2‐27‐1 新たな魔法陣
「まだ魔法陣が隠されていたとは......」
リュークは、水晶の杭の根元にあらわれた魔法陣を詳細に視た。
元々の杭やアンクレットは、アダマースをこの春宵宮へ留め置くことを目的とした魔道具だ。
故に蒼穹にある巨大魔法陣をはじめとした大小様々な魔法陣は、それらを構成するものであり、アンクレットが枷として機能しなくなれば、すべて消滅すると考えていた。
だが、そのアダマースが解放されたにも関わらず、この地下空間をすっぽりと覆う巨大魔法陣はいまだ健在だ。
これは、アダマースを捕えておくことが目的ではなく、別の目的があるはず。
そこまでして一体何を企んでいたのだろう。
この魔法陣を解き放った時、現れる結果は何だろうか。
そもそも、春宵宮までやってくることが、人界の者には難しい。
神々でも、ここへわざわざやって来る者は滅多にいない。
リューク自身も(ナギサの件以外で)最後に春宵宮へ来たのはいつだったか。最早思い出せないほどに時間は経っている。
加えてこの場所——この地下空間だ。守り人すらあまり近づかないこの場所を、わざわざ幻影で隠してまで近寄らせないようにしている。そして、その幻影結界を安易に抜けさせない為の転移阻害、その先の洞窟を簡単に踏破させない為の転移阻害、二重の転移阻害まで施し、この地下空間へ入らせないようにしている。
そして、アダマースを囮にしてまで隠していたこの、最後に現れた魔法陣。
仮にここへ辿り着く者があったとしても、神であれ人であれ、ヴァルカナの枷を合鍵なしで解除することなど出来はしないのに。
ナギサとリュークの周りには、残りの者達が集まってきていた。
新しい魔法陣が現れたことに、誰もが驚きを隠せず、口々に盛んに言葉を発していた。
「リューク、この魔法陣は一体何? その杭が中心点になっているけど。まだ何か隠された目的があるの? それとも、被害にあっている誰かがいるの?」
ナギサは、リュークに借りた能力で、杭が封じるように中央に突き刺さる魔法陣を凝視していた。
何が違うのかはよくわからないのだが、これまで蒼穹にあった大小魔法陣や要とは、感じる気配が違う。
緻密ではあるが、ナギサが頑張れば読み解くことができるのではないかと思わせるものがある。
「また新しい魔法陣だって? だが、今回のものはわたしにも視えるが......。これは、何か違うのか。アダマース様のアンクレットは枷としての機能は失われているのに、新たな魔法陣というのはわたしにはさっぱり理解できないのだが」
ファイヌムは皆が注視するその場所を見つめる。彼の目には小さな魔法陣が二つ重なり、その中央に杭がある。これまで視えなかった魔法陣が急に現れ、それでも自身が何も役に立てていないことに悔しさを感じていた。
《リューク、どうする? この中で、この手のことに詳しいのは君かアダマースしかいないけど》
クラウスは、何もナギサを手伝うことができない自身が情けなく、旧友を助けることも、旧友が困っていたことすら知らなかった己が情けなかった。
「アダマース、君は何か覚えているかい? ここへ来た時のこと。その時、この魔法陣に気づいていたかい?」
リュークは静かに魔法陣を見つめているアダマースへ、当時のことを確認してみた。
「うむ。恥ずかしい話ではあるが、何も憶えておらぬな。神より速くと、競争に勝ち、このアンクレットを我が手にせんとすることしか頭になかったゆえ」
「んと、アダマース様」
「何じゃ、小さき者よ」
「先ほども口にされてましたが、その競争相手の神様とは一体どなた様なのですか?」
ナギサは、最初に話を聞いてから、ずっと聞きたいと思っていたことを初めて口に出して尋ねてみた。
「ああ、済まぬ。言うてはおらなんだか。ニヒルムよ」
驚くほど軽い口調で、アダマースはその神の名を口にした。
「!」
なんとなく予想はしていた。春宵宮と神。ナギサの中で、この場所で神といえばニールしか思い浮かばない。己が連れ去られた時のニールの様子。リナもそうだったが、他のクストス・サケル達もごく自然に、慣れた様子でニールに付き従っていた。
それは、ナギサが《女神》の名を隠したのはニールであって、その隠し場所を春宵宮と考えた所以である。
チラリと周りを窺えば、リュークとクラウスは至極納得の表情を浮かべている。ファイヌムは驚きのあまり声も出ないようだ。
リナは......うん、平常運転だ。
△▼
陽も差し込まない裏路地。
表通りでは、ようやく日の光が差し込み始めている。
暗い路地裏の袋小路で、ニールは一人片膝を抱え、己の手をぼんやりと見つめていた。
此処に来るまでに何人、此処に座り込んでから何人......。
身なりの良い優男、そう此処の住人達には映るのであろう。
ナイフに剣、包丁から吹き矢まで。
飽きもせずニールの懐を狙ってくる。
(本当に、くだらない......)
暗闇に埋もれてみても、落ち着かない気持ちは収まることはなく、それどころか、いや増していく。
——何故、ここまで心がかき乱されるのか。
リューク達との会話だけではないはず。
心の奥底から湧き上がるこの胸騒ぎ......。
シャリン、と。
どこか遠くで響く音。
人界ではない。
何処か遠くから頭の内に響く音。
見つめる左手にある一つの指輪が唐突に消え去った。
「!」
——指輪が......。
枷が外......れた?
どうやって?
鍵は今までここにあった。
ヴァルカナの枷を合鍵もなく解除することなど、出来るはずがない......。
ニールは指に残るもう一つの指輪を見つめた。
——アダマースが解放されたというのなら、もう一つの!
思考がそのことに追いついた時には、既にニールの姿はその場から消えていた。




