨にさらされて朱色がくすんでいた。

 ところどころ塗装も剥がれ、古さが目に入る。


 だが、参道は意外なほど整っている。

 落ち葉はほとんどなく、掃き清められた跡が続いていた。



「ひゃっ!? 冷たい!」



 思わず声が出る。

 竜神の石像の口から水を吐き続けている手水舎は、思った以上に冷たかった。


 その隣に、立て札があった。

 神社の祭神と由来を記した、ご由緒書きだ。



「うーーん……。これだけでも、新しくするべきじゃない?」



 木製の札に、墨で書かれた文字。

 木が日焼けし、ほとんど判読できない。


 御朱印をいただくことと並んで、御由緒を読むのが小さな楽しみなのに。


 眉間に少し力が入る。

 かろうじて読める部分だけを拾う。



「人と人との……。縁かな? そうだ、縁だ。

 縁を結ぶ神として、古くより信仰される」



 どうやら、名前は読めないが、縁結びの神様を祀った神社らしい。

 願掛けは、すぐに決まった。



「彼氏、欲しい!」



 思わず、声に出た。


 大学生になれば、自然と彼氏くらいできるものだと思っていた。

 でも、現実は違った。


 高校が女子校だったせいか、男性との距離感はいまだに掴めない。

 自分から話しかけることができず、話しかけられるのを待ってしまう。


 知り合いはそれなりにいるが、浅い付き合いのままだ。


 気づけば、大学三年の春。

 これから就職活動が忙しくなっていくことを考えると、チャンスは今しかない。

 少しだけ、『もう一生、処女なんじゃ……。』と思うことがある。


 足取りは軽くなった。



「……あっ」



 だが、すぐに立ち止まった。


 社務所が閉まっている。

 玄関には冬囲いの板が打たれ、お札を売る窓口も雨戸が閉ざされていた。


 宮司さんの不在は、これで完全に確定した。



「いや、まだまだ!」



 しかし、諦めない。

 こういう神社では、拝殿に書き置きの御朱印が置かれていることがある。


 私は拝殿の階段を上る。


 賽銭箱の前で立ち止まり、左右を確認する。

 それから、もう一度正面を見る。


 御朱印は、どこにも見当たらなかった。



「駄目かー……」



 ふと、風が抜けた。

 参道から境内へと吹き抜ける一陣が、髪を揺らす。


 思わず前髪を押さえた。




 ******




「ふぅー……。」



 お風呂上がりの酒を、ゆっくりと口にする。


 テレビはつけっぱなしのまま、音だけが部屋に流れている。

 その合間に、何度もテーブルの上の御朱印帳へ視線が向いてしまう。


 缶を置き、下着を身につける。

 神様の前で、裸のままでいるのは、なんとなく落ち着かなかった。


 それを済ませてから、御朱印帳を手に取る。

 最後のページを開く。



『満願』



 やはりそこには、頂いた覚えのない御朱印があった。




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