2‐27‐5 視線の先に
「エクース様、クラウス、今の話は本当ですか!?」
ナギサ達の傍で話を聞いていたファイヌムは、ナギサ同様《女神》の言葉に瞳を更に見開いていた。
だが、ファイヌムの横にいる二人は、なんら表情を変えることもない。驚くファイヌムへかける言葉は至って冷静なものだ。
《ファイヌム、落ち着きなよ》
「そうだよ。別に《女神》がリュークの妹でも、君達に何か影響があるわけでもないだろう?」
「影響があるとかそういう問題ではございません。リュークさんが国神の兄神と考えると、あまりに恐れ多いのですが......」
ひたすら驚いているファイヌムへ、エクースがもう一言、驚きの事実を告げた。
「まぁ、だけどこのこと、実は他の神々も知らないことなのさ」
「! なんで!」
もうファイヌムは驚きにお腹いっぱいである。
——えっ、今、あちらでエクース様が言っていたことって、どういうこと?
ファイヌム達の会話が漏れ聞こえ、ナギサもエクースの言葉に疑問を持つ。何故わざわざ神々の中で、兄妹であることを隠す必要があるのかと。
「気になるかしら?」
ウーラニアの言葉が響く。ナギサとファイヌムに向かっての言葉であろう。
ナギサとファイヌムはウーラニアに視線を合わせ、どちらともなく頷いていた。
「すごく単純な理由よ。雑な言い方になるけれど“男神除け”ね。勝手に二人が恋人同士だと思わせて、勝手に諦めてもらっていたの」
ウーラニアはそう言うと、肩をすくめている。
——なるほど。とてもわかりやすい理由だ。カモフラ用ということか。って、《女神》様はそこまでモテていたの?
「二人ともよく言い寄られていたのだけど。リュークはこの性格だからうまくかわせるし、ちゃっかり言い寄ってきた相手と付き合ってもいたわ。でも、彼女はね。優しいから上手く断れないのよね」
「ウーラニア! そこまで! それ以上は説明しなくてもいいから。とにかく、ゴメン、ナギサ。内緒にしていて」
「ええ、本当に兄さまのこと、黙っていてごめんなさいね。ファイヌム、あなたにもわたしの兄が迷惑をかけているようね」
リュークは、ウーラニアの言葉を余程ナギサに聞かせたくないようで、ナギサをより深く抱き寄せている。
《女神》は柔らかな笑みを浮かべ、ナギサとファイヌムへ感謝と謝罪の言葉を述べた。
「なるほどのう」
賑やかしい場の中へ、アダマースの深く低い声が響いた。
アダマースは目の前の会話を黙って聞き、自身が囚われていたこと、神界と人界で起きていたことを、頭の中で一人整理していた。すべての中心にあるのは、《女神》の名前。どうやら己は、その名前を隠すためにニヒルムに利用されたようだと理解した。
加えて知らなかった事実も一つあった。リュークと《女神》が兄妹神であること。これは見事に二人に騙されていた。リュークは想い人——《女神》が既にいるのに、小さき人の子にまで懸想していると呆れていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
「すべてはあの“アルタ・ルブラ”を隠すため。わしは体よく利用されていたというわけじゃな。のう、神ニヒルムよ」
アダマースの視線の先に、彼がいた。
身動き一つせず、こちらに顔を向けている。
まるで急に時を止められたかのように、歩いている途中で動きを止めてしまったような不自然な姿勢だ。
表情からは何も読み取ることができない。
だが、その琥珀色の瞳は、なんの感情も込められていない綺麗なガラス玉ではなく、狂おしいほどの熱情が燃えるものだった。




