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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐1‐10 路地裏 5

 



 気に入らない。

 ——ニールは、腕の中の娘の重みを感じながら、内心で毒づいた。


 人として振舞っている時は、人の好い好青年を演じているつもりだが、あの人の子が調子を狂わす。


 あの人の子は、いったい“何者”なのだ。

 先の店での話では、孤児という話だったが、本当なのか?

 そもそも、わっぱのくせに、あの口の利きようは何だ。小うるさい女どもと変わらないではないか。


『わたしや兄さまと同じぐらいにナギサのことを大切に思ってくれるようになったら、その時、教えてあげるわ』


 ローニャから“あの時”返って来た言葉だ。

 わたしが“あれ”を大切に思うだと? 馬鹿馬鹿しい。


 今もわたしのやり方にいちいち注文をつけてくる。

 ローニャが加護を与えた娘だからと、こちらも甘んじてその言葉に従ってやっているが、そうでもなければ、わたしはわたしのやり方でやるものを。

 あのような輩達が、ローニャが護る国で大手を振って歩いているなど、まったくもって気に入らない。

 さっさと滅してしまえばよいのだ。


 それをあの人の子は『人のやり方で』などと言って、わたしに指図する。

 神に指図するとは、ったく、腹立たしい。


 そもそも、リュークが甘やかすからだ。

 何が気に入っているのか知らないが、神を害する得体の知れない力を持つ者を傍に置こうとするなど、正気を疑ってしまう。


 だいたい、今もわたしが手を貸さずとも、あれの力を使えばよいのだ。

 ま、使えば使ったことで、それこそ“人のやり方”では済まなくなるがな。



 ◇



 ——気まずい……。


 ナギサはニールとクレメンスの間で、二人の嫌な気配の応酬に疲れてしまう。

 ニールは不機嫌を隠そうともせず、半眼気味な表情でクレメンスを見下ろしている。

 クレメンスはクレメンスで、街の者であれば普通に示す騎士への礼を示しもしない男へ、表情をより硬く厳しくしている。


「……」


「——貴殿は、本当にお嬢さん達の知り合いか? それと、仮にも知り合いだというお嬢さんを、もののように呼ぶのは感心しないが」


 クレメンスの言葉は聞こえているはず。だが、ニールは聞こえていないふりさえせず、ただ退屈そうに視線を外した。

 流石の騎士様も我慢の限界なのか、苛立ちの気配が漂ってくる。


 ——っ、もう。


「ニールさん! 騎士様に失礼ですよ!」


 出来るなら念話でニールに注意したい。だが、ナギサから念話を繋げることは出来ない。

 仕方なく言葉でニールに話を振るが、やはり無言というか、どういうわけか眉を寄せてナギサを睨みつけてくる。

 これはダメだと、ナギサは諦め「クレメンス様、お話したいことがあります」と、騎士の注意を己に向けた。


「何かな、お嬢さん?」


 ニールの態度に何か言いたいであろうが、クレメンスは柔らかな表情でナギサに視線を合わせてくれる。


「あの、先程男達に反撃した時、わたし、少し細工をしておいたのです」


「ほう、それはどういったものだい?」クレメンスが目を軽く見開き、仲間の騎士を後ろ手に手招きするのが目の端に映る。


 ナギサは説明するよりもと、そっと両手を合わせ、静かに目を閉じた。

 一呼吸、両手の間から仄かに純白の光が漏れる。

 両手を開くと、ふわりと光珠が浮かび上がった。


「——これを……この光珠について行ってください。男達の跡を追えるはずです」


 “目印の魔法”は男達の足跡を魔力で残していく。人の目には見えない設定にしたが、この光珠が跡を辿ることができる。


「ナギ、いつの間に……。そっか、その魔法、そういう使い方もできるのね」

 怯えて言葉少なになっていたゴリツィアが、ナギサの手元を見て、ほんの少し表情を明るくした。


「ん。道に迷わないように造ったはずなんだけどね」

 本当に、最初の目的はそれだったのに、こんな所で役に立つなんて。


「……すごいな! お嬢さんは学舎生とはいえ、まだ、一年か二年目ぐらいだろう?」

「君は魔法学をとっているのかい! まだ、習ってそんなにたっていないだろう?」

「ああ、本当にすごい! 初めて見る魔法だが、こんな便利なものがあるとは!」


 ナギサの横にいるクレメンスだけでなく、彼が呼び寄せた他の騎士達も、ナギサの手元に目が釘付けである。


 騎士たちが光珠に感嘆し、ナギサへ賞賛の眼差しを向ける。

 その熱烈な光景が、ニールにはひどく癪に障ったようだ。


「……ふん、後は好きにやれ」


 唐突に、横から投げやりな声が響いた。

 見れば、ニールは腕の中のモリスを、隣にいた騎士の一人へと半ば押し付けるようにして手放したところだった。


「えっ、ニールさん!」


「俺たちは商売の途中だ。これ以上、騎士の世間話に付き合ってられるか」


 ニールはナギサの抗議など柳に風と受け流し、仲間である行商人たちに頷き、目で合図を送る。

 行商人たちも、事態が収束に向かうのを見て「それじゃあな、お嬢ちゃんたち。お大事にな!」と、いかにも商人らしい気軽さで手を振り、立ち去ろうとする。


 いきなり立ち去る行商人達に、クレメンスは呆れ半分驚き半分の表情だ。


「待ちたまえ! 君達に連絡を取る手段を……」連絡先を確認しようと言葉を投げるクレメンスに、行商人の一人が有名な商会の名前を挙げた。どうやら、そこへ向かう途中でこの騒動に巻き込まれたらしい。それだけを告げると、行商人達は、今度こそ「じゃあな」と、ニールの後を追って路地裏の奥へと消えていった。


(……勝手すぎる)


 去り際のニールと一瞬だけ視線が合った。酷く傲慢で不機嫌そうな琥珀色の瞳は、「もう十分だろ」とでも言いたげに、ナギサにすべてを丸投げして去っていった。


 あっという間に立ち去るニールに行商人達。


 ナギサはもとより、クレメンスも呆気にとられ、しばし立ち去る彼らを見つめていた。

 だが、流石というべきか。

 クレメンスの冷静な声が路地裏に響き渡る。


「……追うぞ! 彼女が用意してくれた手掛かり。有効に使うぞ。第一・第三班は直ちに追跡を開始しろ。残りは現場の保存と、彼女達の保護を!」


「はっ!」


 騎士達が一斉に動き出す。その統制の取れた動きを横目に、ナギサは安堵の息を吐いた。これで「人のやり方」で解決できるはずだ。


「——いいかな?」

 近づく足音に振り返ると、「追跡を開始したいので、先程の光珠をお願いする」と声を掛けられた。

 コクリとナギサが頷き、一度収めた光珠を再び手の内に現し、そっと追跡を開始するよう光珠を放った。


「助かる」クレメンスの張りのある声が響く。

「ナギサくんに、ゴリツィアくんだったか。わたしは追跡班を率いるので、ここで失礼するが、何かあるかね?」


「いえ、特には……。ご迷惑をおかけしました」

「……ありがとうございました」


 ナギサとゴリツィアは深々と頭を下げた。


「いや、君達は被害者だ。君達がこのような目に遭ったのは、わたし達の落ち度でもある。

 それに、路地裏とはいえ、ここは聖都。子供を狙った白昼堂々の人攫い。未遂とはいえ、あってはならないことだ。これはこの国の治安を揺るがす大事件なんだよ」


 クレメンスが口にした言葉は厳しいもの。だがその眼差しは、柔らかく温かい。


 ふわりと大きな手がナギサの頭を撫でた。

 横を見れば、ゴリツィアも同様にクレメンスの大きな手が優しく頭を撫でていた。


「頑張ったね。とても恐ろしい目に遭ったのに」その声は、彼の大きな手と同じく優しさに満ちていた。


(元世界では、石は投げられても、撫でられることなんてなかった……)


「君達のことは神殿にも連絡してある。戻れば、迎えがいるはずだ」


 クレメンスはナギサ達にそう告げると、傍にいる騎士へ軽く頷き立ち去って行った。





「…………」


 震えの止まらない手を必死に隠し、うつむいたままのゴリツィア。光珠を見て少しは明るくなった表情も、また昏く蒼く沈んでいる。一時は騎士に怯えたのかとも考えたが、クレメンスが頭を撫でた時、彼女に怯えの色はなかった。

 では、何に対してそんなに怯えているのか。尋ねたい気もするが、今それを問いただすのはまずいだろう。


 ナギサの視線に気づいたのか、ゴリツィアが顔を僅かに上げた。


「……ナギ、帰ろう?」


 消え入りそうな声で呟く彼女の手をそっと握り、ナギサは静かに頷いた。




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