2‐26‐17 最初の一手
(まずはこれを、この要を解除すればいいのだろうか)
リュークが最初に指し示した“要”である。
神を傷つける、神をも弑す“白光”であれば、工芸神が造りあげたこの大いなる枷を解くことができる。
その最初の一手。
ただナギサが手を触れるだけでよいのだろうか。それとも何か呪文のようなものが必要なのだろうか。
考え込むナギサの頭へ、柔らかな念話が響く。
《ナギサ......》
《んと、リューク?》
《触れるだけでいいよ。その要から伸びている構成が視えるかい?》
リュークが与えてくれた視る能力。一時的なものらしいが、その能力を使って要を改めて観察した。
この要から伸びる五本の術線。その先にはそれぞれ五芒星が結ばれ、その五芒星を構成するのはさらに複雑な魔法陣だった。
だが、これ以外にも魔法陣はある。この地下空間全体をすっぽり覆うような巨大魔法陣は全貌すら視えない。その下には大小様々、この五芒星を構成するもの以外にも数多、蒼穹に確認できる。
いったい全部でいくつの魔法陣が展開し、それらが術構成で組み上げられているのだろうか。
ナギサは改めて神の御業の凄まじさを感じてしまう。
蒼穹を見上げ茫然とするナギサに、リュークの念話が響いた。
《大丈夫だよ。僕も一緒に視ているから》
リュークの言葉に不安は心の奥底へと沈み込む。
(触れるだけで......)
ナギサは“要”をそっと指で触れてみた。
体を覆う白光が一瞬強く瞬いたような気がするが、それよりも、触れた指先から白光の魔力が要に流れ込んでいく不思議な光景に目を奪われた。
要に流れ込む白い光。ナギサの目には、その要は術式が複雑に絡まり合った結節点でしかない。その絡まり具合を読み解くことすらできないのだが、ナギサの白光の魔力は意思を持つかのように、複雑な結節点へと潜り込み、結び目をほぐすように緩めていく。
緩みきった結び目は、最後に白光に包み込まれるように一瞬白く明るく閃光を放ち、跡形もなくさらさらと輝く白銀の粒子となって地表へとゆっくり降っていった。
(すごい......)
ナギサは己が今行ったことに現実味がなく、要へ触れた指先をじっと見つめる。
《ナギサ、体は大丈夫かい? 無理していないかい?》
蒼穹からゆっくりと降りてくる白銀の粒子が、ナギサの虹色の粒子と混ざり合い、長閑な常春の風景に、光の薄布がなびいているようだった。
幻想的な光景の中、蒼穹に浮かぶ白く輝くナギサの姿に、リュークは思わず見惚れてしまう。
だが、リュークの心は不安と心配で落ち着かない。
白光を纏うことで、虹色の魔力も同時に纏うことになる。それは魔力が二重で使われるということ。魔力の消費効率が高く、人としては莫大な魔力量を持つナギサであるが、魔力が欠乏してしまうのではないかと不安が募る。
ナギサが慣れるようにと、リナがナギサとじゃれている時もそのまま見守ったが、ナギサの体への負担を考えると、やはり止めればよかったのではないかと、今更後悔している自分が情けない。
この地下空間全体に張り巡らされた術構成。アダマースの枷を外すためには、全ての要を取り去らなければならない。要は一体いくつあるのか。恐らく今視えているだけではない。手前の魔法陣の対処が終われば、きっと新たに要が現れるだろう。実際、あの巨大魔法陣の要はまだ視えないのだから。
《リューク! ん、大丈夫。なんだか不思議な気分です》
——ちゃんと見ていてくれてる。
《どういうこと?》
——この不安を、ナギサに気取られてはだめだ。
《んと......えへっ。上手く言えないです。それより、次はどうすればいいですか? あの五芒星ですか?》
——心配かけちゃダメ。
《そうだね。あの中心にある要をお願いするよ》
◇
その後も順調にナギサは要を処理していった。
下から見上げるクラウスには、上空に展開する大小様々な魔法陣が少しずつ減っていくのが視える。
ファイヌムはその様子がわからないのだが、クラウスが「また一つ要を消したね」と呟く度に、蒼穹から降る白銀の粒子が増えることで、それを理解した。
《クラウス......》
《なんだい、ファイヌム》
《ナギサ君には申し訳ないけれど、実に美しい光景だね。
蒼穹から白銀と虹色の霧雨が降ってくる。この白銀の粒子は、きっと白光の名残なのだろうね。神をも殺すという魔力の残滓でありながら、こんなに美しく、優しい光を放っていて。
ほら、こうしてこの手に受けても、僕らを少しも傷つけはしない》
《ああ。本当に。おまけにこの虹色の粒子。リュークや僕にとっては慈雨でさえあるからね》
ファイヌムの掌に落ちる二色の粒子は、さらさらと降り積もり、溢れるとそのまま下へと落ちるだけだ。
クラウスの背に頭にと落ちる虹色の粒子は、一瞬輝いたかと思うとそのままその身に吸い込まれていく。白銀の粒子はただ、その身に当たって、やはり、そのまま下へと落ちるだけ。
ファイヌムがリュークに目をやれば、クラウス同様、虹色の粒子はリュークの中へと吸い込まれ、白銀のそれは下へと落ちていた。
——やっぱり、虹色の魔力は、神々への奉納なんだ。僕には関係ないけれど、リュークさんとクラウスにとっては、ナギサからの贈り物になっているんだな。




