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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐2‐2 モリスが目覚め

 



(あ、あのワゴンだ)


 予め用意されていたのだろうか。モリスの一言で部屋には例のワゴンが運び込まれた。

 食事を出来立てのまま運べる魔道具のワゴンである。

 ワゴンとともに、ベッドの上には簡易のテーブル、ベッドサイドにも簡易のテーブルが用意される。

 ナギサは神官を手伝いながら、ワゴンからスープにパンやサラダをテーブルの上へと置いていく。

 ワゴンから料理が離れた途端、温かな湯気とともに野菜の柔らかな甘い香りが漂ってくる。小麦の香ばしい香りも負けじとばかりに漂い、ナギサのお腹もキュッと小さく鳴った。


「んん~、いい香り……」


 ゴリツィアが漂う香りに表情を和らげるのがわかる。

 モリスは早く食べたいと、催促の視線をトランキリタに向けている。


 苦笑を浮かべながらトランキリタが椅子に座り、スープを一口。それが合図となってナギサ達も食事を始めた。

 しばらくは皆が無言で食事を続けていたが、しばらくすると、


「そういえば、どうしてワゴンに乗っている時は、香りがしなかったんだろう?」


「うん、わたしもそれが驚きなの」


 不思議がるモリスの言葉に、ゴリツィアが頷いている。落ち着いたのか、ゴリツィアの顔色はすっかり元に戻っている。


「このワゴンは魔道具なのよ。この上に置いたお料理はね……」


 トランキリタが二人に説明を始めた。ナギサはクラーヴィアの部屋で見た時に、同じ疑問を抱いたことを思い出した。あの時はクラーヴィアが説明してくれて、もっとこの世界のことを学ばなければと思ったが。どうやら二人も知らないらしい。


「……おぉ、それがあのワゴン……」


 見ればモリスの視線はワゴンに釘付けだ。

 そういう魔道具があることは知っていたそうだ。だが、村にあるわけでもなく、普段食堂で見かけることもない。いつかは目にできるかと期待していたらしい。


「んと、モリスはやっぱりこういうものが造りたいの?」


 モリスは錬金学に力を入れている。

 講義ではまだポーション作製をかじった程度だが、いつかは魔道具もと前々から言っていた。

 同じ錬金学の講義ではあるが、ポーションと魔道具では造るものが違いすぎる。

 魔法がどちらも関わるものだが、ポーションは材料を合成する化学、魔道具は術式を組み込んだり、素材を付与したりといった工学的な作業だ。どちらも手掛けるのは難しそうに感じるのだが。


「できれば、ね。村でのことを考えるとポーションが優先かなぁ、ってなるけどね」


 モリスは本当に村の事を考えている。今日の刺繍糸の納品だって、別にモリスが学舎に戻るのを延期してまで代わりに行う必要はなかったはず。口では文句を言っていたが、きっとモリスが自分で代わりを申し出たのだろう。

 でも、随分前に聞いた時、皆の役に立つ凄いものを作りたい、とも言っていた。ポーションだろうと、魔道具だろうと、いつかモリスがそうしたものを造り上げてくれると嬉しいと、自然考えてしまう。


 魔道具の話題で盛り上がっていると、病室の扉口に気配を感じた。






「失礼する」


 きりりとした声とともに現れたのは、クレメンス——先程の騒ぎで指揮を取っていた騎士だ。


 モリスは気を失っていたので、「誰?」といった表情を浮かべている。

 ゴリツィアは……特に怯えた風でもない。やはり騎士に怯えたわけではなかったようだ。ただ、表情は硬く、笑みも消えている。


「これはクレメンス様。どうされました? もうこの子達は部屋へ戻しても問題ないとのお話だったと思いますけど」


 トランキリタの声が怖い。言葉自体は丁寧で、表情も柔らかいが、目が笑っていない。

 クレメンスも気づいているのか、眉を寄せ、とても申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「はい、確かにそのように伝えたのですが……」


「が、とは?」トランキリタの声が一段低くなった。

「なんです? このような幼い者に、まだ負担をかけるのですか? あなた様も人の親なら、わたしが言いたいこともわかりますよね?」


 その剣幕に、ナギサは思わず背筋を正した。普段の温和な彼女を知っているだけに、怒らせた時の恐ろしさが身に染みる。

 普段とあまりにも違うトランキリタに、モリスとゴリツィアも目がまん丸になっている。


「はい! 大変申し上げにくいのですが、神官長より命を受けまして。ナギサ君を呼んでくるようにと申し付かりました」


 この場から一刻も早く立ち去りたい、そんな気持ちからなのか、一気にクレメンスが用件を口にした。


 神官長がナギサを呼んでいる——ナギサの脳裏に浮かぶのは眼鏡の奥から冷静に見つめる鈍色の瞳。

 この状況での呼び出しと考えれば、恐らくは先程の光珠のことだろう。

 ナギサはそっと息を吐き、「わかりました。クレメンス様と一緒に行けばよいのですね?」


「ナギサさん……無理をしなくても良いのですよ? なんなら、わたしが神官長に話をしてきますよ」


「ありがとうございます。でも、神官長も無理を言われる方ではないので。わたしに何か用件があるのだと思います。お食事を頂いて落ち着いたので、クレメンス様と一緒に行ってまいります」


 トランキリタの明るい茶色の瞳が心配気に揺れている。

 ここまで心配してもらえる今の自分が、こんな状況にも関わらず、なんだかとても嬉しく感じてしまう。

 ——神官長をお待たせしてはいけない……。

 ナギサは、手早く残っていたスープを飲み終え、席を立つ。


「クレメンス様、参りましょう」


「すまない、ナギサ君」そう一言口にすると、ナギサを護るようにそっと肩に手を回す。


(あっ……さっきと同じ……マントの匂い、かな……)


「トランキリタ先生。神官長の用件が済み次第、わたしが責任を持ってナギサ君を学舎寮まで送りますので、どうかお任せください」

 ピシリと踵を合わせ、トランキリタに礼をとるクレメンス。

 トランキリタも分かってはいるのだろう。若干諦めた表情で「しっかりと護ってくださいよ。大切な娘なのだから」


「はい! お任せください」

 深々と頭を下げるクレメンスの横に立ち、ナギサはトランキリタの言葉に戸惑っていた。


 ——“娘”? 確かにトランキリタはこの世界での保護者だけど……。

 比喩なのか、それとも娘のように思ってくれているのか。一瞬、確かめたい衝動に駆られた。




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