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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐2‐4 甘い香り

 



 何の書類も見ることなく、視線を手元に落としながら事務的に話を進めるウォーリ。だが、話の区切りで、すっとナギサの紅い瞳を見つめてきた。


「——以上がクレメンスからの報告だが、もう少し情報が欲しくてな」


「どのようなことでしょうか? 神官長のお話はとても正確でしたが……」


 これ以上何か補足する必要があるのかと、ナギサは首を傾げてしまう。


「結界にはいつ、どのように気づいた。あと、男達の特徴でナギサ君が気づいたことがあれば、小さなことでも構わないので話して欲しいのだが」


「結界は……お恥ずかしいというか、わたしの失態です。気づいたら結界の中にいました。

 ゴリツィアが周囲の違和感に気づいて、それでわたしも気づきました。音が消えていたのです。下街、路地裏、そんな場所であれば聞こえてくる喧騒がまったくなくなっていて。

 あとは、これはわたしの推測ですが、人を寄せ付けないような魔法か、結界が重ねられていたのでは、と感じました」


 ナギサはあの時のことを思い出し、膝の上に置く手を強く握りしめた。

 もう少し慎重さがあれば、せっかく魔法探知の特殊能力アビリティを持っているのに、宝の持ち腐れではないかと、考えれば考えるほど後悔の気持ちが湧いてくる。


「……それは精神干渉系の忌避きひ魔法だな」


 項垂れるナギサの耳に、講義で聴き慣れた声が届く。


「ナギサ、悔やむ必要はないし、失態でもないぞ。お前の年齢……いや、魔法学を学び始めてわずか半年で、結界に捕らわれる前に気づくのはまず無理だ。魔法探知を持つ者でも、容易いことではないのだからな」


 いつの間に用意したのだろう。向かいに座るマグナルバが、そっとマグカップをナギサに差し出していた。

 ナギサと同じ紅い瞳は柔らかく、カップを受け取れと促していた。


「……暖かい」


 両手に伝わる熱が程よく緊張を緩め、立ち上る湯気と甘い香りが心を落ち着かせてくれる。

 それは所謂ホットチョコレート。この世界でもチョコレートがあるのだと、初めて口にした時はとても驚いた。とても高価なものらしく、このように飲み物として子供が気楽に飲めるようなものではなかったはずだが。


「……先生? いいのですか?」思わず貰ってもよいのかと尋ねてしまう。


「ふっ、今日は大変だったのだろう? こいつ(ウォーリ)は気が利かんからな」


 その言葉にウォーリに視線を向けると、銀縁眼鏡の端を押し上げる姿が目に入った。


「……なんだ、構わないから貰っておけ」ぶっきらぼうな言い方であるが、マグナルバの言葉に怒ったというよりも、拗ねた、という感じがする。


「それより」ウォーリの声が一段低くなった。

「何故、人を寄せ付けない結界が張ってあると感じた?」


「……」ナギサは一口二口と、ホットチョコレートを口に含み、その温かさをじっくりと体へ染み渡らせた。


(……暖かい。元世界の人工的な甘さじゃない、すごく深く、重みのある甘さだ……)


「二つ、違和感がありました。一つは、わたしが知っている遮音結界と何か違うものが、結界に重なっていることに気づいたこと。もう一つは、先程も言いましたし、想像の域を越えませんが、結界の境目付近で、嫌な、出来れば避けたい、といった感じを受けました」


「なるほどな……」

 ——ナギサは、魔法探知の特殊能力アビリティを持っているのか? ローニャ様の加護があるのはわかるが、相変わらず鑑定阻害が強力で、彼女の能力が測り切れない。


 ウォーリはナギサの言葉に頷きながら、密かに鑑定魔法を試すのだが、やはり詳細はわからないまま。


(……ふん、ローニャ様の加護か、いや、リュークか。相変わらず中が見えん)


 心中はボヤキ気味。だが、何食わぬ表情で眼鏡の位置を直すウォーリであった。




 ◇



 ピシリと背筋を伸ばし、柔らかな応接用のソファに座るクレメンス。

 柔らかなはずのソファが、今のクレメンスにはひどく座り心地が悪かった。

 これが仲間同士の語らいであれば、この座り心地を楽しめるのであろうが、目の前にいるのは重鎮二人。

 そして、庇護すべき対象であるはずの少女が隣り合っている状況では、とても落ち着くことはできなかった。


 おまけに、落ち着き払った声、無駄のない言葉選び、そして、上位者を前にしても揺るがない胆力……。


(これが、本当に子供の紡ぐ言葉なの……か?)


 クレメンスはナギサの返答に、ただただ圧倒されていた。あの現場に駆けつけた際も、彼女だけは一人異様なまでに冷静ではあったが、今この場で神官長と交わす対話はどうだ。視線を外し、耳だけに届く声を聞いていれば、熟練の騎士や官吏が状況報告を行っているのと何ら変わりない。——いや、それ以上か。


 目の端でそっとナギサの横顔を捕えた時、何故か成人した女性の顔が重なって視えた。

 慌てて横を振り向くと、「ん? クレメンス様?」と子供らしい声が返ってきた。




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