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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐2‐6 靴先

 



 部屋へ突入する前、魔力探知、そして魔法探知をともに行った。

 人の魔力は感知されず、せいぜいが家鼠。

 魔法探知でも結界らしきものは感じられなかった。


 だが、薄暗がりの中、微かに揺れる蝋燭の灯り。

 それが却って魔法的なものを感じさせ、狭い部屋であるはずなのに、妙に疑心暗鬼になっていた。

 そっと踏み出した靴先に、僅かに水気を感じた。

 踏み出した足をゆっくりと戻し、靴先を指でなぞってみた。

 指先に纏わりつくのは、とろりとした赤黒い液体——それは、錆びた鉄のような臭いがした。

 蝋燭の灯りに馴染んできた瞳が足元を探る。


 戻した靴先に、その赤黒いものが這い寄ろうとしていた。じわじわと、ゆっくりと染み出すように、赤黒い液体は己の靴先を浸し、足元へと広がっていた。じわじわと広がるそれは、逃げ場を奪うように足元を侵食していく。

 慌ててその奥へと目を向ければ、人が倒れているのが目に入った。

 蝋燭の灯りで、より闇の中へと沈んだ中に、折り重なるように四人の男が倒れていた。——いや、ただ倒れているのではない。彼らの片方の肘から先は、無残にも切り落とされていたのだ。




「……肘から先が」

 クレメンスが語る状況が頭に浮かぶ。

 想像した映像に吐き気を覚え、思わず言葉が漏れていた。悪漢達は利き手側に腕輪をつけていた。腕輪を回収するためなのか——捨て置くには高価すぎる代物だったということだろう。


「ああ、先程君が言った腕輪は当然のようにみつからなかった。腕輪もろとも、肘から先を持ち去ったのだろう」

 ナギサの横に座るクレメンスの表情は陰り、その端正な顔をゆがめていた。


「あの......彼らは今?」

 先の話では人がいる気配はなかったはず。だが、四人も倒れていたというなら……。既に事切れていたのか?


「時間があまり経っていなかったのか、現時点では、一命は取り留めた状態だ。ただ、あの出血だ。しばらく意識は戻らないだろうし、助かるかも不確かだ。

 ああ、先に言っておこう。巧妙な結界が張ってあった。このためだと思われるのだが、魔力探知と魔法探知が防がれたようだ。四人も中にいて(魔力の反応が)何もないのは、普通は在り得ないからな」


「結界……」


「そうだ。倒れていたのは四人。君達を襲った輩は五人。恐らくその逃げた奴が何かしたのだろう。君が言ったとおり魔力が低いのであれば、魔道具かスクロール。どちらにしろ、逃げる手際といい、魔道具等の準備といい、普通のごろつきとは違う」


「逃げた男の行方はわからないのですか?」


「すまない。せっかく君が手掛かりを作ってくれたのに……」


 深々とクレメンスの頭が、横に座るナギサに向かって下げられた。

 それは本当に申し訳なく思っていることが感じられる仕草で、ナギサは驚きのあまり何を言えばよいのか戸惑い固まってしまった。クレメンスを責めるつもりはない。ただ、何らかの手掛かり……逃げた男の行き先が分かればと、どうしても考えてしまう。何か己に出来るわけではない。捕まえて裁くのは、国である。それでも……。



「——クレメンス、ナギサが困っている。お前の気持ちも理解できるが、聞いた限り、相手が上手だっただけだ。もともと、その四人は捨て駒だったのだろう。結界で発覚を遅らせ、指示役だけが逃げ延びる。この指示役だとて、上から見れば捨て駒であろう」


「マグナルバ様、お気遣い、ありがとうございます。しかし、やはり悔しくあります」

 マグナルバの言葉にクレメンスは頭を上げ、彼女を見つめるが、膝上の拳は固く握られていた。

 先程のナギサへ向けた深い謝罪、そしてこの拳の震え。彼もまた、ナギサ同様、いや、それ以上に悔しく思っているようだった。





「この男については、また明日にでも対応を考えよう」


 俯くクレメンスに、戸惑い固まるナギサ。重い空気を変えるように、ウォーリが話題を切り替えた。


「光珠の件だが。報告ではナギサ君の独自の魔法ということだが?」

 鈍色の瞳がナギサに向けられた。


「はい。“目印の魔法”と言って、道に迷わないように、通った跡を印付けするために創りました。あの時は咄嗟にあの場所を起点にして、男の魔力の足跡が残るようにしたのですが……」


「ウォーリ。ナギサが開発した魔法だ。魔導工房でスクロール作製もしているぞ。前に、確か話してあっただろ」

 ナギサの説明にマグナルバが補足を入れる。

「起点から対象者の魔力的な足跡を残してくれる。あの光珠でその魔力を辿らせたのだろう。わたしもその発想は凄いと感心したぞ」


 ニヤリと口端を上げて、マグナルバがナギサに頷いた。

 思いがけない言葉に、ありがとうございますと、咄嗟に返すが、あの光珠に追わせる方法はリュークから以前教えられたもの。この場でそれを言うのは憚られるので、どうにも素直に喜べない。


「あ、あの。光珠は今、どこに? わたしはまだ目印の魔法を解除していないので、その捉えた男の傍にあると思うのですが……」


「それが君をここへ呼んだ理由の一つだな。目印の魔法も、光珠も解除してもらえないか。話によると、現場から牢まで光珠がずっと後をついてきて、非常に目立ったようでな。今も牢内で男の傍で漂っていると報告があった」


 ウォーリの言葉に、ナギサはコクリと頷き、静かに目を閉じた。

 ほんの一呼吸ほど。繋いでいた魔力の糸を静かに切る、そんなイメージを脳内に描くことで二つの魔法を解除した。

 ナギサのまぶたがそっと開き、一言告げる。


「——もう光珠は消えたと思います」


(……見事だな。マグナルバが普段褒めているのも納得できる)


「うむ。助かる。腕輪の話も有益だった。何故、片腕だけ切断されていたのか、謎だったのでな。今日はもう遅い。クレメンス、ナギサ君を寮まで送り届けてくれたまえ」


「はっ!」


 そんな儀礼的なやり取りが行われ、ナギサはクレメンスと共に部屋を退出した。





皆さま、いつもナギサの物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


気がつけば、本作もついに300話という節目を迎えることができました。

ここまで走り続けてこられたのは、続けて読んでくださる皆さまのおかげです。心から感謝申し上げます。


第三章に入り、物語は少しずつ「世界の裏側」へと足を踏み入れ始めました。

穏やかだった日常の裏に潜むもの、そして神々の思惑……。

これからナギサは、初めて直面する真実に戸惑い、葛藤していくことになります。


そんな運命に立ち向かう彼女を、ぜひ、これからもそばで見守っていただけると嬉しいです。


「続きが気になる!」「ナギサ頑張れ!」と思ってくださったら、ブックマークや評価での応援をぜひよろしくお願いいたします。励みになります!


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