0‐03‐2 差し伸べられた手
「ねぇ、ナギサ、わたしのところへこない?」
いつの間にかうつむいてた頬に、ふわりと柔らかな暖かさを感じる。
視線を向ければ、《女神》の右手がナギサの頬に添えられていた。
言われたことの意味を上手く汲み取れず、ナギサは女神の青紫色の瞳、透き通った瑠璃色の光を見つめ返す。
「あの、《女神》様、今のお言葉は? それと今更ですが、今いるこの場所は?」
「邪魔をされたくなかったから、結界を張ったの。少しだけなら主も許してくれるから。
ただ、時間があまりないの。ナギサ、わたしのところへ来て、そしてわたしを手伝ってほしい。代わりにあなたには居場所を与えてあげられるわ」
周りの雰囲気の変化は結界のため。《女神》の言葉に、ひとまずどこか別の場所に移動したわけではないと知り、ナギサは張り詰めていた肩の力をそっと抜いた。
が、時間がないとは?
それに《女神》は、理由も告げぬまま、ナギサを彼女の世界に誘っている。
白い髪に紅い瞳。痩せこけて青白い肌。容姿が特別優れているわけでもなく、何か突出した能力があるわけでもない。
安住の地をもとめて逃げ出しただけのナギサを、誘う理由がわからない。
「どうしてわたしを?」
「それは、また、いずれね」
ふふっと微笑みを浮かべると、《女神》は静かに、その透瑠璃の瞳をナギサに向けた。
え? それだけ?
これだけで決めろ、と。
何があるかわからないのに......。
理由もわからないまま、本当に決めてしまっていいのか?
いや、まて。
よくよく考えてみれば、既に自分で決めて“ここ”にいるのだ。
先に何があるかなど、まったく考慮せずに、勢いで決めて。居場所を与えてくれるというのに、今さら何を躊躇する必要があるのだろう?
《女神》を手伝えば居場所がもらえる。
何を手伝えばいいのかわからないが、きっと尋ねても、この微笑みからは答えがもらえない気がする。
少なくとも、新しい環境に行ける。
また、異端視されるかもしれないが、世界が異なれば価値観も異なると思う。いっそ、まっさらな環境で、何かが変わることを期待したい。
ナギサは、左頬に添えられた《女神》の手をそっとはずし、己の両手で包み込む。
「居場所をください」
ナギサは透瑠璃の双眸に、静かに告げる。
《女神》はふわりと微笑むと、ナギサの両手を慈しむように包み返した。
「これからあなたが渡る先は“エイルタム”と言われる世界。
あなたには、わたしからの最大限の加護を与えましょう。
あなたはまだ気づいていないだけ。
その内に秘めた沢山の力が、今、まさに、芽吹く時を待っているのよ。
それらを活かすためにも、まずは学びなさい。
今はこれ以上お話をする時間がありません。次に会う時にお話しましょう」
《女神》が言葉を紡ぐ中、二人の間にある空気が震え、包まれた両手から光が溢れ出す。溢れ出した光は、まばゆい光の奔流となって、二人を優しく、そして力強く包み込む。その輝きが唐突に消えたあとには、薄暗い空間だけがただ広がっていた。