★第49話 追憶のマキナ
「やるだけやってみる、か……」
マキナは口の中で酒を転がし、ゆっくりと喉へ流し込んだ。
その味に、ふと――遠い昔の記憶が滲む。
――クロノ・クロノスのクランマスターだった《《あの人》》も、駆け出しの時に同じことを言っていたな。
懐かしい声が脳裏に蘇る。
マキナは酒に映る自分の顔を見つめ、かすかに笑った。
――当たり前だが、わたしの見た目は変わらない。
そして、世界もまた、変わらなかった。
あれほど魔物を討ち、国家間の争いを止め、数々の危機を退けた。
それでも、クロノ・クロノスが解散したあと、世界は何事もなかったかのように回り続けていた。
金と権力を持つ者は今も甘い汁を吸い、弱き者は日々を擦り減らして生きる。
――あんなにも影響力があったわたしたちが消えても、世界は何ひとつ変わらなかった。
いてもいなくても、取るに足らない存在。
それでも――わたしには、あの場所しかなかったのだ。
「掛け声をもらっても良いですか、マキナさん」
現実へ引き戻されたように顔を上げると、白髪の男――ギリアムが静かにこちらを見ていた。
その眼差しには、どこか昔のマスターを思わせる色があった。
「リンナ君の肉体も参加していたな、分かった。
では――潰せ、ゴーレムたちよ!!」
その瞬間、胸の奥に古傷のような熱が灯った。
似ても似つかぬのに、何故だろう。
あのマスターの影を見てしまう。
もう二度と帰らぬマスター。
二度と集うことのない仲間たち。
チリ……チリ……。
胸の奥で、乾いた火種が音を立てて燃え始める。
――ガチャンッ。
気づけば、手の中の酒瓶が砕け散っていた。
掌から透明な液体が滴り落ちる。
「……マキナ様、大丈夫?」
はっとして隣を見ると、ユウヒが隣で膝を抱えて座っていた。
「こうして並ぶのは、久しぶりだなユウヒ。
悪いが、そこの酒を取ってくれないか」
ユウヒは黙って頷き、透き通るようなアルコール水を差し出す。
受け取って口を湿らせながら、マキナは小さく息を吐いた。
「ありがとう。
しかしあんなにもクロノ・クロノス愛が強かったユウヒが、別クランとはね。
どういった風の吹き回しだ?」
「……陽炎を追わなくなった、それだけ」
「陽炎か、ユウヒらしい言い回しだ。
あの男にそれだけの価値があると思っているのか?」
ユウヒは一拍も置かずに頷いた。
「……目を離す隙も無いほど」
「なに?」
その視線の先――。
ほんの数分しか経っていないのに、重騎士型のゴーレムは地に伏し、遠距離型は既に沈黙。
接近型もまたギリアムの的確な指示のもと、アイリスの剣が胸を貫いていた。
残る支援型もリリィの狙撃によって膝を折る。
「な……バカな。
S級クランをベースにした連携思考を取り入れているんだぞ」
マキナの声がわずかに震えた。
その震えが、怒りなのか、懐かしさなのか――自分でも判別がつかない。
「ギリアム様、みんなをよく見てる」
「観察眼……いや、年の功による判断力も備えているか」
ユウヒの呟きに、マキナは薄く笑う。
たしかに、彼はただの治癒師ではなかった。
彼の鍛えられた能力は彼自身も知りえない。
ギリアムは黄金の剣に所属していたとき、寡黙な男だった。
だが――誰よりも「見ていた」のだ。
仲間の動き、敵の呼吸、戦場の流れ。
それらすべてを黙って観察し、必要な瞬間にだけ声を発する。
ずっと背中を見ていたアイテールですら気づかなかったその性質が、アベルの下でさらに磨かれたのだろう。
皮肉なことに、最も理不尽な地獄にいたからこそ、彼は生きる知恵と判断を得た。
「――この地に足を踏み入れたのが、なぜ貴様なのだ」
低く洩れた呟きは金属がぶつかる音にかき消された。
マキナは無意識に手の中の酒を地面に垂らしていた。
液体は円を描くように広がり、その中心で淡い魔力が灯る。
――ぶつぶつ、と。
口の中で詠唱が紡がれていく。
人形使いの魔女と呼ばれた者の、本来の声が、久方ぶりに大地へ響いた。
「術式、バーサーカー――起動」
「マキナ様、なにを?」
「ふん、修行だろう……ならば、歯ごたえがなければ失礼というものだ」
崩れ落ちていたゴーレムたちが、黒い蒸気を噴き上げる。
茶色の岩肌は煤けたように黒ずみ、砕けた箇所から新たな鉱石が芽吹くように再構築されていく。
武具に刻まれた紋様が赤く脈打ち、荒々しい魔力が空気を震わせた。
「マキナ様、殺す気――?」
ユウヒの声音が、氷のように冷たく沈んだ。
それでもマキナは、振り返らずに言い放つ。
「それを決めるのは、あいつら自身だ。
……リンナ殿に頼れば、怪我すらしない」
淡々とした声だった。
けれど、その瞳の奥には理性の光ではなく――試練を与える者の冷たい覚悟が宿っていた。
マキナはそれ以上言葉を継がず、ゆっくりと腰を下ろす。
その動作ひとつにも、何かを抑えつけるような硬さがあった。
手元の酒瓶を無造作に掴み、栓も抜かぬまま揺らす。
琥珀色の液体がわずかに波打つ。
それは、彼女の中に沈殿した感情のようにも見えた。
以前のマキナとは違う――。
柔らかく微笑んでいた頃の彼女を知るユウヒは、思わず息を呑む。
「マキナ様……いつから、お酒を飲むようになったの……?」
問いかけは、風に溶けて消えた。
返事はなく、ただ夜の空気とアルコールの匂いだけが漂っていた。
【カクヨム】
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