2‐26‐9 再会
アダマースは眼下で繰り広げられる会話を興味深く見守っていた。
——どうやら、この守り人は、人の子に“リナ”と名付けられ、それを受け入れているらしい。それはとても珍しく、興味深いことよの。己を持とうとしない、いや、己を認識できぬ守り人が、自己を認識しているとは、驚きよ。
じゃが、思い返してみれば、このリナと呼ばれている守り人は、己がここに縛られていることを知ってから、何度も訪れ、枷を外そうとする異な者。
他の守り人らは、知ったところで動じることもなく我関せずを貫いておるゆえ。守り人としてはそれが正しい。彼女らは自身の『役割』を全うするのみ。アダマースの存在はこの春宵宮を脅かすものではない。そうであれば、彼女らにとって、あるがままに放置しておけばよきことなれば。
さようなる“リナ”は、“助け手”だと言うて、とうとう人の子を連れてきよった。視れば何やら堅牢な鑑定阻害や認識阻害を纏いし小さき者。もう一人はそれなりの術者にして、エクースの加護持ちではあるが、何か特別な力を持っているようにも思えぬ。
リナはこの小さき者へ期待しているようじゃが、その者も戸惑っているように見える。何か隠された力でもあるのやもしれん——
神の枷によって力が抑えられているアダマースにとって、この小さき者の真の正体がはっきりわからないことが最も落ち着かない。
それに、この小さき者はアダマースのことを“ドラゴン”と先程から呼んでいる。人の子は、彼のことを水晶竜、もしくはアダマースと呼ぶ。この“ドラゴン”とは、一体何なのだろうか。
《やぁ、アダマース。久しぶり。こんなところで何をしているんだい?》
アダマースが一人考え込んでいると、念話が唐突にその思考に入り込んできた。
だが、これは記憶にある、この懐かしい声は、と記憶を探る。
《おぉ、懐かしいのう。そなたは......》
言葉を返そうとするアダマースを遮るように、念話の相手は言葉を被せてきた。
《懐かしいね。僕は“リューク”だからね。リューク、いいかい? アダマース》
念押しの気配を強く漂わせ、リュークの言葉が返ってきた。
《何じゃ、名を伏せる理由でもあるのか?》
《まぁ、簡単に言えば、そこに居る子達は、まだ知らない、知られたくない、ってことかな》
《子供じみた真似よのう......》
《あっ、そうそう、クラウスも一緒にいるからね。古い知り合いなんだって?》
《それはまた、懐かしいではないか!》
《それでね、僕達に、今の状況を教えてくれると助かるな。今からそっちに行くけど、その前に知っておきたいからさ》
《相変わらず、せっかちな御仁じゃな。まぁ、よかろう。なに、守り人が連れてきた——》
アダマースは軽く溜息をつくと、リューク達へこれまでのことを語り始めた。
△▼
ナギサとファイヌムは、アダマースの脚から伸びる鎖から目が離せずにいる。
見た目は華奢な造り。アダマースが纏う鱗と似た水晶で造られたものなのか、光を透し虹色に輝いている。その鎖が繋がる先の杭。これもやはり水晶なのか、光を受けて煌めている。
リナはこの枷をナギサにどうにかしろと頼んでいるわけだ。ナギサは魔法探知や魔力探知を効かせて、必死にそれらを探知してみるのだが、複雑な構成が張り巡らされていることに気づかされるだけ。工芸の神の御業と言うべきか、それらの構成がどう作用しているのか、さっぱり理解できない。しかも、すべてが視えているわけでもない。推論の域を出ないが、ナギサには確信めいたものがあった。鎖と杭は視覚的な目くらましに過ぎない。真の仕掛けは、そこから伸びている、ほとんど“視えない”複雑な術の構成にあるのではないかと。
こんな高度な構成をナギサがどうにかできるわけもなく、リナが何故己を当てにするのか、ナギサは途方に暮れてしまう。
「ファイヌム様、このアンクレットですが、とてもではないですが、術の構成が読み切れません......」
「ナギサ君、この術式を読み切れたら人の英知を超えているよ。ヴァルカナ様の手によるものなのだろ? 人の手でこの枷を外すなんて到底無理なことだとわたしは思うよ」
ファイヌムもそれなりに魔法に関しては自負がある。だが、このアンクレットに施されている術式、構成は理解を超えたもの。読み取ろうにも、すべてが視えない時点でお手上げである。
ファイヌムの言葉にナギサは内心安堵する。やはり人には無理なのだ。
「リナ、わたしには出来ないよ。何がどうなっているか、さっぱり読み解けないの」
リナの手をとり、その翠の瞳を見つめながら、ナギサは静かに自分には無理であると説明する。
だが、リナは諦めもせずフルフルと首を横に振った。ナギサの手を強く握り返し、一点の曇りもない翠の瞳で見つめてくる。
「ナギサ、あの時、白い光で神を焼いた。だから、きっとできる」
「!」
(白い光! あの白光のこと? ニールに襲われた時、確かに白光を纏っていたけど......でも、あの時のことはよく覚えていないし......)
ナギサはニールに襲われた時のことを思い出そうとするが、その時のことはあまり覚えていない。ただ、ニールが白光を危険視しているのだけは理解している。だが、これが今の状況とどう関係すると言うのだ?
「なるほど、そういうことだったのかい」
ふわりとした柔らかな声がナギサの頭上から聞こえた。その声にナギサが顔を上げようとすると、間近に金の髪が揺れ、甘く懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。いつの間にかナギサはリュークに抱きかかえられていた。
「リューク!」
「ああ、本当に無事で安心したよ、僕の姫君。急にいなくなるから、どれほど心配したか」
言葉とともに、金の瞳がナギサを心配そうに覗き込んでくる。余りにも近い距離にナギサは気恥ずかしく、何も言葉が出なかった。




