第37話 聞いてた話
「私はセラフ=ノクス。
今はノクスって呼んで。
後でセラフも紹介するから」
「どういうことだ?」
「そういうこと」
にししと笑う顔は、ただの悪戯好きな子供のように見える。
年の頃は十歳前後。もしかしたらもっと若いかもしれない。
なんせ言動は明らかに幼い。
「聞きたいことは山ほどあるが、まずはありがとう。ノクス」
俺が深々と頭を下げると、ノクスは照れ隠しのように鼻を鳴らし、
「と、当然だし」と小声でつぶやいてそっぽを向いた。
「アイテールとドロシーも駆けつけてくれて助かった、命拾いしたよ」
「えへへ……ほ、褒められちゃったね、ドロシー」
アイテールが頬を赤らめ、ドロシーはいつもの調子で無言の頷きを返す。
二人の仕草があまりに普段通りで、思わず息が漏れた。
「そうだ、バフォメットが言ってた願望機ってやつを何とかしないとな。
ノクス、案内してもらえるか?」
「もちろんだよ。すぐ近く」
ノクスは小さな背を揺らしながら歩き出した。
港には、もう波の音しか響かない。
実感はないが――本当にバフォメットは消滅したのだ。
胸に手を当てても、答えは返ってこない。
あの村を救えなかった記憶が消えるわけではない。
泣きながら子どもを抱いた母親の狂気の顔――その幻影は、いまも瞼の裏に焼き付いている。
「浮かない顔だね、《《ギリアム》》」
ノクスがわずかに振り返る。
「ああ……全部終わったはずなんだがな。
――って俺、名前を言ったか?」
「全部終わったら話すよ。
でも今言えることは……生きててくれてありがとう、かな」
「……?」
まるで俺を知っているような素振りだが……どこかであっただろうか?
意味が掴めず、思わず首を傾げる。
案内されたのは、壁が黒く焦げた倉庫だった。
入口には人だかり。
死体が散乱し、生き残った者たちが力なく動かぬ隣人を運んでいる。
そして――皆が避けるようにして距離を取る場所に、それはあった。
「あの棺桶が……願望機か?」
口を開けたまま立つ棺桶。
その中で腕を組み、眠るように横たわる顔。
「……アベル」
「近寄ってももう大丈夫だよ。
半径一メートルまでは」
ノクスの言葉に視線を落とすと、地面が濡れていた。
聖水だ。少女の手で撒かれたにしては、異様な濃度の祝福だ。
「アベルの足元で倒れてるのは聖騎士の姉さんか……なんで棺桶の近くは助けないんだ?」
「先に助けたおねーちゃんたちが、あまりにも慌てて走っていくから、着いてったんだよ」
「そ、それは、大きな『魔術揺れ』を感じたから、ドロシーが、どうしてもって……」
アイテールが俯きがちに答える。
なるほど――俺とバフォメットが遭遇したころか。
助けに向かうべきだと口を開こうとしたとき、見知った顔が駆け寄ってきた。
「おお、ギリアム君!
ありがとう、街を救ってくれて」
普段は小奇麗な格好をして髪も整っている領主ロイズもこの時ばかりは、腕をまくり血と土に汚れながら駆けよってきた。
ロイズの背中ではドレス姿の少女が見え隠れしている。
領主様の娘、アザレア様だ。
アザレア様はいつもそうなんだよな……やっぱり暗黒騎士ってイメージ悪いんだろう。
イメージ回復のために出来るだけ優しく微笑んでみると、少女は完全に隠れてしまった。
「キミが駆けつけてくれて助かったよ、流石アベル君のクランメンバーだ」
「ん――?」
「……どうしたのかね?」
「い、いえ、今は既に独立しまして」
「ほう……?」
ロイズ氏の耳に俺が独立したことは届いていなかったのだろう。
棺桶のアベルを一瞥してから、再び俺を見た。
「随分と引き留めたと聞いていたが、S級クランを抜けるとは何か特別な理由でもあったのかい?」
「え、ひ、引き留められたんですか?!」
驚いたアイテールの声に周囲の人たちが、俺たちに振り返った。
「あ、ごめんなさい……私が聴いていた話と違ったので」
口元を抑えたアイテールはぺこりとお辞儀をして、そのままドロシーと死体の運びの手伝いへと向かった。
「ほう……なるほどな」
顎を撫でてロイズは目を細めた。
「お恥ずかしい話です。
今は時代も良くなったので――昔の夢、俺のクランを立ち上げたんです」
「おお、四十代にして独立か。勇気ある決断じゃないか。
そうだ、ならば報酬とは別に祝い金を送らせてくれ」
「それは街の復興に使ってください」
「だ、だがな、街を救って貰った礼もある」
「お願いします。
それに自分の力で切り開いていくのが――楽しいんです」
自分でクランを立ち上げ、仲間とクエストをクリアして、クランハウスを購入した。
これからもダンジョンに潜ったり、海を渡ったり、冒険者として当たり前の生活が待っているだろう。
だからこそ――楽しみでしょうがない。
「はは、そんな顔されたら、そうするしかあるまいな」
ロイズは俺を見て懐に入れた手を抜いた。
「ならその代わりと言っては何だが、あとで一つだけ送らせて欲しい。
そうでもしなければ気が収まらない。もちろんお金や装備じゃない」
「そうですか、なら、まあ、ありがとうございます」
「ふふふ、楽しみにしておいてくれ」
微笑むロイズ氏はある一点を見つめ、すぐに表情をこわばらせた。
「次は――彼からも話を聞かなくてはな。
頼みますよ、ノクスさん」
「欲が強すぎてバフォメットが消滅しても飲まれたまま。
何が起きるか分からないけど――離れて見ててね。
ギリアム、手伝って」
シスターとは思えぬ豪快な腕まくりをして、ノクスは気合を入れた。
【カクヨム】
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