2‐26‐12 決断
ファイヌムの視線の先では、リュークがナギサに何かを伝えている。
アダマースが語り終えた後、ナギサはすべての感情が消え失せたかのように凍り付いた。
だが、それは一瞬。
みるみるうちに涙が溢れ、声もなく涙を流している。
リュークが茫然自失なナギサを支え、ずっと見守っている。
《クラウス、わたしはさぁ、アダマース様を目にしたことが、今日一番の驚きだと思っていたんだ》
《へぇ、それで?》
《今のアダマース様の話、それを遥かに越えているよ》
《そうだね。僕も知らない話だったよ。何時の時代のことだったのか。ニールも知らないようだから、アダマースが言うように、騒ぎの割には知られていない話なんだろうね》
《キツイよな......》
自分が持つ力が、恋する相手を傷つける。言葉の綾ではなく、実際に傷つけ、殺してしまうことさえ可能な力を持っている。そんなことを突然告げられて、しかも、その力が助けたいと考えた相手のためには必要だという、この状況。
視線を再び前へと向ければ、ナギサの涙が止まり、リュークが何か話しかけるのがわかる。
◇
「怖い......けど、助けたい......ドラゴンさんを」
リュークを見つめる紅い瞳は強い光を放っていた。
だが、不安なのだろう。その身が微かに震えているのが感じられる。
頬に触れた両手に伝わる緊張と震え。
リュークは、この場からナギサを連れ去りたいと、リナの言葉を聞いてから切実に願っていた。
人界でも神界でもなく、誰の邪魔も入らない場所。数ある異層の何処か、ナギサが好む素敵な場所へ連れ去って、悩むことなく一緒に過ごしたい。
白光のことなど考えなくてもいい。現出さえさせなければ問題ない力なのだから。
だが、ナギサは決めたのだ——アダマースを助けると。
この優しい人の子は自分のことだけを考えられない。
困っている相手を見捨てる、ましてやそれを助ける力があるにもかかわらず、見過ごすことなど、そんなことは絶対出来ないだろう。
「......少しだけ、君の力を解放する」
リュークは、この距離だから聞き取れる、囁き声よりもささやかな声でナギサに告げた。
「?」
「ほんの少しだけだ。とても苦しいと思う。時が来てもいないのに、無理矢理力を解放するのだからね。それとね。これが一番大切なこと。この場で、直ぐに、それを制御できるようにならないといけない」
(......この場で制御できるように、か。そもそも、どうなるのかすらわからないのに......)
「制御できないと、人界に帰れない」
金の瞳はとても厳しい色をしていた。
いつもの柔らかな暖かさではなく、まるで氷雪の中、立ち続けている時のような厳しさだった。
「違うな。僕は人界に君を戻せない。君が危険な目に遭う。白光をすべての人や神が忘れているわけではないよ」
——リュークがとても辛そうに見える。とても厳しい表情をしているけど、なんだか泣きそうに見える。でも、リュークが今言ったこと......白光を制御できない自分......とても危険な存在となることは、想像がつく。
「——制御......できるかな?」
不安がそのまま言葉として出てしまった。
「できないなら、僕は君に力を貸さないよ。アダマースは友人だけど、僕は君が最優先だからね」
「でも、それだとドラゴンさんが......」
「この状態をヴァルカナに伝えるよ。時間がかかるだろうけど、この枷の鍵を探すより早いだろうからね」
リュークの言葉は揺らぎがない。
アダマースをこのまま放置するつもりはないが、ナギサが自分の力を制御できないなら、時間がかかっても正攻法でアダマースを解放する手立てを考えると言い切った。
アダマースを“今”助けるためには、ナギサが自分の力を制御するしかないと。
「——小さき者よ......」アダマースがナギサに語りかけてきた。
「わしは別に気にせぬぞ。お主の力は危険なものじゃ。制御できぬでは済まぬぞ」
その声に、ナギサがアダマースに視線を向けると、その金の瞳からは哀れみの光は消えていた。だが、気遣いの色と、半ば諦めの雰囲気をナギサは感じとることができた。
——白光とは、どれほど危険なものなのだろうか。神を傷つけてしまうのは、ニールを傷つけたのだから、そうなのだろう。神をも殺すというのは? あの時、あのままニールと対峙していたら、自分はニールと相打ちしていたかもしれない、ということなのだろうか。先程の話では、人にも害をなすような力でもあるようだ。
視線を横にやれば、リナがナギサを見つめていた。翠の瞳は祈るような強い光を放っている。
——もし、制御できなかったら......。
いや、それがどうしたというのだ。
この世界に来て、すっかり自分は甘えてしまっている。
制御できなくても、人界に戻れないだけのこと。
少なくとも、ドラゴンさんを助けることができる。
この春宵宮に居れるのなら、《女神》の名前探しだってできる。
もともと、この春宵宮内を探索しようと思っていたのだ。
それに、いつかは制御できるようになるはず......。
いや、そもそも、門を使えば帰れるのだ。
ただ、それを使うことはきっとリュークが許さないだろうけど。
視線を戻せば、真っ直ぐな金の瞳が待っていた。
——ああ、リュークは解っている。解っていて、わたしが言うのを待っている。
「リューク、お願いできますか?」
頬に触れるリュークの両手がピクリと震えるのをナギサは感じた。




