★第57話 アイリスVSマキナ
月明かりがクロノ・クロノスの庭園を照らしていた。
整然と植えられた樹木は今や見る影もない。
枝は裂け、葉は舞い、夜風に焦げた匂いが漂う。
逃げ惑う小柄な少女――アイリス。
スカートの裾を翻し、死の気配をすり抜けるように走る。
幼少から鍛えた勘と反射だけで、マキナの攻撃をどうにか受け流していた。
白磁のような指には血が滲み、太ももには痛々しい裂傷が浮かぶ。
それでも剣を握る手は離さない。
「剣聖に頼れないならば、逃げるだけか!」
マキナは無造作に右腕を振り下ろす。
空気が鳴り、続く左腕の薙ぎ払いで、周囲の空間そのものがひしゃげた。
瞬間、庭木が幾本も斜めにずり落ち、月光の下で断面が煌めく。
「こちらのリンナ君は手加減できんぞ」
マキナの声に応じて、リンナゴーレムが一歩前へ出る。
腰から引き抜いたのは、かつて本物のリンナが愛用した七剣の一つ――風切り燕。
二メートルを超える片刃の長剣。
東方では“野太刀”と呼ばれる武器だ。
月光を受けて刃が不気味に青白く輝く。
「剣聖【霞】の構え」
マキナが低く告げる。
リンナゴーレムは即座に腰を落とし、刀を水平に掲げる。
切っ先は、わずかの狂いもなくアイリスを指していた。
マキナが十指を交差させる。
その動きに呼応して、空間の上下左右――逃げ道が次々と閉ざされていく。
跳躍。
斜め上へと逃れようとするアイリスを見据え、マキナの唇が冷たく動いた。
「剣聖スキル【燕返し】――」
「えっ……!?」
少女の背を赤が裂いた。
鮮血が弧を描き、夜気に散る。
マキナの一撃には殺意があった。
だがリンナのそれは、ゴーレムだからこそ、殺意すら欠いた“純粋な一撃”――だからこそ、読み切れない。
服が裂け、雪のような背に朱が滲む。
「気を抜くなよ、肉体の少女――相手はリンナ君だけではないぞ?」
マキナは視線を動かす。
コルヴァンゴーレムが懐から鉄球を五つ放り投げた。
球体の導線には小さな炎が揺れている。
「火薬……!?」
「ああ、悪魔祓いのコルヴァンさん――悪魔を殺す道具は豊富でね」
アイリスは膝をつき、息を一つ吐くと、剣を鞘に収めた。
そして次の瞬間――
「――疾」
空気を裂く音とともに刀身が閃く。
飛来した鉄球はすべて真っ二つに切断され、爆裂音と閃光が庭を焼いた。
砂煙が立ちこめ、夜空の月がぼやける。
だが、その煙の中から――。
「聖女マリアベルさん、そのまま――磨り潰せ」
マキナの命令に従い、マリアベルゴーレムが拳を振りかぶる。
鉄板を括りつけただけの無骨な拳が、闇を切り裂いた。
金属音、火花。
アイリスは必死に受け止めるが、衝撃で足元が砕ける。
聖女、悪魔祓い、剣聖。
三人の連携は完璧だった。
呼吸する暇すら与えず、風切り燕の閃光、爆炎、鉄拳が波のように押し寄せる。
その様を、マキナは静かに見下ろしていた。
――かつての仲間たち。
今は、自らの手で《《保管》》した当時の姿。
彼女の唇が微かに歪む。
「美しい――これが、完全なクロノ・クロノスの調律……!」
軽く手を上げると、三体のゴーレムが同時に動きを止めた。
リンナ・ゴーレムが無造作にアイリスの首を掴み、そのまま持ち上げる。
「かはっ――」
喉が潰れ、空気を求めるように手が宙をかく。
「肉体の方は不要だ。
リンナ君の魂だけ貰い受ける」
足掻く脚先が月光を裂く。
だが、それも小さな虫の羽ばたきに過ぎない。
マキナはゆっくりと歩み寄り、アイリスの胸元に右手を添えた。
汚れた布地の上から、指先がずぶりと沈む。
肋骨が軋み、砕け、掌が内側へとめり込んでいく。
「――ふむ、妙な術式が埋め込まれているな」
アイリスの魂に見たこともない魔術式が刻まれている。
そのため、魂だけを引き出すことができない。
「ならば壊すか」
静かに告げたその声は、朝食を選ぶよりも軽い口調だ。
瞬間、アイリスの四肢が見えない糸に引っ張られ、宙に固定される。
苦痛の息が漏れ、白い喉が震えた。
「魂と肉体は連動している。
魂だけ、肉体だけどうすればいいというものではない」
マキナは腰に手を回し、刃渡りの長いナイフを抜き取った。
刃は山型に波打ち、月光を受けて妖しく輝く。
「媒体が必要だ。
心臓か――脳か――」
刃先を胸に当て、ゆっくりと眉間へと滑らせる。
手つきは職人のように繊細で、そして慈悲がなかった。
「まあ、肉体の方は、何を聞いても関係あるまい。
では、良い永遠を」
躊躇なく差し込んだナイフの先端に鮮血が流れ出す――。
【カクヨム】
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