第298話:止まった風の理由を求めて
集会場があるという方へ向かうと、
途中から同じ方向へ歩く者が増えていった。
さっきの広場にいた連中だ。
全員が見た。
大きな風翼で、
ほとんど風のない空から降りてきた男を。
あれだけ目立つことをすれば、
気になるのは俺達だけじゃないらしい。
「本当に浮島から来たのか?」
「見ただろ。上から降りてきたんだぞ」
「でも、今の風でどうやって……」
前を歩く者達の話が聞こえてくる。
話題はほとんど、
さっきの男のことだった。
中には途中で別の道へ向かう者もいたが、
かなりの人数がそのまま俺達と同じ方向へ進んでいる。
しばらく歩くと。
建物の間から、
一際大きな岩棚が見えてきた。
そこだけ地面が広く取られ、
周囲からいくつもの道と橋が集まっている。
その奥に。
他の建物よりも横に広い、
大きな建物が建っていた。
「あれか?」
「おそらく」
ユーリスが答える。
入口の前には、
すでにかなりの人が集まっていた。
ただ、
誰も中には入っていない。
大きな門が閉じられている。
その前には数人のエルフが立ち、
集まってくる者達を押し留めていた。
「下がってください!現在、中では協議中です!」
「さっき降りてきた奴は入っただろ!」
「あの者は報告のためです!」
「何の報告だ!」
「浮島はどうなってる!?」
声が次々に飛ぶ。
突然あんなものを使って浮島から人が降りてきたんだ。
何かあったと思うのが普通だ。
それに。
ここへ来るまでに見た様子を考えれば、
こいつらも今の状況に不安を感じている。
風が弱くなり。
昇風機は止まり。
今まで当たり前に行き来できていた場所へ、
簡単には行けなくなっている。
浮島には建物が建ってるのも見えた。
家族や知り合いがいる奴だっているだろう。
「どうします?」
ユーリスが、
集会場を見ながら聞いてきた。
「中に行く」
「……ですよね」
なぜか、
答える前から分かっていたような顔をされた。
人だかりの中へ入る。
「いてて!?、おい!押すな!」
「悪い」
前にいた男を横へ押して、
一人分の隙間を作る。
そこへ入る。
また前に人がいる。
「すまん」
「おいっ」
今度も横へ押す。
少しずつ。
その繰り返しで前へ進んでいく。
後ろから、
ユーリス達もついてくる。
「エア……もう少し別の進み方はないんですか?」
「ない」
「ですよね……」
やがて。
人だかりの一番前まで出た。
門の前に立っていた男が、
すぐにこちらを見る。
「止まれ」
「ああ」
止まる。
「現在、集会場への立ち入りは禁止されている。関係者以外は――」
「中で何を話してる?」
「……何?」
「風のことだろ?」
男の表情が変わった。
「浮島から来た奴が入っていった」
「それはお前達には関係のないことだ。下がれ」
「いや、関係ある」
俺達は、
この国の風がおかしくなっている原因を調べに来た。
正確には、
その先にあるものを探しに来た。
ここで何が起きているのか。
この国の奴らが、
どこまで分かっているのか。
聞けるなら聞いておきたい。
「中に入りたい」
「駄目だ」
「…そうか」
一歩進む。
「待て」
男が、
俺の胸へ手を当てた。
止めるためなんだろう。
「立ち入りは禁止だと言ったはずだ」
「ああ。聞いた」
「なら下がれ」
「それは聞いた」
「ッおい!?聞いてないだろ!?」
聞いていた。
駄目なのも分かった。
でも、
俺は中へ入りたい。
だから、
そのまま進む。
「なっ――」
体で押した。
男は踏ん張ったものの、
そのまま横へずれる。
「……は?」
もう一人が、
呆気に取られたような声を出した。
その間を通る。
「ま、待て!」
今度は二人が前に出てきた。
左右から、
俺の肩と胸を押さえる。
「これ以上進むなって!」
「なんなんだコイツ!?」
そのまま歩く。
一歩。
もう一歩。
「ちょっ!……待て!」
両側から力を掛けられているのは分かる。
でも、
進める。
だから進む。
「お、おい!」
足元で、
二人の靴が石畳を擦った。
そのまま俺に押されて、
ずるずると後ろへ下がっていく。
「踏ん張れ!」
「踏ん張ってる!」
別の男まで加わった。
三人。
それでも。
少し重くなったくらいだった。
「エ、エア……」
後ろから、
ユーリスの声がする。
「何だ?」
「いえ……」
振り返ると。
ユーリスだけじゃない。
セレスも。
ミリカも。
そして周囲に集まっていたエルフ達も、
妙な顔で俺を見ていた。
「?」
何だ。
「お前……」
押されながら、
目の前の男が俺を睨む。
「何なんだ!?」
「エアだ」
「名前を聞いているんじゃない!」
だったら何を聞いているんだ?
とでも言ったら怒りそうだし、
そのまま進み続けた。
「とにかく止まれ!」
「話を聞いたら出る」
「そういう問題じゃない!」
また人数が増えた。
さすがに歩きにくい。
それでも、
止まるほどじゃない。
一歩ずつ進む。
男達も一緒に下がる。
その先に、
閉じられた門があった。
「……」
どうするか。
門を見る。
流石に壊すのはまずい。
押せば開くんだろうか?
そう思って手を伸ばした時。
―――ギィ
俺が触れるより先に。
門が、
内側から開いた。
「実物を見た方が早いので。広場に――」
出てきたのは。
さっき、
大きな風翼で降りてきた男だった。
その後ろにも、
何人かいる。
男より少し歳上に見える者。
長い髪を後ろでまとめた者。
杖を持った者もいれば、
見たことのない道具を腰から下げた者もいた。
集会場の中にいた連中だろうか。
「…ん?」
なにか言いながら出てきた男が、
こちらを見る。
「……」
止まった。
後ろから出てきた連中も、
同じように足を止める。
「……何をしてるんだ?」
俺も、
門の前にいた連中を見る。
一人が胸を押さえ。
二人が肩を押し。
さらに後ろから、
何人かが身体を支えている。
全員、
踏ん張っていた。
「止めてる!」
「見れば分かるだろ!」
「こいつが勝手に入ろうと――」
「俺は話を聞きたいだけだ」
「「「駄目だって!」」」
男が、
俺達を交互に見る。
それから。
俺の足元へ目を向けた。
守衛達の靴が、
石畳の上を少しずつ滑っている。
「……」
もう一度。
俺を見る。
「力、強いのか?」
「多分」
「多分!?」
横から守衛の声が飛んだ。
男は少し考えるように俺を見たあと、
門の向こうを振り返った。
「なら、ちょうどいい」
「何がだ?」
「悪いが、手伝ってくれないか?」
守衛達の力が、
一瞬だけ緩んだ。
「ほう?」
「さっき使った風翼をここまで運びたいんだ。
中で説明してたんだけど、実物を見せた方が早そうでね」
「あぁ、お前が飛んできたあれか?」
「そう、それ」
俺は、
開いた門の向こうを見る。
ここに入れば。
こいつらが何を話していたのか、
そのまま聞ける。
「いいぞ、俺も中に用がある」
「そうなのか?」
「ああ」
「お、おい!」
守衛の一人が、
男を見る。
「こいつらは関係者じゃ――」
「運ぶのを手伝ってもらうから、助手で」
「いや、しかし……」
「ほら、行こう」
男が歩き出す。
俺も、
その後を追う。
「ちょっと待て!」
後ろから声が聞こえたが。
さっきまで俺を押していた連中は、
もう押してこなかった。
ーーーーー
「せーので、持ち上げるぞ」
男は声に合わせて、
風翼の端を持ち上げるつもりらしいが。
「……お?」
思ったより軽い。
大きさはあるが、
見た目ほど重くはなかった。
「持てるか?」
「ああ」
「無理するなよ。骨組みまで含めると結構――」
持ち上げる。
「……」
男が黙った。
「これでいいか?」
「あ、ああ……」
風翼を肩の辺りまで持ち上げる。
広げたままでは運べないらしく、
翼の部分はある程度畳まれていた。
それでも。
俺の身体より、
ずっと大きい。
落ちてくる時はそう見えなかったが、
意外とデカい。
「すごい力だな、あんた」
「そうか?」
「そうだよ」
男が、
呆れたように笑った。
「これ、飛ぶ前は二人に支えてもらったんだがな」
「軽いぞ?」
「……それはあんたがおかしい」
後ろを見る。
ユーリス達も、
そのままついてきていた。
守衛達は何か言いたそうだったが、
結局止めてこなかった。
なら、
問題ないんだろう。
ーーーーー
風翼を集会場の中央へ下ろす。
―――ゴトッ
「ここでいいか?」
「ああ。助かった」
手を離し、
身体を起こす。
そこで。
ようやく周囲を見る。
広い。
外から見た通り、
かなり大きな建物だった。
中央には、
俺達が運んできた風翼。
その周囲を囲むように、
長い机がいくつも並んでいる。
そこに座っているのは、
ほとんどが俺達より歳上のエルフだった。
壁際にも何人か立っている。
地図らしいもの。
紙の束。
見たことのない器具。
机の上には、
色々なものが広げられていた。
そして。
その全員が。
俺達を見ている。
「……」
「……」
何だ。
俺は風翼を運んだだけなんだが。
「連れてきたのか?」
奥にいた一人が、
男へ尋ねた。
「いや、手伝ってもらっただけです」
「誰だ?」
「さあ?」
「エアだ」
「エアです」
何人かの視線が、
また俺へ集まる。
ユーリスが、
後ろで小さく息を吐いた。
「エア……」
「何だ?」
「いえ……もういいです」
何なんだ。
さっきから。
「それより」
男が、
中央に置いた風翼へ手を掛けた。
「これです」
空気が変わった。
さっきまで俺達を見ていた者達の視線が、
一斉に風翼へ移る。
何人かが席を立った。
「これで降りてきたのか?」
「はい」
「本当に?」
「俺がここにいるでしょう」
「……それはそうだが」
「今の風で?」
別の者が尋ねる。
男は頷いた。
「完全に風がなくなったわけじゃありません。弱いですが、上ではまだ流れが残っています」
風翼を広げながら、
男が答える。
「その僅かな流れを、これで拾いました」
畳まれていた翼が開いていく。
広場で見た時にも思ったが。
やっぱり大きい。
普通の風翼がどれくらいなのかは知らない。
それでも。
周囲の連中の反応を見れば、
異常なのは分かる。
「……大きすぎるな」
「俺もそう言ったんですが」
「強度は?」
「補強してあります。
ただ、その分だけ重くなりました」
「操作は?」
「難しいです」
即答だった。
「少なくとも、
今のまま誰にでも使わせるのは無理です」
周囲の表情が、
僅かに曇る。
「では、輸送には……」
「まだ使えません」
男は、
はっきり答えた。
「でも、人が降りることはできました」
「……」
「それを報告しに来たんです」
一人が、
風翼の骨組みに触れる。
別の者は、
翼の端を持ち上げて何かを確かめている。
「浮島の状況は?」
その言葉に。
男の顔から、
少しだけ笑みが消えた。
「今のところは保っています」
集まっていた者達が、
男を見る。
「近い島同士なら、まだ物資を渡せます。
農村島にも備蓄がありますし、
食料もすぐに尽きる状態じゃありません」
「なら――」
「でも」
男が遮った。
「このままは無理です」
集会場が、
静かになる。
「今残っている風まで弱くなれば、
島同士の移動も止まります」
風翼から手を離し、
男が周囲を見た。
「食料だけの問題じゃありません。
薬も、部品も、
島だけで全部作れるわけじゃない。
それに農村島の設備だって、
風があることを前提に作ってあります」
「……」
「俺が作っていた新しい農村島も、
全部止めています」
声に、
僅かに悔しさが混じった。
「今は新しいものを作ってる場合じゃない」
男が、
大きな風翼を見る。
「どうやって下りるか。どうやって物を運ぶか。
それだけを考えて、これを作りました」
「では」
奥に座っていたエルフが口を開く。
「上へ戻る方法は?」
男は黙った。
その反応だけで、
答えは分かった。
「……ありません」
「…………」
「少なくとも、今の俺には」
だから。
こいつは降りてきた。
戻れるからじゃない。
戻れないと分かった上で。
下で何が起きているのかを確かめるために、
ここまで来たんだ。
「俺からも聞きたい」
男が続ける。
「下では、どこまで分かってるんです?」
今度は、
集まっている者達を見る。
「風は、どうして止まったんですか?」
誰も、
すぐには答えなかった。
「いつ戻るんです?」
また、
答えはない。
「……まさか」
男の顔から、
完全に笑みが消えた。
「まだ、何も分かってないんですか?」
集会場の空気が、
重くなる。
誰も答えない。
さっきまで風翼を囲んでいた連中も、
互いの顔を見るだけだった。
どうやら。
こいつらも、
風が止まっていることは分かっていても。
その理由までは、
掴めていないらしい。
「……」
こいつらが何を調べて。
何が分からなかったのか。
聞きたいことはある。
でも。
その前に。
俺達が知っていることも、
話した方が早そうだ。
「……なあ」
手を上げる。
何人かが、
こちらを見た。
「何だ?」
奥に座っていたエルフが、
怪訝そうに俺を見る。
当然か。
俺は会議に呼ばれたわけでもない。
風翼を運ぶのを手伝って。
そのまま勝手に、
ここに立っていただけだ。
「話してもいいか?」
「……」
今度は。
集会場にいる全員の視線が、
俺へ集まった。




