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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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272/315

2‐27‐10 想い 3

 


 ——《女神》様、すごい......。ニールさんの毒気がすっかり抜けている。リュークも落ち着いたのかな?


「ニール、ナギサとアダマースのことは、また別だからな」


 リュークの声は低く静かで、金の瞳がニールを射抜くように見つめている。


 ——うわぁ、リュークはまだお怒りモードだ。でも、ニールさんもリュークも神威が消えているから、とりあえずは落ち着いたと思えばいいのかな。


「兄さま、もう、今日はここまでよ。ほら、ナギサが心配しているわ」


 《女神》はそっとリュークの頬を撫でると、そのままその手をナギサの頬へと添えた。


「ありがとう、ナギサ。すべてあなたのおかげね」


「そんな! お二人を止めたのは《女神》様のお言葉です。わたしはどちらかといえば、ニールさんを煽っただけですし......」


「うふ、でも、おかげでわたしはなんだかスッキリしたわ。ニヒルムが何を考えていたか、少しわかった気がするもの」


 ナギサが《女神》と話し込んでいると、ナギサの耳元で深く静かな溜息が聞こえた。


「はぁ......」


「んと、リューク、どうしたんですか?」


「兄さま、どうされたの?」


「君達二人、すごく似た者同士だよね。君達には降参だよ。それよりも。名前を取り戻そう」


「!」


 そうである。

 ニールが現れたことで、後回しになっているが、名前の封印先が見つかったのだ。

 《女神》が今ここに無理を押して立っている理由——名前を取り戻さなければ意味がない。

 リュークに抱えられたまま、ナギサが視線を湖に浮かぶ小島に目を向ければ、透瑠璃色のアルタ・ルブラが風に静かに揺れていた。



 リュークがナギサを改めてしっかりと抱きかかえ直しながら、《女神》へ声をかけた。


「じゃぁ、小島まで行こうか」


「えっ? リューク、わたしは関係ないので、《女神》様とリューク、お二方で行ってください」


「ナギサ。そんな寂しいことを言わないで。あなたがいなければ、ここまで来られなかったわ。だから、わたしが名前を取り戻す時、あなたにも一緒にいて欲しいの。ね、お願い」


 《女神》は両手をナギサの頬へ添え、その透瑠璃色の瞳でナギサの紅い瞳をじっと見つめた。



 ◇



 《女神》の言葉にナギサは戸惑いを覚えていた。名を取り戻すような大切な場に、部外者である自分、しかも異世界の者がいてもよいのだろうかと。

 だが、その戸惑いの気持ちを《女神》へ伝える余裕もなく、視界がぶれた。


 が、視界はすぐに元に戻った。ナギサは依然としてリュークの腕の中、《女神》もナギサの頬に両手を添えたままの姿勢である。

 ただ、視界に映る景色は違った。

 周りは光り輝く静かな湖面。そして目の前にあるのは、透瑠璃色のアルタ・ルブラだ。


「この場所を、この花を見つけたのは、ナギサ、君だよ。僕は君が一緒にいてくれると嬉しいよ」


「うふっ、兄さまは相変わらず強引ね。ナギサが驚いているわよ」


 耳元で囁かれた優しい声と、目の前から響く優しい声。

 二柱の神はこの上ない笑顔をナギサへ向けてくれている。


「この状態で、わたしだけ『向こうへ戻してください』って言えないです......。ずるいです、リューク」


 口を少し尖らせて文句を言ってみたのだが、二人とも笑顔で聞いているだけだ。


「ナギサ、あなたにはどれだけ感謝をすればよいのか。あなたを万象の狭間から連れ出して、まだ一年経つかどうかというのに。あなたは名前だけでなく、わたしの望み以上のものをもたらしてくれたわ」


「そんな、《女神》様、わたしは大したことはしていないです。運が良かったというか、偶然が重なっただけです。それに、白光の力もリュークがいなければ、わたし一人では扱うことはできなかったものです」


 そう答えながら、ナギサは不思議に思った。名前以外に何かを自分は成し遂げたのだろうかと。


「もう、あなたは......。ヴィアも言っていたでしょ? 『自信を持ちなさい』って。この結果はあなたの行動がもたらしたものよ」


 《女神》はナギサの額に軽く唇を落とすと、両頬から手を外した。そして、一歩下がると、アルタ・ルブラの前にひざまずいた。



 ◇



 湖の岸辺では、小島の様子を皆が息を潜めて見守っていた。

 湖に浮かぶ小島は、ここからほど近い。

 だが、歩いて渡るには深く、リューク達のように転移する必要がある。

 声が届く距離のはずなのに、小島にいる三人の会話は聞こえてこない。

 リュークが遮音の結界を張っているためだ。何を話しているのか。

 ここに残る皆は気になっているのだが、柔らかな笑顔をナギサに向けている二柱の神を見れば、おおよそ察しがついた。


 《女神》がナギサの額に唇を落としたかと思うと、件の花の前へと膝を折る。

 こちらからはただ、その背中しか見えない。

 今、彼女がどんな表情をしているのか。

 今まさに、その花へ手を伸ばそうとしているのか。

 湖畔からは伺い知ることはできないのだった。




 ニールは困惑していた。

 己の物語はすべて狂ってしまった。

 だがそれは、最初から間違っていたのだ。

 リュークから彼女を奪う必要など、最初からなかった。

 彼女は今、名を取り戻す。

 名が戻った後、己はどうすればよいのか。

 彼女に何を語ればよいのか。

 何と声を掛ければよいのだろうか......。




 ナギサは未だリュークに抱きかかえられた姿勢のまま。

 その姿勢では、アルタ・ルブラの前へと膝を折る《女神》のつむじと、風に揺れるアルタ・ルブラしか見えない。

 リュークの様子を窺えば、何故かナギサを包み込むようにして、再び神威を身に纏っている。

 そしてその表情は、わずかに緊張した面持ちで、優しくも心配気な金の瞳は《女神》へと向けられていた。

 だが、ナギサの視線に気づいたのか、金の瞳は温かく、柔らかな笑みをナギサへと返してくれた。




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