2‐26‐11 白光
「なるほどのう」
それまで言葉を控えていたアダマースが声をあげる。
ナギサがその声に上を見上げると、アダマースが静かにナギサを見つめていた。だが、何故なのか、その金の瞳は哀れみの色を帯びていた。
何故そのような目で自分が見られているのかが、ナギサにはわからない。だが、何か役立てるのであればと問いかけた。
「あの、わたしはドラゴンさんの力になれるのですか?」
「“白光”、それはな、“神殺しの力”とも言われておったものよ」
「えっ、神......殺し......?」
アダマースの言葉はナギサへの返答ではなく、意外な一言。
その言葉に、ナギサが戸惑っていると、
「そうじゃ、神殺しの力じゃ。遥か昔のことじゃ。迫害を受けて、その力を持つ者は、皆根絶やしにされたと聞いておったがな」
(今、わたしは何を......聞いて......いるの......)
アダマースは、戸惑うナギサへとさらに語りかけた。
「遥か昔、白光を身に纏い、その力で神を容易く傷つけることが出来る者どもが現れたのじゃ。
人に悪戯を仕掛ける神を懲らしむる、初めはその程度であった。
じゃが、いつしか、神を超えた存在を目指す輩、神は不要と言い放つ者、神より己が上であると豪語する者どもが、神を害するようになったのじゃ。
程なくして、ただ傷つけるばかりか、神を殺してしまう者さえ出おったのじゃ。力に酔いしれし者どもはますます慢心に浸り、身近な人々へも威圧的になっていったのう。
世の普通の人々は、彼らのことを、初めは問題がある神々を懲らしめてくれる強者、それほどの存在と見ておった。じゃが、己らへも威圧的になり、何ら問題もない神々や国神にまで手を出し始めたことで、形勢は完全に逆転したのじゃ。
その身に白光を帯びていない時であれば、只人なり。
人々は白光を身に纏う者達を狩り始め、神々も協力しておったのじゃ。まことに目に余る状況だったゆえ」
(神様を......)
アダマースは一呼吸置くと、静かに言葉を続けた。
「もう遥か昔の話じゃ。人は忘れておることだろうのう。神々とて、すべての神が知る話でもないわ。まぁ、白光の力を持つ者がすべて悪、というわけでもないゆえ、当時を生き延びた者がいて、その末裔なのであろうか、お主は」
アダマースは昔語りを終えると、深く息を吐き静かに目を閉じた。
ナギサは今語られたことを上手く飲み込めない。視線をアダマースから、切なげに己を見つめる金の瞳へと移す。金の瞳はただナギサを心配し、愛おしさを込めた光が込められていた。
「わ......たし......リュークを殺しちゃう......の?」
何だか前が良く見えない。ぼやけて金の瞳が滲んでみえる。
息が詰まる。喉の奥が張り付いたように苦しくて、声が出ない。
——わたしが触れただけで、リュークを殺してしまうかもしれない。
わたしの奥底に眠る力、白光は神殺しの力。
だからリュークは内緒にしていた......。
わたしが神々を傷つけるかもしれないから?
それとも、知ったら昔の人達のように、神や人へとその力を振るってしまうかもしれないから?
《女神》様を傷つけてしまうから?
リュークを傷つけてしまうから?
そして、傷つけるだけでなく、殺してしまうかもしれないから?
危険だから、わたしのこと監視していたのかな。
「ずっと一緒」って、優しさなんかじゃなくて、ずっと監視するってこと......なのかな。
初めて会った時のあの笑顔も、優しさも、全部監視のためだったの......?
与えられた情報に混乱し、独りよがりの答えを、ただただ思い浮かべては、そうに違いないと、一人納得してしまっていた。
そんなナギサの思考の渦へ、優しい声が響く。
《ナギサ、聞いて》
(リューク?)
《考えなくていいから。だから、聞いて。
あの日、僕は久しぶりにお気に入りの場所へ足を向けた。
そしたら、小さな女の子が楽しそうに寛いでいたんだ。
短い白い髪が風に乗ってさらさらと揺れて。
声を掛けたら何の疑いもなく返事をくれて。
見上げてくる紅い瞳がキラキラして、将来この子はすごく美人さんになるな、って思ったんだ》
(それって、あの薬草園の......)
《だから、仲良くなっておきたいなって、考えたんだ。
ハハッ、ちょっとした下心だよね。
その後の会話も楽しくて、あの短い時間で君にすごく惹かれていたんだ。
そしたら、ウォーリが君の出自の話をしてくれてね。
それで、初めて君を視た。
だから、その時から君の力は知っている》
(やっぱり、監視する為に......)
《そうだね。観察はしていたかな。
君に惹かれてしまったから。
君を見て興味を持った。
君と話して惹かれてしまった。
君を視て、君の出自もわかった。
ずっと視ているうちに、まったく会話もしていないのに、君のすべてを知っているような気持ちにすらなっていたよ。
今思えば一目惚れだよね》
(えっ......どうして、今......)
《だからね、君の能力が、他の神々や魔導士達に気づかれないようにって、首飾りを用意して、ローブも送り届けた。
僕は神だから、ズルいと思うよ。
君が知らない間に、君のことをずーっと視ていて、勝手に想っていたんだから》
(ん、ズルい......)
《僕は君が大切だよ。独り占めしたいぐらいだ。でも、君は君だ。君の意思は尊重する。だけどね、僕は君とずっと一緒にいたいし、一緒にいる。それだけは君の意思を無視してでも通すからね》
......こんな、こんなことを言われたら、なんて返していいのかわからない。白光の力は神をも殺すとドラゴンさんは言っていた。そんな力を持つわたしを傍に置こうとするなんて、狂気の沙汰としか思えない。
いつまた、あの時のように魔力が暴走して、傍にいる者を傷つけるのかもしれないのに......。
わたしの生きている間だけのことだとしても、それでも危険すぎるのに。
「少しは落ち着いた?」
柔らかな気遣う声が聞こえる。
リュークはその手でナギサの両頬を包んだまま、混乱するナギサを見つめてくれていた。
「リューク......。わたし......」
ずっと響いていたリュークの声。
その声にいつしかナギサは落ち着きを取り戻しつつあった。
「僕のことは後でいいから、アダマースのことだけど。どうする?」
リュークの指先が、ナギサの目元をそっと拭った。
——そうだった! 元はと言えば、リナがドラゴンさんの枷を外す手助けとして、わたしの白光を頼ってきたのが発端だ。
白光が何か知らないわたし達に、ドラゴンさんが昔語りをしてくれて......。




