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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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259/316

2‐26‐16 白光を纏い

 



 ナギサの前に跪き、その紅い瞳を見つめたまま、リュークはそっとナギサに告げた。


「ナギサ、白光を纏ってごらん。そうすれば、蒼穹にある要にも君の手は届くはずだ」


 ナギサは押さえつけている身の内にある力をそっと解放した。

 そして、奉納舞の時のように、手先に意識を集中させる。

 体の奥底から静かに魔力が湧き上がり、指先へと駆け上るのを感じる。それは微かな高揚感と、肌を走る、柔らかで不思議な感覚。虹色の魔力が指先から流れ出し、ひんやりとした聖謐さを伴った白光が、手先、腕、肩へと音もなく、確実に全身を包み込んでいった。



「ああ、上出来だ。そのまま上を、そうだね。まずは一番近くにある、あの要を目指そう」


 リュークが指し示すのは、要の中でも確かに手近な場所にあるもの。

 大人の背の二倍ほどの高さに浮かんでいる。


「んと、要を壊す順序は関係ないの?」


 昔読んだ物語では、解除の順序を間違えたことで大惨事になったり、そこまで行かなくとも、解除不能になったり、やり直しになったり、なんて結末をよく目にした。

 物語でなくとも、実際に魔法陣学で身に着けた知識でも、術式の解除には手順が大切とあったはずだ。

 こんな“手近にある要からとりあえず”的な手順で、本当に大丈夫なのだろうか。


「そこは僕を信用してほしいな。一応視えているからね。僕が指示する順番でお願いするよ」


 ナギサが気にするレベルのことは、リュークにとっては確認済み。この複雑な術構成を理解しきっていることに、ナギサは驚きを覚えた。

 だが、その蒼穹うえに手を届かせるにはどうすればいいのか。リュークの言い方では、まるで「ほら、そこまでちょっと歩いて」と言っているかのよう。だが、人は蒼穹うえには歩いていけない。


「ナギサ、体の力を抜いて。地面を軽く蹴ってみて」


「? 地面を蹴る......ですか?」


「何を言って......」と、ナギサが戸惑いを口にしたその時、横から予期せぬ細く華奢な手が差し伸べられた。


「リナ? あっ、リナに白光が......(リナに白光が触れているのに、大丈夫なの?) 」


 戸惑うナギサを気にかけず、リナはナギサの手をとると、ふわりと体を浮かしてナギサの手を引いた。

 白光はリナの手を焼いていなかった。

 その事実に半ば茫然とするナギサの足元が、いつの間にかふわりと地面から離れていく。


「わたし......っ、浮いてる?」


 ——そうだ、ニールと対峙した時、あの時も体が浮いていて。すっかり忘れていたけど、この白光の力は、蒼穹を駆ける力も授けてくれるのか。


「ナギサ、とても綺麗!」


 リナは手を放すことなく、ナギサの前にふわりと浮かびながら、あの時と同じことを口にした。


 ——容姿ならばリナのほうが余程美しいのにとあの時は思ったが、ひょっとして、リナが言っているのはこの“白光”のことなのか? いやいや、それよりも、リナは白光で傷つかないのだろうか。人や神は傷つくのに、人と似通った守り人は大丈夫なのだろうか?


「リナ、手は大丈夫? 痛いとかない?」


「ナギサ、綺麗。何を気にしているの?」


 リナにはナギサの心配がわからないようで、首を傾げてその翠の瞳を見開いている。


「小さき者よ。守り人はあるじがこの春宵宮の為に造りしもの。我らとは、またその存在が異なるもの」


 守り人は、見掛けこそ神や人と似通っているが、根本が違うものらしい。それはアダマースのような魔獣ともまた異なり、本当に異なる存在、存在のことわりが違うのだという。

 それゆえ、ナギサの白光も理が違うものへは、何ら影響を与えないのではないかと、アダマースは言うのだった。


「ナギサと一緒、嬉しい!」


 リナはアダマースの言葉も、ナギサの戸惑いも気に掛けることなく、ナギサの手を引き蒼穹を駆ける。時にゆっくり、時に速く、スキップするように弾み、かと思えば、ナギサの体に手を回してワルツを踊るように優雅にクルクルと舞う。


 ナギサといえば、自身への驚きとリナへの心配で頭が一杯。突然リナに空中散歩とダンスを強制されている状態だが、彼女に振り回され、引きずられながらも、その軽やかな動きはまるで夢の中のようだった。

 空中での体の制御など全く分からず、ナギサはただリナの小さな力に身を任せるしかなかった。足元に地面を踏みしめる感覚がない代わりに、肌を撫でる穏やかな空気の流れだけが、自分が浮いていることを知らせてくる。リナに振り回され、引きずられる。それは文字通り“蒼穹を舞う”という、まさにそんな状態がしばらく続いていた。


「リナ、リナ、目が回っちゃうよ......」


 ナギサの声にリナがその動きを止め、コテリと首を傾げている。どうもナギサの言っている意味がわかっていないようだ。ただ、ナギサが何か口にしたから、動きを止めた、ただそれだけのように見える。


「ナギサ、楽しくないの?」


(ああ、やっぱりわたしが言ったことはわかっていない......)


「んと、そうじゃなくて。リナの動きについていけないの。リナはクルクル廻っても大丈夫なの?」


「大丈夫!」と、リナは満面の笑みを浮かべている。


「守り人よ。小さき者は慣れておらぬのじゃ」


 とても近くからアダマースの声がする。

 ナギサがその声に驚き、視線を向けると、アダマースの頭は眼下にあった。

 リナに連れられて随分と高い場所へ来てしまったようだ。

 リュークが示した最初の要、それも随分下方にある。


「ナギサ、綺麗!」


 そうリナが指さす辺りを視ると、ナギサとリナが舞い踊った軌跡が、虹色の粒子で彩られていた。

 それらは奉納舞の時とは異なり、蒼穹から天界うえに昇るのではなく、ゆっくりと虹色の雫が地表へと降りていくのが視えた。

 地表したで見上げているリュークからは、どんな風に視えているのだろう。随分高い場所にいるのだから、リュークの表情なんて見えないはずなのに、何故かナギサを見つめて微笑んでいる気がしてしまう。


「小さき者、大事ないか? その小さき身には、白光の魔力は辛かろう」


「ん、ドラゴンさん、ありがとう。蒼穹にこうしていることに驚いているだけだから。枷、頑張って外しますので、待っていてください」

 ナギサはアダマースの気遣いに感謝し、今自分に課せられている役目を改めて心に刻む。


「リナ、ありがとう。わたし、行ってくる」


 白光を纏ったこの身。リュークはもちろん、アダマースにさえ触れられない。だが、リナにはこうして触れることができる。孤独を宿すはずの白光を纏いながらも、その手を握り返してくれる存在がいる。ナギサはリナからもらった温かな安心感に感謝し、握られた手のぬくもりをそっと確かめた。



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