第38話 夢見のアベル
バフォメットを討滅した合図の魔術光を夜空に打ち上げると、破裂して一瞬だけ空を昼間の様に照らした。
アイリスたちも避難民と共に戻るだろう。
「さて、これはどういう状態なんだ?」
夜の闇の中、棺桶は淡く光を放っていた。
墓地で見かけるアンデッドのような、不気味な存在感を漂わせている。
「まだ起動状態って感じかなー。
触れると飲み込まれて、耐性がなければすぐに狂信者の出来上がりだよ」
ノクスが軽い調子で言う。
棺桶が魔術的な物質であることは理解できる。
だが、術者が消えれば魔力の供給源を失い、普通は消滅するはず――そう思っていた。
「欲望が強すぎる人間をコアにして呪具を作ったんだ。
時代が時代なら、新興宗教のシンボルになる原型だよ」
「へええ……足元の聖騎士の姉さんは何で目を覚まさないんだ?」
「単純に近寄り過ぎたからだよ。
聖騎士は責任感が強いから、無理に助けに行って倒れてることが多いんだあ」
ノクスは小さな滑車付きの旅行用革鞄を引いてきて、しゃがみ込む。
中を開くと、金属片を手際よく組み合わせ始めた。
手元で響く金属音がやけに軽快で、どこか儀式めいている。
「それは?」
この子、見たこともない武器ばかり持っているな。
取っ手が伸縮し、滑車が付いた鞄なんて初めて見た。
「ぶっ壊せば何でも良いんだけど……これでどうかな」
どすっと地面に突き立てられたのは、二メートル級の十字架だった。
銀色に輝くその素材は、夜の光を反射して青白く見える。
中央にはさらに小さな十字架のくぼみがあり――そこにノクスが首に掛けている十字架をはめるのだと、直感した。
「これは信仰深い私専用の聖具【聖なる銀の十字架】。
これまで多くの罪人が、懺悔したにも関わらず、この十字架の前で首を落とされてきたんだ」
「何と物騒な……」
「で、私の十字架をはめれば――」
がちゃり、と装着した瞬間。
十字架全体が青い炎のような光を帯びた。
まるで魂そのものを焼くように、静かで冷たい輝きだった。
――バフォメットを派手に暴れさせて、ロイズの前で殺したから金を巻き上げるのは余裕だったなぁ。
あの村でもそうだったし……昔からバケモノは暴れさせてから倒すに限るぜ。
「な、なんか聞こえるが?」
若い男の声だった。
酒場で酒を片手に、自慢話をぶちまけているような調子だ。
――もっと狂信者が増えてからでも良かったな。
殺す相手がいないんじゃ英雄は生まれないからな。
「【聖なる銀の十字架】で夢と現実の境界線があいまいになってるんだよ。
このまま衰弱死するよりは、マシじゃないかな?」
――見ろよロイズの憐れな喜びよう。金を絞られてるってのも知らないで。
なんで四十代のオッサンってのは、お人好しで目に余る奴らばかりかねぇ。
まあ、アザレアを俺に差し出してくれたから許してやるか。
「聞き苦しいな……早いとこ解放しよう」
「ええ、領主様のお顔が面白いからもっと聞こうよお~♡」
ノクスは文字通り、瞳の中に♡を浮かべながら俺の腕に絡みつく。
見た目は聖女そのものなのに、中身のギャップが酷すぎる……!
盗み見れば、領主様とアザレア様の表情は完全に凍りついていた。
「知ってる顔の心が聞こえるのはちょっとな……。
十字架はどうやって使うんだ?」
――アザレアは良い身体してんなあ。
うちのクランは顔だけで固めたから、貧相なんだよな。
アイテールもドロシーもガキだからよ。エメラダはマシなほうか。
「……手短に使い方を知りたい」
「十字架の短い方を持って、長い方を棺桶に叩きつけるだけ。
私じゃ重すぎるから、ギリアムに持って欲しかったんだよ。
ギリアムを通じて私の魔力が十字架に届くように、抱き着くからよろしくね!」
「分かった、すぐにやろう」
――ギリアムを追い出してから運が回ってきたな。
やっぱ暗黒騎士はイメージが悪い。
これからは俺のような黄金をまとう騎士の出番だな、ぬははは!
「ギリアム、本当にこいつ助けるの?
控えめに言ってもクズ以外の言葉はないよ?」
聖なる銀の十字架に手を掛けた俺に、ノクスはくすくすと笑みを零す。
「ああ、奴が追い出した暗黒騎士は――もうここにはいない」
十字架を引き抜くと、ずしりと腕に重みがのしかかる。
肩に担ぎ、腰を深く落とす。
暗黒騎士だった頃、何度も振るった大剣の構えだ。
だが今は剣ではなく、聖なる刑具を手にしている。
「F級クランの治癒師が、こいつにこだわる理由はない」
――滑稽だ。
ここまで晒されれば、もはや怒りよりも哀れみすら覚える。
初めは純粋に『黄金の剣』の成長を喜び合っていた。
だが、急成長するうちに欲に溺れ、仲間を踏み台にした。
あの村で暴走したアベルを止められなかったこと。
村を守れなかったこと。
マスターだからと見過ごしてしまったことを、悔やんでいた。
だから、今回は、この手で終わらせる。
「――せいやぁ!」
振り抜かれた瞬間、宵闇に教会の鐘が響いた。
澄んだ音色がアクアヴェルム全土に広がり、夜気を震わせる。
棺桶は粉々に砕け散り、アベルの身体が膝から崩れ落ちた。
「ん……あ……?」
解放すればすぐ立ち去るつもりだった。
だが、アベルは意外にもすぐに目を覚ます。
「んあ、どこだここは……俺の屋敷は?
これから《《お楽しみ》》だってのに、アザレアはどこだ……?」
座り込んだまま、焦点の合わない目で辺りを見回す。
現実をまだ夢の続きと信じているのだろう。
「……なんでここにいるんだ、オッサン」
「久しぶりだな」
俺の顔を見た瞬間、アベルの表情が強張った。
夢の中の“栄光”と、目の前の現実。
その落差に苛立ちが滲む。
そして、彼はふらつく足で立ち上がり、牙を剥くように俺に食ってかかった。
【カクヨム】
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