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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐1‐9 路地裏 4

 



「これは……何があった!」


「実は……」


 喧騒を割って届いた凛とした声に、ナギサは顔を上げた。

 治療の手を止めずに視線だけを向けると、騎士服が目に入る。

 騒ぎを聞きつけた見回りの騎士達だ。

 先程の行商人達が、彼らに身振り手振りを交えて説明している。

 そうこうするうちに、別の行商人が呼んできた騎士達も次々と駆けつけ、路地裏は一気に物々しい空気に包まれていく。


 聖都の中心部で、学舎生を狙った白昼堂々の人攫い。

 未遂とはいえ、これはこの国の治安を揺るがす大事件だ。


 そんなことを考えながら、再びモリスの治療に専念していると、周囲の声が止んだことに気づく。

 視線を感じて顔を上げれば、騎士達や行商人、そして集まった野次馬までもが、信じられないものを見るような目でナギサ達を見ていた。


 ナギサの掌から漏れる、柔らかな純白の光。それが手首の腫れを治めていく様子に、誰からともなく息を呑む音が聞こえた


 ——ああ、わたしぐらいの年齢では、治療魔法を使えるのは珍しいのか。嫌だな、この視線。昔みたいだ……。

 背中に突き刺さる好奇の視線。それが賞賛であっても、ナギサにはかつての蔑みと同じように肌をチリつかせる不快な熱に感じられた。


 困惑するナギサと、怯えるゴリツィア。ニールはモリスを抱え、男達が去った先へと視線を向けたまま。

 と、一人の騎士が表情を引き締め、一歩前へと進み出た。


「恐ろしい目に遭ったところ、大変申し訳ないが、事の次第を質問させてもらえないだろうか?」



 ◇




 クレメンスと名乗ったその騎士は、静かにナギサの傍らへ片膝をついた。

「失礼する」と短く断り、横たわるモリスの顔色を慎重に確認しはじめる。


 その瞬間、隣にいたゴリツィアの体がびくりと震えた。


 先程からゴリツィアが過剰に神経質だ。

 もちろん、とても恐ろしい目に遭ったので、彼女の反応が異常だとは思わない。強いて言えば、淡々とこの状況へ対応しているナギサのほうが変である。

 それでも妙なのだ。顔色も一度は戻り、落ち着きを取り戻したかに見えたが、急に怯えが酷くなっているのだ。




 ——ん? 視線が感じられない……。


 ナギサが気配の変化に顔を上げれば、クレメンスの背後に、他の騎士達が野次馬からの視線を遮るかのように、壁を作ってくれていた。


「……これは、気を失っているようだが」


 クレメンスは、背後の騎士達については何も言わず、ただナギサの瞳を真っ直ぐに見つめ、モリスの状況を問いかけてきた。

(いい人……かも)彼の瞳と言葉には、純粋な心配の色が滲んでいた。


「大丈夫……だと思います。今は、男に掴まれていた腕についた痕を治療しているんです」


「掴まれたと?」


「はい。モリスは、あっ、彼女のことですが、護身用のコーマで抵抗しようとしたんです」


「ああ、それは初等科で習う技だね。危険な時に身を護るために」


「でも、それが防がれてしまって、反対に捉えられてしまったのです……」


「無効化の魔道具か……」


 騎士の眉根が深く寄せられた。


「ご存じなのですか? 男もそんなことを言っていたんです」


 ——まただ。ゴリツィアの震えが酷い。


「禁制品だ」


 クレメンスの答えに重なるように、不機嫌そうな声が横から割り込んだ。ニールだ。


「失礼だが、貴殿は? そちらの行商人の方々のお仲間とお見受けするが」


 いきなり口を挟む素性の知らない男——不遜な態度にその体躯から放たれるただならぬ覇気に、クレメンスの視線と口調が自然、厳しくなる。


「ああ。この娘と、“それ”とも知り合いだ」


 ニールは相変わらず不遜な態度で、顎でモリスとナギサを指し示した。


(ニールさん! わたしは“それ”扱いですか!)


 喉元まで出かかった皮肉を、ナギサは必死に飲み込んだ。




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