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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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3‐1‐6 路地裏

いつもナギサの物語にお付き合いいただき、ありがとうございます。

皆さまが読み続けてくださることが、何よりの励みになっています。


さて、今回から三話ほど、ストーリーの展開上、言葉の荒いシーンが続きます。

苦手な方はご注意いただけますと幸いです。


 



「ふぅ……」


 店の外へ出ると、三人同時に大きく息を吐いた。

 思いがけず揃ってしまったその仕草に、お互い顔を見合わせて笑ってしまう。


「ナギ、おばさん達、凄かったね」


「ほんと、驚いちゃった。ニールさんも目をまん丸くしていたよね」


「ん、なんだか悪いことしちゃったかな……こんなにたくさん頂いてしまって」


 ナギサはご婦人方から頂いた抱えきれないほどの贈り物を大切に抱え直し、先程の光景を思い出す。

 そして、改めてこの世界の暖かさに心がほぐれるのを感じる。

 元世界では、こんなこと、絶対にあり得ないことだった。

 母親世代の女性達が集まれば、ヒソヒソと声を潜め、チラチラとナギサに視線を向けながら噂話をする。彼女達の子供に声を掛けようものなら、ものすごい勢いで引き離されたものだ。

 両親がいない——。元世界ではナギサの容姿だけでなく、その境遇さえも忌避される要因の一つだった。物語の中では哀れみや同情の対象となるはずなのにと、子供心に不思議で仕方がなかったが、何故かナギサは周囲からそのことでも責められたのだ。


 けれど、今さっき、この世界の人々はただの同情ではない、それ以上の温かな情愛をナギサに示してくれた。

 涙腺が崩壊してしまいそうな気分であるが、そこはなんとか持ちこたえていた。けれど、夜、一人になったら少し自信がないぐらい、嬉しい出来事だった。




「さてと。この後も二人に付き合って欲しいな。市場まで行きたいんだ」


 包みを抱え、感慨深げに黙り込んでしまったナギサに、モリスは優しい眼差しを向けた。そして、場の雰囲気を変えるように、ナギサとゴリツィアの背中をポンと叩いた。


「うん、構わないけど……モリス、こっちって裏通りだよね?」


「そうだよ。こっちのほうが近道でしょ?」


「んと、前にモリスと市場に行った時に通った道だよね?」


 ナギサは、冬休暇にモリスと初めて市場へ行った時のことを思い出す。あの時は街中が年越しの賑わいで、この辺りもそれなりに人が行き交っていた。

 だが、今日はゴリツィアが指摘したとおり、しんとした裏通りは人影もなく、少し寂しさを感じる道だ。


「ナギ、一度しか通っていないのに、よく覚えているね。ここ真っ直ぐ行くと中央広場まで近いんだよね」


「そうなんだ。わたしはいつも表通りから行くから知らなかったよ」


「ん、でも、モリス。表通りからのんびり行くのもありじゃない?」


「そうだけど~ ニールさん、先に行っちゃったじゃない。きっと市場に向かったと思うんだ。だから、追いつきたいんだもん!」



 ◇



 ニールに追いつきたい、出来れば追い越したいと考えるモリスが、歩みを速める。

 ナギサとゴリツィアも薄暗い裏通りに置いて行かれるのは不安なので、やはり足早にモリスの後を追いかけた。


 と、その時だった。


「……待って。ねぇ、モリス……静かすぎない……?」


 ゴリツィアが足を止め、不安げに辺りを見回した。

 つい先ほどまで背後に聞こえていた大通りの賑わいが、霧に巻かれたように消え去っている。

 耳を澄ませても、風の音すら聞こえない。まるで、この路地裏だけが世界から切り離されてしまったかのような、不自然なほどの静寂である。


 ナギサもそれとは別の違和感を覚え、足を止める。ゴリツィアが言う通りだ。静かすぎる。

 周囲へ視線をそっと走らせると、見慣れた魔力の薄膜に気づく。

 ——これは……結界が張られている!

 いつの間にか、自分達は結界内に足を踏み入れていた。

 恐らく遮音結界、外からの音も入ってこないが、中からの音も外へと漏れない。

 それに、もう一つ、何か別の結界も……。

 腕の中に抱えた糸や布の、確かな重みと柔らかな感触。その幸福感に意識を割きすぎていた。

 背後の喧騒が霧に消えた瞬間、初歩的な罠に気づけなかった己の迂闊さを激しく悔やんだ。


(しまっ……た!)


「……っ、モリス! 戻ろう!」


 ナギサが叫び、その手を伸ばそうとした瞬間。

 路地の奥、塗り潰されたような暗がりから、影が染み出してきた。

 湿った革の軋む音と、下卑た笑い声。石畳を叩く荒い足音が、逃げ場のない路地に反響する。


「おっと、お嬢ちゃんたち。せっかく近道を選んでくれたんだ、そう急いで戻るこたぁないだろう?」


 薄汚れた革鎧を纏い、いやらしい笑みを浮かべた男達が、前後の道を塞ぐように現れた。その数は五人。

 突然の事に、ナギサは心臓がうるさいほど鳴っているのを無視して、必死に頭を回転させた。

 咄嗟に思いついたのは“魔力探知”——彼らの魔力を視てみた。五人とも魔力量は少ない。モリスやゴリツィアにすら及ばないほどだ。周囲を軽く探知してみても、特段高魔力の人物はいないようだ。

 ということは、この結界は魔道具か……。ならば、コーマでなんとか対抗できる——ナギサが魔力を自覚するきっかけになったあの技、自分の魔力を相手に叩きつける技であれば。

 それに、まだ上手く使えないが聖属性の攻撃魔法。これなら活路を見出せるかもしれない。


 ナギサが冷静に状況を確認している間にも、男達がじりじりと距離を詰めてくる。

 子供相手と思っているのか、武器の一つも構えていない。ただ、気になるのはチラチラと袖口からのぞく、分不相応にみえる腕輪。男達の魔力ではない、何か別の力を放っている。それと、一人だけ様子が違う。魔力はやはり低いのだが、下卑た笑いを浮かべる仲間たちをどこか突き放し、この場を冷徹に俯瞰するような、そんな目つきだ。まるで、私たちを人ではなく、ただの“物”か何かとして見ているような——


 近寄る男達に、ゴリツィアは言葉を失い顔色は蒼白だ。

 だが、モリスは、ガタガタと膝を震わせながらも、ナギサとゴリツィアを背にかばうように、ナギサたちの前に、毅然と立ちはだかった。


「なっ、何よ! ふざけないで! 私たちは学舎の生徒よ! わたしたちだってコーマを使えるんだから! 痛い目を見たくなかったら、どきなさいよ!」


「威勢がいいねぇ。……ふん、あっちの客が好みそうなツラだ」


「近寄らないで!!」


 必死に虚勢を張る彼女の手は、隠しようもなく震えている。それでも、彼女はナギサとゴリツィアを庇うように、一歩も引かなかった。




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