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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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2‐26‐13 神珠がもたらすもの

 



 ——まったく......ずるいよ、君は。こんな時に、そんな大人びた表情かおで答えるなんて。

 悩んでも、きっとナギサは選ぶだろう。それはもう最初からわかっていた。

 だけど、こんな......こんな時に大人の君を見せないで欲しい。


 僕は、ナギサの頬に添えた両手はそのままに、自ら顔をナギサに近づける。

 ナギサが驚きで目を見開いている。

 やっぱり綺麗な紅い瞳だ。キラキラとして宝石のようだ。

 このままずっと、このまま見つめていたいぐらいだ。

 だが、今は......僕はそっとナギサの唇に口を重ねた。


(リューク?!)


 《ナギサ、これを飲んで。少しだけ君の封印が解ける。だけど、とても苦しいと思う。封印が解けると、制御できないと、また別の苦しさがあると思う。それでも、いいんだね?》




 ナギサは驚きすぎて、リュークの念話こえに頷くことしかできなかった。

 いきなりキスをされるとは考えてもいなかった。

 しかも、そっと唇を割って、リュークの舌が差し入れられ、小さな何かを口移しに流し込まれたのだ。

 飴玉なのか、何か丸い物。リュークが言っていたものだろう。これを飲み込めばいいのだろうか。

 冷静にこんなことを考えている自分がおかしい。

 大好きなリュークにキスをされたのに......と。


 そっとリュークの顔が離れ、その心配そうな表情に見つめられていることに気づく。

 ナギサは小さく頷き、しっかり金の瞳を見つめ返してから、小さな丸い物を飲み込んだ。



 ◇



 《えっと、クラウス......》


 《なんだい、ファイヌム》


 ファイヌムはなんとも居心地が悪い。アダマースが語った白光の話を聞いた後も、落ち着かない気分が続いていた。

 だが、今は目の前の二人の様子がどうにも、まるでここに居てはいけないような気がして落ち着かない。

 気を紛らわせるためにクラウスに話しかけたが、何も言葉が続かない。

 それでも、二人から視線を外せない自分が情けないのだが、何かを見逃しそうで気になってしまうのだ。


 何やら二人で話しているようだ。

 声が小さすぎて聞こえないが、アダマースが割って入った言葉から、ナギサはその危険な力を使おうとしているようだと察した。


(おい、待て......リュークさん! いくら神様でも子供にそれは......)


 目の前で、リュークがナギサに口づけをしている。ナギサの表情はわからないが、あの様子では余程驚いているのだろう。この状況下で、リュークは一体何をしているのだと、ファイヌムは驚きで固まってしまう。


「!」


 が、ナギサの様子が変だ。

 いきなり体を硬直させたかと思うと、頭を後ろに反らせている。リュークが支えていなければ、そのまま倒れてしまっただろう。顔色もただでさえ色白なのに、蒼白と言えばよいのか、血の気が失せていた。目も大きく、これ以上ないというほど見開いている。


「ナギサ君!」


 心配のあまり、ファイヌムが一歩踏み出そうとすると、腕を引かれた。


 《ファイヌム、リュークに任せよう。ナギサの身に何が起きているのか、僕達にはわからない。何かをナギサに飲ませたようだから、恐らくこの状況はリュークの想定内のはずだ》


 引かれた腕を見やれば、クラウスが袖を咥えていた。言葉の割には、その表情は心配気で、クラウスもナギサのことが心配なのだと見て取れた。


 たとえリュークの想定内であろうとも、心配であることは変わりなく、ファイヌムとクラウスはナギサの様子を注意深く見守った。


 守り人——リナもナギサのことが心配なようで、ナギサの傍に寄ろうとするが、リュークの視線に制されて近寄ることが出来ずにいる。リュークにしてみれば、ナギサに厄介事を持ち込んだ張本人ゆえ、複雑な気持ちなのだろう。


 アダマースの表情は読めない。先程までの哀れみや気遣いの表情は既になく、感情を表すこともなく、ただその金の瞳を静かにナギサに注いでいる。


 リュークは......ナギサが倒れないように、片手を背に、もう片手はその表情を見逃すまいと頬に添えたまま。そして、いつの間にやら、ナギサの髪飾りがリュークの手にあった。

 リュークの表情もアダマース同様、よくわからない。ファイヌム達に見せる横顔はただ静かで。


 どれほどそんな時間が過ぎたのか。実際はほんの少しの時間だったのだと思う。

 ナギサの硬直した体がピクリと跳ねた。

 と、同時に奉納舞の時に視た“虹色の魔力”がナギサの周りに顕現した。

 柔らかで美しい虹色の輝きがナギサの周りを彩った。

 この虹色の魔力も一体何なのか。

 ファイヌムは不思議なのだが、今またこうして視ることができるというのは、あの奉納舞の時のみの一過性のものではなかったのだと、あらためて認識した。

 その美しさに魅了されていると、再びナギサに異変が現れた。

 次いで、その白い髪がふわりと浮かび、いつも以上に白く輝いているように感じられる。

 気のせいなのかと注視していると、ナギサの全身が白く聖謐せいひつな光で覆われていた。

 白く聖謐な光を纏い、それを覆うように虹色の粒子が舞っている。

 人でもなく、神でもなく、何か神秘的な存在に見えた......。


(これが“白光”なのか......。なんて美しいものなのだ......)


 ファイヌムはただただ圧倒されていた。

 だが、その時、この美しい場に相応しくない異臭に気づく。


 視線でその元を探れば、ナギサに行きつく。いや、違う。まだ正気に戻っていないナギサを支えるリュークの手。頬に添える手も同様だ。ナギサに触れる箇所が、酷く焼け爛れているのだ。それは刻一刻と酷くなり、掌だけでなく、手の甲も、手首へと浸食していった。

 それは幻影ではない。この肉が焼けるような異臭、何よりも苦痛を堪えているリュークの表情が、白光の神殺しの力を物語っている。


「リューク!」《リューク!》


 ファイヌムだけでなく、クラウスも叫んでいた。

 このままではリュークの身が危険。だが、何ができるのだろう?


「大丈夫だ。まだ、大丈夫......ナギサ......」


 リュークの声はナギサに届いているのだろうか。ファイヌムはただその声が届くことを、ナギサが己の力を制御しきることをひたすら願った。




 ◇



 ——苦......しい......。

 体の中から焼けていく......溶けていく。

 痛い、熱い、苦しい、何がなんだかわからない......。

 自分の頭がどこにあるのか、手が、足が、どこにあるのかもよくわからない。

 今のわたしはどうなっているのだろう。

 その“白光”を使えるようになっているのだろうか。

 あの時のように、身に纏っているのだろうか。

 何も聞こえない、視えない、感じられない。


 《......ギ......ギサ......》


(リュークの声?)


(もっと聴きたい。顔が見たい......)


「!」


 突然視界が戻ってきた。

 目の前には心配気なリュークの金の瞳がある。

 再び見れた願い通りのリュークの顔。嬉しさに安堵し、視線を頬に添えられている手に移せば......


「リューク、手を、手を放して! わたし......!」


「駄目だよ。ナギサ、制御できていないよね?」


 とても、とても痛いだろうに、リュークはいつもの優しい暖かな声でナギサに語り掛けてくる。

 頭を激しく振ってリュークの手を振り払おうとしても、リュークの手は頬に添えられたまま。

 それに、背にはリュークが手を添え、ナギサを支えていることにも今更気づいた。


「リューク、お願い......わたし、リュークを傷つけている......このままじゃ」


「大丈夫だよ。昔、白光これで死んだ時は、もっとひどくやられたからね。これぐらいじゃ死なないよ」


 リュークは何を言っているのだ。いくらナギサを安心させるためとはいえ、昔死んだなどと。冗談ではない。しかし、リュークは頑としてナギサから手を放すつもりはないようだ。

 これではナギサがこの力を抑えない限り、本当にリュークを殺してしまいかねないではないか。




 《小さき者よ、落ち着くのじゃ》


 《! ドラゴンさん? ごめんなさい、わたし......》


 《何故、謝る。わしの為に、今、苦しんでいるのはそなたであろう。それより、白光とて“魔力”じゃ。同じと思えば、制御も容易となろうて》


 《......同じ、魔力......》


 ナギサが視線を上にあげれば、アダマースの深く濃い金の瞳がナギサを見つめていた。

 アダマースからもらったせっかくのアドバイス。リュークはナギサがこの白光ちからを制御できない限り、手を放すつもりはないと固く決めているのが見て取れた。

 そうなれば、とにかく試してみるしかない。魔力と同じように抑えられるのなら、虹色の魔力を抑えるのと同じように——。




(うわぁ、痛いこともさることながら、この臭いには参るな)


 リュークは、ナギサに大丈夫と言いはしたが、やはりこの白光の傷は神たる身にも堪えていた。

 遥か昔、この力で殺された時は、心臓を一突きされて終わりだった。あれはかなり堪えた。普通に一突きされたのであれば、なんとか回復能力で対応できるのだが、白光を纏った短刀での一突きは、回復力を上回る勢いでリュークに死をもたらした。

 今回は心臓に直接でもないので、恐らくまだ余裕はあるはずだ。だが、この神が持つ回復力を上回る勢いで傷を負わせる力は、改めてすごいと感じてしまう。

 だが、なんとかナギサが制御してくれないと、アダマースを助けた後が大変だ。恐らく制御できるとリュークは考えているが、ナギサは過剰に自分に自信がなく、こういう時に深く考えすぎて変に落ち込んでしまうから、それが心配なのだ。


 リュークは痛みに堪えながらもナギサを見守る。既にナギサの意識ははっきりしている。後はナギサが制御しきれば問題ない。先程から、何やら試しているのが、ナギサの魔力の流れを視ているとわかる。

 アダマースが何か念話で話しかけていたようだから、きっと助言でももらったのであろう。

 虹色の魔力が綺麗に収束していくのが視えた。それに誘われるように、白光も収まっていった。


「おめでとう。出来たね」

 ナギサがそっと目を開けると、リュークの優しい瞳が迎えてくれた。


「リューク......手......ありがとう......ごめんなさい」

 ナギサは何を言えばよいのかよくわからなかった。

 感謝、謝罪、弁明、どれもこれも言わなくては、と思うのだが、感情が溢れて涙が溢れ、喉が詰まって上手く言葉にできなかった。




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