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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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297/309

3‐2‐3 クレメンスに連れられ

 


 クレメンスに連れられ辿り着いた場所は、大神殿の最奥に近い一角。

 普段、神官長ウォーリが執務を行う部屋だという。

 ナギサ達が中に入ると、後ろ手に組み、背を向けていた神官長がゆっくりと振り向いた。


「来たか……」


 銀縁眼鏡の奥からのぞく視線は厳しい。射るような眼差しが己に何を問おうとしているのか——。その無言の圧力に、ナギサは思わず身を固くした。だがそれよりも、上位者の前である。礼の姿勢をとろうとすると、「礼はよい。それより、あちらへ」と、鈍色の視線が応接用のソファへ向けられた。


 視線に促されナギサが顔を向けると、グラス片手にソファで寛ぎ、ナギサを見つめるマグナルバの紅い瞳に気が付いた。


「マグナルバ先生……?」


(何故、ここにマグナルバ先生が......)


 この呼び出しは、先の悪漢達の件だと考えていたが、彼女がいる理由がわからない。

 神殿を統括するウォーリ、先の悪漢を追ったクレメンス。そして己は、悪漢追跡で使った光珠の件だろうと考えたのだが。


「なんだ、ナギサ。わたしがいるのが不満か?」


 余程表情に出ていたのだろう。マグナルバがニヤリと口の端を上げる。

 その言葉に咄嗟に言葉は出ないのだが、ふるふると頭だけは左右に振れる。


「マグナルバ、あまりナギサを揶揄うな。ああ、すまない、クレメンス。君も座り給え。ナギサ君も」


 ウォーリの厳しい視線は変わらないが、特にきつい言葉を発するわけでもなく、ナギサとクレメンスに座るように促してくる。


(この顔ぶれで、わたしの立場だと、下座しもざに座るべきか……)


 元世界でも経験があるわけではないが、こういう時には席次というものがあった。この世界でも恐らく同じだろう。ナギサは神官長ウォーリとクレメンスが座るのを待って、染み付いた習慣のように一番下座である入り口に近い席へと静かに腰を下ろした。




 ◇



「わたしもですか!?」


 クレメンスはウォーリの言葉に、自分の耳を疑った。


(……わたしまで同席を許されるとは)


 この少女を連れてきたら、扉の外で待機だと考えていた。

 男達の追跡とその結果については、先程済ませている。

 未だ男達の傍で輝いている光珠の解除の為に、彼女をここへ連れてきただけだと考えていた。

 既に外は闇に包まれており、春先の夜風はいまだ冷たい。トランキリタに約束しなくても、この少女を学舎寮までは送り届けなければと考えていたので、待機を覚悟していたが、これでは何やら密談でも始まるようではないか。

 ウォーリだけでなく、マグナルバまでいるこの部屋で、自分のような一介の騎士が密談を聞いていいはずがなかった。

 背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、クレメンスはナギサの小さな背中を見つめた。


(この少女は、一体何者なんだ……。ただの子供を、この二人がこれほど重く扱うはずがない)




 ◇



(あえてそこへ座るのか……)


 ウォーリはナギサがあえて入り口近くに座ったことに気づいた。

 ナギサは記憶喪失だ。しかも、その原因となった事件(事故)までは、両親とともに行商人として旅をしていたという。だがこれは、あくまでも女神フェロニア(ローニャ)からの話だ。

 しかし、今目の前で見せている振る舞いは、とても子供の振舞いではなく、記憶を失った者がするような動きではない。

 女神の言葉を疑うことは憚られるが、この一年ナギサを観察している限り、とても記憶喪失の子供とは思えない——。


(いかんな、今はそのようなことを詮索している時ではないな)


「ナギサ君。まずは、無理を言って呼び立てたことは謝っておく。しかし、光珠の件と事件について確認するためには、君に来てもらう必要があった。まずは、事件のあらましだが——」


 神官長ウォーリが説明する事件のあらましは、ナギサ達が騎士に説明したことを正確になぞっていた。

 結界のこと、モリスの抵抗と、悪漢達からの反撃。行商人達が偶然通りかかり、彼らが逃げ去ったこと。

 そして、モリスを連れ去ろうとした男へ、ナギサが魔法攻撃を行い、その隙をついて行商人の一人がモリスを助けたことまでを。


(……)


 ナギサはウォーリの言葉に違和感を覚えた。クレメンスが上げた報告から、今ウォーリは話しているのだろう。だがそれは、まるでその場にウォーリがいたかのような正確な話ぶりだ。

 とはいえ、ニールの事は“行商人の一人”と言った。ナギサは“ニール”と彼の名前を騎士達に伝えている。なのに、今、何故そう濁して言ったのだろうか。




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