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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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283/314

2‐28‐3 ローニャと 2

 


「魔法学講義室は変わらないわね」


 人影のない講義室を眺めながら、フェロニアはゆったりと壁際にある書架に向かう。


 ナギサがマグナルバから休暇中も学舎へ入る許可を得ているのも、ひとえにこの書架が使いたいがためだ。

 今日もこのようなハプニングがなければ、ここで時間を過ごすつもりでもあった。資格がないのか、未だに読めない本も多いのだが、魔獣や草花の図鑑(図録か)の類は異世界から来た身には貴重な資料となっている。


「書架の本は昔のままなのね。皆、大切に扱ってくれているようで嬉しいわ」


「ええと、これらの本はローニャ様が用意されたのですか?」


「わたしとミラクルゥム、そしてマグナルバ(マギー)で選んだの。魔法の事はやはりミラクルゥムが一番。ここで魔法を教えるのはマギーでしょ。二人が選んで、あとはわたしが納得すればここに置く、って感じだったかしら。あの二人は“できる人”の選択をしてしまうから、少し大変だったわ」


 当時を思い出しながら話しているためか、少し遠くを見るような眼差しでフェロニアはナギサに当時のことを教えてくれる。


「資格がないと読めない本が多いのは、専門性が高いからでしょうか?」


 ナギサは未だ読めない本が多いので、その理由が知りたいと常々考えていた。この流れであれば聞けば教えてもらえるかもと、その疑問を口にした。


「あら、それはナギサのせいだと思うわ」


(わたしのせい?)


 フェロニアの言葉に、コテリと首を傾げてしまう。


「順序立てて読んでいないでしょ。何か有用なことが書いてある本はないか、って手あたり次第開いているのじゃないかしら」


(まさにその通り!)


 特に目印の魔法を構築しようとしていた時は、何かヒントになることはないかと、手あたり次第開いていた。しかし、それが読めない原因とは......。


「まさにその通り、といった表情をしているわね。ちゃんと初歩から読んでいけば、その次の段階の本が読めるようになるわ。基礎も前提知識も持たない状態で、その上を知るのはよくないわ」


「でも、お言葉を返すようですが、知りたいことが書いてあって、その意味がわからないから、そこから辿ってその前提知識を調べる、というのも一つの方法ですよね?」


 ナギサ自身はコツコツ積み上げて勉強することは嫌いではないが、今言ったような形で調べ物をすることも好きである。それが許されないのは少しつまらない気がして、つい抗議めいたことを言ってしまった。


「うふっ、そうね。でも、ナギサもこういうことはない?『こんなことができるなんて! とりあえずやってみよう!』って、いきなり試してしまうこと」


(あー、はい、あります。そうですね、それは危険なこともありますね......)


 フェロニアが言わんとしていることは理解した。いきなり高度な魔法を知って、それを試した時の危険性。フェロニア達はそれを危惧して、順に学んでいくようにと、この書架は縛りをかけられているのだ。


「わかってくれたようで嬉しいわ。ところで、ナギサ」


「なんでしょうか? ローニャ様」


「属性魔法はどれが使えるの?」


「属性魔法ですか......聖、火、水、風、この辺りは使えるとわかっているのですが、他はよくわからないのです」


 ファイヌムの助言もあって、掌の魔法でいろいろ試したが、ナギサが明確に使えると実感できているのはそれだけ。属性チェックの時も、何属性があるかは明示されなかったので、自身が持つ属性はナギサが知りたいぐらいだ。


 ナギサの若干不満げな表情に、フェロニアがクスリと笑う。


「ナギサ、わたしはあなたをこちらに連れてきた時、加護を与えたわ。魔法属性もそう。すべての属性をあなたは使えるわ。それがまだ使えないということは、上手くイメージ出来ていないのね」


 フェロニアの言葉は、ナギサにとっては驚きである。

 まさかの全属性だ。それならば、基本属性だけでなく、その発展系である雷や氷、といった複合属性も使えるのだろうか。現金なものだが、使えるはずならば試してみたい。そんな気持ちが湧き上がってくる。


「うふっ。ナギサったら。今直ぐにでも試してみたいって顔をしているけれど、今はわたしに付き合って欲しいわ。さっ、次に行きましょう」



 ◇



 ——クラウスがいることにすっかり慣れてしまったな。


 ファイヌムは客用厩舎の見回りを終えたところだ。

 掃除が雑だ、水が少ない、と念話で小煩く言ってくるクラウスの不在で、(身勝手な話だが)拍子抜けというか、いつもの見回りが張り合いがなく、寂しささえ感じている。

 昨日の騒ぎの後、クラウスは今いるべきところに戻った。リュークと聖都外での行商中で、予定ではあと1週間ほど行商に出ていることになっている。


 ——おかしなものだ。普段はあれほど口煩くて鬱陶しいと思っていたのに。


 そんなことを考えながら、厩舎にある執務室へ戻る小路を歩いていたのだが、食堂に続く小路から誰かがこちらへやって来る気配がする。

 魔力の雰囲気では、ナギサと“もう一人”いる。

 最近はナギサが魔力を意識して抑えるようにしているせいか、少しわかりづらくて困る。

 だが、今日はなんだろう。もう一人、誰かがナギサと一緒にいる。その者の魔力を上手く認識できない。嫌な感じはしない。ナギサと一緒、かつナギサの魔力が乱れていないと考えれば危険はないのだろう。だが、学舎が休みなのにナギサと一緒にいる人物とは、一体誰だろう。


「あっ、ファイヌム様!」


 ナギサもファイヌムに気づいたようで、小路からこちらへ小走りでやってくる。

 もう一人、ナギサから遅れて神官がやってくるが、なんだか魔力的に不思議な感じがする。


「やぁ、そちらから来たということは、昼食を終えたところかい?」


 ファイヌムはナギサ達がやって来た方向から、昼食後だろうと話を振ってみた。


「はい。ファイヌム様はもう昼食はお済みですか?」


「ああ、軽く済ませているよ。ところで、今日はどうしたんだい? 厩舎の手伝いは来週だけにする、って話になっていたよね?」


「あっ、あの、その......」


 ファイヌムの問いかけに、ナギサは急に言葉につまると、後ろからゆっくりとやってくる神官へと顔を向けた。

 どうやら、あの神官がファイヌムに用事があるらしい。

 知り合いのような気がするのだが、どうにも誰なのかはっきりしない。この距離ならば普通は誰だかわかるのだが、と目を凝らすのだが......。


「うふっ、ファイヌム、わたしよ」


「!」


 その言葉にファイヌムがナギサの隣に並んだ神官を改めて見ると、女神フェロニアであった。



 ◇



「お見苦しい部屋で申し訳ありません」


 今、ファイヌム達は彼の厩舎内の執務室にいる。ここであれば、盗聴防止等の結界が張ってあるので、差しさわりのある会話もしやすいであろうと、皆で場所を移したのだ。


 普段は馬丁ぐらいしか来訪者がいない執務室。足の踏み場もないほどの、雑然とした部屋である。たまにナギサが訪れる時も、いつもソファを掘り出して、ナギサに座らせているようなファイヌムである。

 今日も当然のごとく散らかっている。慌ててフェロニアとナギサが座れる場所を用意している。


「そこまで畏まらなくてもよくてよ」とフェロニアは言うのだが、ファイヌムとしては流石に気にしないわけにはいかない。

 なんとか場所を作りだし、二人に腰を下ろしてもらい、やっと一息付けた気がする。


 慌てて部屋を片付けるファイヌムに、ナギサはとても申し訳ない気持ちで一杯だった。

 フェロニアとナギサは魔法学講義室を出た後、錬金実習室や通常の講義室など、学舎内をぐるりと見て回った。すると、頃合いよく、昼を告げる鐘が鳴り、『次は食堂へ行きましょう』とフェロニアに誘われた。

 食堂も学舎同様、ざっと見て回るだけかと考えていたが、そのまま食事をとることになってしまった。

(昼食は)それはそれで大変だったが、無事食事を終え、この後の予定をナギサが尋ねたところ、『ファイヌムに会いたいわ』とフェロニアが言うので、厩舎までやってきたというのが、ここまでの成り行きだ。

 あまりにも突然すぎて、ファイヌムに事前に連絡することもできなかった。


「それで、フェロニア様。今日はどのようなご用件でしょうか。まだお身体も万全ではないかと思うのですが、何かお急ぎのお話でもありましたでしょうか?」


「......ファイヌムもそんな堅苦しい話し方をするのね。もっと楽にお話してほしいわ。今日はただあなたに謝罪とお礼を言いたくて」


「!いえっ、流石に国神であるあなた様に、馴れ馴れしくはできません」


 ——ああ、ファイヌム様が戸惑っている......。わかるけど、きっと抵抗は無駄だと思う......。


 ナギサが思った通り、フェロニアとファイヌムはその後なんだかんだと言い合いながら、結局ファイヌムもフェロニア様と呼ぶことを禁じられていた。


「あの、それでローニャ様。わたしにお話しというのは......」


「ええ。兄さまのことだけど。本当にごめんなさいね。あなたを巻き込むにしても、もう少し丁寧に協力してもらう方法もあったでしょうに。半ば強引だったでしょう」


(ああ......あの時のリュークさんは、意味不明で本当に恐ろしかったな......)

 ファイヌムはフェロニアの言葉に、リューク達がクラウスの馬房に突然現れた時のことを思い出した。

 あの時のリュークは、いつもの柔らかな雰囲気が微塵もなく、理不尽さと有無を言わせぬ威圧感を放っていた。


「なのに、あなたは兄さまに協力してくれたわ。そして、約束通りナギサの保護者であってくれたわ。心から感謝しているの」


「いえっ、そのように改まって礼を言われるようなことでは。わたしはあの場にいて一人部外者になるのが嫌で、ただ知りたかっただけですし。ナギサ君に関して言えば、当然のことをしているだけです」


 ——今もすべてを知らされているわけではない。だが、知らずにいるよりずっといい。

 ファイヌムは振り返って考えれば考えるほど、あの時リュークの申し出を受けておいて良かったと思う。そうでなければ、モリス達同様、記憶を操作され、目の前で起きている出来事を何も知らずに、いや、何か起きていることすら知らずにいたはずなのだから。


「ただ......」


 ファイヌムの呟きに、フェロニアが視線だけで先を促す。


「——もう少しだけ、知りたいと思います。他言も詮索も厳禁と言われていますが、知れる事がどれも断片的すぎて......」


「例えば何かしら?」


 ——叶うなら、ナギサ君のことが知りたい。何故、ローニャ様、あなたとそのように自然に一緒にいるのですか。それに、彼女の出自は、本当は何処で、何者なのですか。だけど、これは聞いてはいけないことだ。リュークさんなり、ナギサ君なり、彼らから聞かされるまでは、きっと知ってはいけないことのはずだから。


 ファイヌムは軽く息を吐くと、「いえ、良いのです。それらは承知の上で、わたしはリュークさんに協力したのですから」


「うふっ、ファイヌム、あたなは本当に良い人ね。ありがとう」



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