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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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279/315

2‐27‐17 フェロニアとニール

 


 淡々と、時に皮肉を交えながら語り終えたニールは、重い沈黙の中で静かにそこに立ち尽くしていた。

 皆からの視線を避けるかのようにその瞳は固く閉じられ、しかし、言うべきことはすべて語り終えた安堵からか、解放されたかのような表情を浮かべていた。


 ニールの言葉はこの場にいる者すべてが聞いていた。


 数歩離れた場所にいるファイヌム、クラウス、リナ、そしてアダマースにも言うに及ばず。

 少し離れた場所にいたウーラニアとエクースへもニールの声は届いていた。


 いつの間にか、リュークがナギサの隣に並んでいた。

 リュークはフェロニアからナギサを優しく抱き寄せると、「二人で話す時間が必要だろう」とフェロニアへ囁き、その背を押し、そっと送り出した。


 フェロニアはゆっくりとニールへと向かい、リュークはナギサを伴ってクラウス達の元へと静かに向かった。



 ◇



 フェロニアは静かにニヒルム(ニール)の前へと立った。

 気配で察しているであろうに、ニヒルムは瞳を固く閉ざしたまま。何も言葉を口にしようとしない。


「......」


「ニヒルム......」フェロニアは静かに声をかけた。

 その声は柔らかく、何かを懐かしむような響きを持っていた。


「あの時『ありがとう』って言ったのは、本当にただ、嬉しかったからよ」


 閉じた瞼がかすかにピクリと動く。


「だって、あなたはいつも優しい言葉をかけてくれるのに、あなたからわたしに触れてくれることがなかったから」


「! そ、そんなこと、わたしには到底できはしない」


 弱く掠れた声。

 ニヒルムはフェロニアの言葉に思わずたじろぎ、一歩後ずさった。

 その表情は驚きに強張り、閉じていた瞳は大きく見開かれていた。

 いつもリュークと仲睦まじく過ごすフェロニアへ、ニヒルムから触れるなど出来るはずもなかった。

 あの頃、他の神々も二人の仲睦まじさを見ては、諦めの表情を浮かべていたものだ。彼らがフェロニアに近づこうものなら、リュークが必ず睨みを利かせていたのだから。

 ニヒルムはリュークの友人である。ただそれだけで近づき、会話することが許されているに過ぎない。そうニヒルムは考え、彼女への気持ちは深く奥底にしまい込んでいた。あくまでも礼儀正しく、リュークの想い人とその友人として接する。他の神々と比べれば、なんと幸運なことかとさえ、ニヒルムは考えていた。

 それなのに、今のフェロニアの言葉は......。


「そう、だから初めてあなたが手をとってくれたことが、とても嬉しかったの。

 言われてみれば、あの時、違和感はあったわ。

 でも、そんな違和感よりも、あなたに手をとられ、指先に口付けをもらって...... なのに、あなたは直ぐに立ち去ってしまった」


 ——あの頃のわたしは、この美しい神と会うたびに心乱れる自分に戸惑っていた。

 彼が掛けてくれる優しい言葉、心地よい響きと安堵をもたらす声音。注ぐ眼差しは優しく、木漏れ日のようで。己の中に浮かぶ不思議な感情に戸惑い、その意味に気づくことを避けていた。

 それなのに、あの時、本当に微かな触れ合い。

 手を軽くとられての指先への小さな口付け。

 先のニヒルムの話から、この時に術が発動し、名が封印されたことは理解した。

 だけど、その時のわたしは“嬉しい”という気持ちが溢れ出してきて、名が失われたことに気づけなかった。

 だけど、己のニヒルムへの思慕には気づいてしまった。

 しかし、それをニヒルムに知られるのは恥ずかしく、『ありがとう』と、自分でももう少し言いようがあったはずなのにという言葉を口にしていた。


「......最低だな、わたしは」


 フェロニアから顔を背け、ぼそりとニヒルムが呟いた。


「ねぇ、どうしてナギサが邪魔だったの? あの子は何もしていないでしょう?」


「......奉納舞。あの人の子は虹色の魔力を捧げていた。何故と思って訝しんで視たが、鑑定阻害に偽装、まったく何者かわからなかった。誰が、何故、そこまで“ただの人の子”を庇護するのか。君の国だ。君が、と考えたが、それよりも、君が、自分の名前が封じられていることより、君が“あの人の子”を優先して気にかけているのがどうしても我慢できなくてね。ならばいっそいなければいいのに、って思ったのさ」


「そんな理由で?」


「ああ。だけど、まさか返り討ちに近い目に遭うとは思わなかったよ」


 ニヒルムは、何か思い出すように口の端を歪めた。


「あの白い光......あの人の子は一体何者だい?」


「あなたが......わたしや兄さまと同じぐらいにナギサのことを大切に思ってくれるようになったら、その時、教えてあげるわ」


 フェロニアは、ふわりとニヒルムに微笑みかけると、視線を兄とナギサへと移す。二人は今、仲間達の間で楽し気に笑っている。大切な、かけがえのない二人。


「そんなに“あの人の子”が大切なのかい?」


 フェロニアの視線を追いながら、ニヒルムは不思議そうに聞き返した。


「ええ、とても。そしてニヒルム、あなたのことも大切なの。だから、わたし達の関係も一からやり直さない?」


 フェロニアはニヒルムの前へ立つと、そっと手を差し出した。


 フェロニアの行動にニヒルムは息を呑み、差し出された手を直視することができなかった。

 琥珀色の瞳は大きく見開かれ、体の自由を失ったかのように立ち尽くしていた。





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