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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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282/315

2‐28‐2 ローニャと 1

 



 案内するとしても、フェロニアをそのまま連れて歩くのは、明らかに目立ちすぎる。

 大神殿内のそこかしこに絵姿や女神像が飾られている。たとえ200年人界に降りていなくても、神官達にとってフェロニアの姿は見慣れたもののはずだ。

 いきなりフェロニアが神殿内を歩き回っていたら大騒ぎになるに違いない。

 フェロニアが気にしないのであればよいが、念の為に確認してみると「目立つのは嫌だわ。できれば、わたしだってわからないほうが嬉しいわ」と無茶を言ってくる。


「フェロニア様、それなら、先ずはお召し物をどうされますか? 今、そのお召し物は、どうみてもキトンです。それでは外に出れば、嫌でも目につきますし、神様だとわかりますよ」


「あら、わたしったら......」


 フェロニアは、何かを思い出したかのような表情をする。と、次の瞬間、その姿がよくある一神官の服装に変わっていた!

 基本の白い神官服を身に着け、その上に白のチュニック状のものを羽織っている。服装は神殿内に溶け込めるものになったが、別に容姿が変化したわけではない。これほど美麗な神官がいたのかと、却って目立つのではないかと、ナギサは心配になってしまう。


 だが、フェロニア曰く、久しぶり過ぎて忘れていたが、以前はこのような姿で神殿内や街を歩き回っていた、と。しかも、認識阻害を自身へ使っているので、彼女が“フェロニア”であると認識して見ないかぎり、その辺りで働いている一神官にしか見えないというのだ。


「これなら大丈夫よね?」とフェロニアが得意げな笑顔をナギサに向けた。



 ◇



 見た目の問題はとりあえず解決したとして、ナギサが最初に何処を見たいのかと尋ねると、「学舎がいいわ。ナギサが普段過ごしている場所でしょ?」と返された。


(学舎か。今は春休暇中だから立ち入りは基本不可だけど......)


 ナギサはマグナルバから許可をもらっているので、通用口から入ることはできる。だが、学舎に無関係なフェロニアが果たして入れてもらえるのだろうかと、不安がよぎった。


 しかし、それは全くの杞憂だった。

 何をどうしたのかは知らないが、通用口の門番は、フェロニアを誰何すいかすることなく、ナギサ共々簡単に通してくれた。


 半ば唖然とし、それを必死に顔に出さないようにしているナギサに、フェロニアは悪戯っぽく「ねっ、大丈夫でしょう?」と囁くと、すぐに「じゃぁ、魔法学講義室を見たいわ。ナギサも講義を受けているから、使っているのよね?」と続けて、次の目的地を告げてくる。



 ◇



 長期休暇中の学舎内である。人影はほとんどない。

 それでも、どこか遠くで扉が開く音が聞こえてくる。

 恐らくは研究熱心な講師か、ナギサのように許可をもらった学生がいるのだろう。


 静けさが漂う中、長い廊下を進むフェロニアとナギサ。フェロニアは慣れた様子で歩いているが、やはり以前とは違う箇所があるようで、急に立ち止まってしげしげと観察し始めたりする。


「フェロニア様、そこまで変化がありましたか?」


 何度目かの立ち止まり。

 よくある壁飾りを真剣に見ているフェロニアに、ナギサは思わず首をかしげてしまう。


「そうね......この壁飾りは、最近付け替えたようね」


「そうなのですか? 周りと同じ意匠ですし、それなら他も新しく付け替えたものなのですか?」


「あぁ、ごめんなさい。そういうわけではなくて。多分、これだけ欠けたか壊れたかで、新しいものと置き換えたようだから気になったのよ」


 ナギサにはその違いがまったくわからない。どうしてそこまでわかるのかと、壁飾りを見比べてみるのだが、やはりわからない。


 すると、フェロニアはナギサに微笑んで見せたあと、何故かさっとその壁飾りをひと撫でする。

 不思議がるナギサへ、「わたしの加護が、この壁飾りには付加されていなかったの」と今の仕草の意味を説明してくれた。

 なんでも、フェロニアは大神殿内にあるものすべてへ加護を与えていたらしく、加護がないものを見ると気になるらしい。

 一つ一つ確認していってはきりがないので、近々大神殿全体に再度加護を与え直すつもりだけど、今は目につくものだけでもねということらしい。


「はぁ、フェロニア様。神様っていろいろ大変なのですね......」


 フェロニアの話に、ナギサは思わずため息をついてしまった。

 そんな気が遠くなるような大変なこと、自分では絶対に無理だと感じ、思わず遠い目になってしまう。

 壁飾りに柱頭飾り、このような細かなものにまで加護が掛けられているなんて......。


「ねぇ、ナギサ。お願いが一つあるのだけど」


 立ち止まったついでとばかり、フェロニアが改めてナギサの紅い瞳を見つめてくる。

 急にどうしたのだろう、何をお願いされるのだろうと、ナギサが身構えていると、


「“フェロニア”ではなくて、“ローニャ”って呼んでくれないかしら?」


(!? そんな恐れ多い)


「わたしがこの姿で、認識阻害をかけていても、あなたが“フェロニア様”って呼んでいたら、台無しだと思わない?」


(んっ!)


 正論である。

「フェロニア様」と、ただの神官に声をかければ、絶対に周りの気を引く。

 フェロニアの認識阻害は意識して見ていない人には、その顔がぼんやりとしか見えないレベルのもの。

 相手が誰だかわかっている、もしくは意識的に注視すれば、その顔ははっきりと認識できるので、正体が知れてしまう。

 神官達はフェロニアの顔は知っている。だが、今ここにいるのがフェロニアと知らないので、横を通り過ぎても気づかないが、ナギサが「フェロニア様」と呼びかけて、注意を引いてしまうと気付かれてしまう恐れがあるわけだ。


「んと......おっしゃる通りなのですが......。恐れ多いというか......」


「あら、兄さまのことは“リューク”なのに?」


「!」


 フェロニアの言葉に、ナギサは顔を赤らめ、口ごもってしまった。


 確かにリュークと呼び捨てにしているが、ナギサはそもそも彼の本来の名前を知らない。それに、出会った時は“一商人のリューク”である。“様”付けは完全却下と何度も言われてしまったので、もう今更リュークが神様だとわかっても“様”付けや、その知らない本来の名前で呼ぶなどできる気がしない。


「うふっ、意地悪だったわね。兄さまを出すのは卑怯よね。でも、わたしもあなたには“ローニャ”と呼んで欲しいわ」


 ——うぅぅぅ。どうしよう。


 それでも戸惑うナギサに、フェロニアがそっと耳元に口を寄せ、囁いた。


「“姉さま”と呼んでくれてもいいわよ」


「!!!」


 ——この方は今、何を口にした!


 ナギサは既に赤く染まっている頬が、ますます赤くなる。体全体が熱を持ち、己の胸を心臓が内からドンドンと大きく叩いているのを感じる。


 ——リュークと結ばれたらフェロニア様とは姉妹......。って、待って。今己は一瞬何を考えた。リュークは神様で、ずっと一緒にいられないのだから、夢を見てはだめと考えていた自分ではないか!


 フェロニアは、一人頭を抱え込み身悶えするナギサをそっと抱き寄せ、


「うふっ。“姉さま”は無理そうだから、“ローニャ”でお願いね」そう囁くと、そっとナギサの額に口づけを落とした。




 結局、フェロニアのことは“ローニャ様”と呼ぶことで落ち着いた。

 一学生が神官相手に呼び捨ては、あまり褒められたものではない。ナギサがそう説得すると、流石にそこはフェロニアも納得し、“様”付けでの呼称を了承してくれた。





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