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はじめて彼氏ができたのは……高校2年の秋だった。
AIで生成したみたいにキレイな顔の男子と通学路ですれ違うたび……やたら目が合うなって思ってたら……見ているのは私の方だって気がついた。
くっきりとした二重の瞳。
少し長めのサラサラした髪、陶器のように滑らかで綺麗な肌。
まるで王子様みたいな雰囲気を纏った、誰もが振り返るアイドル顔。
彼とすれ違うたびに、心臓が大きく跳ねる。
その音が彼に聞こえるんじゃないかって、いつも緊張して息苦しくなった。
ただ毎日、同じ時間に同じ場所ですれ違う、それだけの関係。
声をかける勇気もなくて、友達に聞いてみることもできなくて、ただ遠くから眺めることしかできなかった。
私なんか相手にされる筈ない。
そう思いながら、毎朝同じ時間に家を出て、同じ道を歩いて、彼とすれ違う瞬間だけを楽しみにしてた。
"恋"というよりは、"推し"。
友達にはそう言いつつも、やっぱり彼が好きだと自覚するまでに、そんなに時間はかからなかった。
彼と恋人になったのは、とんでもなく印象的な茜空の日。
いつものバスに乗り遅れた私と、たまたまそこに居合わせた彼、ふとした瞬間……視線がぶつかったまま、世界が静止したように目が離せなくなったのは私だけだったのかな。
「すき……」
心で呟いたつもりが、うっかり言葉になって口から溢れ、熱が顔に集中する。
「……じゃなくて私……あの」
訂正の言葉を見つけられずにしどろもどろになる私に、静かに顔を近づける彼。
心臓は破裂寸前。
夢見たいな展開をあっさりと信じて受け入れた私は、静かに瞳を閉じた。
それが私の、ファーストキス。
唇に触れるだけの柔らかな感触はゆっくりと離れていく。
薄目を開けてみれば、名残惜しそうに目を細めた彼がもう一度、短いキスをした。
夢かもしれない……もう一度そう思った瞬間、
「……週末の秋祭り、一緒に行く?」
彼からのデートの誘いに、思わず頷く私。
「行きたい……です。」
そう短く返事をして、ポケットからスマホを取り出した瞬間、
プシュー……。
バス停にバスが停車して、ドアが開いた。
「あ。えっと……」
緊張しているせいでパスコードロックを押し間違うこと数回……
後ろからもう一台、別ルートのバスが来て停車。
運転手は迷惑そうに溜息を溢す。
「乗るの?!乗らないのー?!」
「乗ります、すみません。」
もう、連絡先の交換は無理だと諦めて、慌ててバスのステップを駆け上がった。
振り返ると、閉まりかけのドアの隙間から滑り込んだ彼の声。
「17時!神社の鳥居前!!」
その誘いに、大袈裟なくらい頷いて手を振る私。
走り始めたバスの車窓から彼の姿が見えなくなって振り返れば、好奇の眼差しで注目するサラリーマン。やさしく微笑む老夫婦。ひそひそと笑う高校生グループ。
その空気に耐えられなくて、1番奥の座席にそそくさと進み、座席に腰を掛けて顔を伏せた。
バスは住宅街を抜けると、あっという間に私の家の近くに差し掛かった。
降車ボタンを押して、立ち上がる。
バスを降りれば、秋の夜風が、頬を撫でた。
もう、すっかり寒くなった家までの道を歩きながら、何度も今日の出来事を思い返す。彼の声。彼の笑顔。彼の温もり。
そして……キス。
全部が夢みたいだった。
部屋に入って、制服を脱いで、ベッドに倒れ込む。
天井を見上げながら、今日の出来事を反芻しては足をバタバタと布団に打ち付けた。
週末の午後。
浴衣を着て、履き慣れない下駄で歩く自分の姿が、少しだけ大人に見えた。
鏡に映る自分を何度も見た。
生まれてから十六年間で、いちばん“かわいくなりたい”と思った日。
約束の17時。
陽がすっかり沈んで、空には小さな星が滲んでいた。
神社へ続く石畳を緊張しながら歩く。
(もう、来てるかな?)
そわそわしながら朱塗りの鳥居の下に視線を送る。
(あ、もう来てた。)
彼を見つけた瞬間、声をかけようと手を振ろうとしたけれど、中途半端に手のひらを上げたまま、その場でフリーズした。
「カノジョできたんだって?」
友達がそういえば、無表情のまま彼は答える。
「あー、まぁ」
「どこの誰よ? かわいい?」
その問いに、期待と恥ずかしさが入り混じり、つい耳を澄ませた。
「……かわいいと言うよりは、エロい」
……今、彼はなんて?
言葉の意味を考える間もなく、友人が囃し立てる。
「ちょっと充希くん。やる気満々じゃん!」
その冗談に怒る様子は微塵もない。
「まぁ、やるだろ」
笑い声。
それが、夕闇の中でやけに鮮明に響いた。
耳の奥が熱くなり、血の気が一気に引いていく。
祭囃子が遠ざかり。夜風が、ひどく冷たく感じた。
その場に立ち尽くす私と彼の目があって、彼が笑顔を向けてくる。その笑顔の意味を、私はもう信じられなかった。
踵を返し、走り出す。
浴衣の裾が翻り、足がもつれそうになるけど、私は立ち止まらなかった。
下駄の音が、石畳に打ちつけられて響く。
視界が滲んで、涙が止まらない。
どこを走っているのかもわからなかった。
ただ、あの笑い声が、何度も何度も頭の中で再生された。
連絡先なんて、交換していないし、
名前も、学校も、どこの誰かも知らない。
――だから、これでいい。
息を切らしながら夜空を見上げれば、
胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
これが、私の人生でいちばん短くて、いちばん痛い恋だった。
そして、人生最悪の失恋だった。
「オレのこと、覚えてる?」
"親睦会"という名目で開催された合コンの席、目の前に座る男の第一声はそれだった。
「……初対面の筈ですが?」
どうせ人数合わせ、愛想を振り撒くつもりもない私は、その男を冷たく突き放すように言葉を投げた。
一瞬でその場の空気が凍りつく。
手元の可愛らしい色のカクテルを一気に飲み干し、主催者の小林美春(同僚)に一礼して席から立ち上がろうとした。
《では、私はこれで》
言いかけた私の口を手のひらで塞ぐ美春さん。
「ごめんなさ~い。この子緊張してるみたいで。」
男達に柔らかい清楚スマイルを向けながら、テーブルの下では私の上着の裾をちぎれる程の力で掴んで無言の圧をかける。
仕方なく、浮かせた腰を再び椅子に貼り付けた。




