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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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274/315

2‐27‐12 それは静かに

 


 変化は突然で、あまりにも静かに起きた。


 市井の者達は誰も気づかない。

「ねぇ、《女神》様の像だけど、花飾りがとれそうよ」

「ほんとね、フェロニア様はお花がお好きなのよね」


「お母さま、フェロニアさまは、わたしのお願い、きいてくれるかしら?」


「祈年祭、フェロニア様は今年はいっぱい恵みをくださったようだ」


「ああ、フェロニア様のおかげで、今年は小麦の実りがいつもより期待できそうだ」


 違和感もなく、気付くこともなく、《女神》の名前を口にしている。





 神界では、神々はやはり静かにそのことを知った。


「ああ、フェロニア! よかったわ」


「うむ、フェロニア、名前を取り戻すことができたようだ」


 静かに頭に浮かぶ《女神》の名前を、感慨深く神々は口にする。





 ヴィルディステ聖国の巫女の私室では。

 リュークの記憶操作とウォーリの手回しで大事になっていないのだが、ナギサとファイヌムは前日から行方不明のまま。

 いや、正確には、クストス・サケルに連れ去られたまま戻っていない。

 事の次第を知るウォーリ、クラーヴィア、マグナルバの三人は、今後のことを話し合う為、クラーヴィアの私室に集まっていた。


「たまたま春休暇に入る時期だから助かったが、これが普通に講義がある時だったら......」


「ウォーリ、心配なのはわかるが、部屋の中で歩き回るな」


「だがマギー、リュークから何も連絡が来ないのだぞ! それに、もう夜明けだ。一体何が起きているのか」


「そうね。リューク様が何も連絡をくださらないけれど......でも、今回はニヒルム様は関わっていないのよね?」


「ああ、ヴィア。リュークはそう言っていた。だが、行先は異層だぞ」


「......心配なのだけれど、平静を、いつも通りに装わなければならないわ。わたしは祈りの間へ行かないと。ウォーリ、あなたもそろそろ執務室へ......」


「......!」


 朝の務めの時間が迫っていた。

 三人はそれぞれの役目を果たすため、重い腰を上げかけたのだが。


 それは静かに、柔らかに、水が染み込むように心に浮かんだ。


「フェロニア様」


 三人の言葉が重なった。

 驚きに目を見開き、お互い顔を見合わせた。





 この時、大神殿の地下深く、一人の神官が喜びに浸っていた。

「フェロニア様」

 地下神殿を司る主席神官、セウェルスだ。

 彼もまた、長く《女神》の名前が取り戻されることを願い、クラーヴィア達に協力していた者の一人。

 代々続く地下神殿の主席神官を継ぐ者は、この秘密を受け継いでいた。

 故に密かにクラーヴィア達に協力していたのだが。

 口から零れる一言に、「何か?」と付き人が見上げたセウェルスは瞳を潤ませていた。




 ◇


 小島の中で跪き、背を向ける《女神》。

 その背中が、そして全身が神々しい輝きを放つ神威に包まれゆく。

 静謐な光を纏った長い金髪は、解き放たれた神威の息吹を受け、ゆるく編まれていたふさは、ふわりと音もなくほどけていく。優美な金絹糸のベールと化して、まるで生きているかのように優雅に揺らめき、神の力を映すかのように輝きを増していく。



 ウーラニア達はその姿を目にし、同時に、「フェロニア」という名前が浮かぶ。


「フェロニア(ローニャ)......よかった」


「ああ、やっとだね」


 ウーラニアは目を潤ませ、エクースは嬉し気に目を細める。

 二柱の神は言葉少なにフェロニアの背を見つめていた。




 《クラウス、わたしはここに居てもよかったのだろうか?》


 ファイヌムは場違い感がぬぐい切れない。


 《何を今更言っているんだい。あの時、君は僕達に協力すると言ったんだ。それに、これは君達の国神の物語だよ。本来なら君達ヴィルディステの国民は皆が知らないといけないことなんだ》


 《そうだったね。でも、フェロニア様の名前のことは、今更人には言えないよ。きっと知っているのは神官長達だけなんだろ?》


 《はは。ファイヌム、忘れているかもしれないけど、詮索厳禁。それに、ここでのことは他言厳禁。リュークとの契約だから、違えたら怖いよ》


 ファイヌムは、ついいつもの調子でクラウスに聞いてしまったが、やはり必要以上のことは教えてもらえないようである。




「女神、とても綺麗。皆も嬉しそう」


「うむ、良きことよ」


 リナはフェロニアの光り輝く姿に見惚れ、アダマースは無事に名前が戻ったことに満足気に目を細め頷いていた。




 皆から数歩離れたところで一人、ニヒルムはフェロニアの背を見つめていた。

 見つめる瞳には涙が止めどなく流れ、その涙を拭うこともなく、立ち尽くしていた。



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