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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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273/315

2‐27‐11 《女神》

 


 《女神》は、目の前にある己の瞳の色を宿すアルタ・ルブラを見つめた。

 この花を手折れば、名は戻る。

 なんとあっけないことか。

 200年。

 人の一生から見れば永劫にも等しいが、神のときから見ればほんの一瞬に過ぎない。

 豊穣神として、国神として、己の務めを成すことができなかった、この200年。

 人の子達へ不自由を強いたことが、とても苦しくて、とても悲しくて。

 神としての力が削がれ、人界へ降りることすらできなかった。



 変化が欲しくて、

 何か解決への糸口が見つからないかと、

 助け手を得られないかと気紛れに覗いた“万象の狭間”。

 膝を抱えて己の中に閉じこもることしかしていない少女を見つけた。

 あるじから与えられたせっかくの機会を棒に振るような振舞い。

 愚かな......。

 常ならば、捨て置くはずが、何故か気になった。

 気になれば、日々、その一瞬を覗き見てしまう。

 わたしが日々視線を注いでいたことなど、少女はきっと知る由もない。

 いつも俯き、稀に辺りを見回していた。

 だが、その頻度もだんだんと少なくなり、ずっと俯いて、諦めたように膝を抱えていた。



 気づけば声を掛けていた。

 何故か放っておけなくなっていた。

 光の中で改めて見る少女は、昏い瞳をしていた。

 何の希望も抱いていない昏い瞳。

 ほんの少しの会話。

 それで十分だった。

 声を掛けた時点で、わたしの中では少女を招き入れるつもりだったのだ。

 わたしの助け手として。


 この世界へ呼び込む時、彼女のすべてを視た。

 不遇なこの少女に、もう一度やり直して欲しい。

 もっと愛されて過ごして欲しいと。

 そんな思いから、彼女の体の時間を巻き戻し、加護を与えた。


 ナギサを転移させることで力尽きたわたしは、眠りに入った。

 兄さまには、助け手として異世界から子供を一人招いたとは伝えてあったけれど、詳しく伝える時間はなかった。


 驚いた。

 目覚めた時、会いに来てくれた兄さまの、あまりの変わりように。


 兄さまほど力ある神はいないと言っても過言ではない。

 兄さまは、力がある故の退屈な日々に倦んでいた。

 そのせいか、どこか退廃的な影を漂わせ、人界を放浪していた兄さまだった。

 そんな時に、ウォーリやわたしの名前のことが起きた。

 兄さまは、神としての力があっても、何も出来ない自身に失望してしまった。

 名を取り戻すことができない不甲斐なさに、それまで以上に影を濃く深くしていた。


 それが、ナギサを連れてきた後、わたしが眠っていたほんのわずかな間に何があったのか。

 金の瞳に力が漲り、その笑顔にも影はなくなっていた。


『お前の手伝いが終わったら、あの子は僕がもらうからね』


 兄さまの言っていることが、よくわからなかった。

 あの子......ナギサのこと? 何があったの?

 尋ねてみれば、兄さまはすっかりナギサの虜になっていた。

 ナギサの身の安全を考え、あれこれと手を回し、自分自身も商人として真面目にナギサへ近づこうと努力を重ねていた。


 呆れてしまったけれど、嬉しくもあった。

 兄さまが、昔のような明るく朗らかな兄さまに戻っている。

 仮にこの名が戻らずとも、兄さまに優しい笑顔を取り戻させてくれたナギサには、心から感謝した。ただ、それだけでよかった。



 わたしの失われた名前。

 今、目の前にある。

 まさか、本当にナギサが助け手として取り戻してくれるとは。

 まったく期待していなかったわけではない。

 ただ、200年。誰も何も手掛かりを見つけ出せなかったのだ。

 それを彼女は一年足らずで成し遂げたのだから。



 そして、ニヒルム......。

 わたしと兄さまのせいで、こんなことをしでかしてしまった。

 赤く燃えるような髪をもつ美しい神。

 思えば、兄さまに紹介された時から、彼の美しさに惹かれていた。

 でも、気づいていなかった、自分の心に。

 だから、彼の眼差しの真意にも気づけなかった。

 いつも優しく語りかけ、一途な温かい眼差しを注いでくれていたのに。


 本当に、ナギサの言う通り。

『大切なことは、ちゃんと言葉にして、相手の目を見て言わないと伝わらない』


 だから、名前を取り戻したら、もう一度。

 ニヒルム、あなたと真摯にお話がしたい......。


 《女神》は、静かに手を伸ばした。

 アルタ・ルブラの茎に軽く指を添え、そっと手折った。


「フェロニア」


 そう、わたしの名前は「フェロニア」。



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