2‐26‐7 アダマースの昔語り
ナギサがリナの言葉に戸惑っていると、ファイヌムがアダマースに向かって問いかけていた。
「アダマース様。わたしはヴィルディステ聖国の神官、ファイヌムと申します。失礼を承知でお尋ねします。あなたは今、何かお困りなのでしょうか?」
「ほう、ヴィルディステの者達か。マグナルバは達者かのう?」
アダマースは細めていた目を瞬かせると、ファイヌムの問いへ、問いで返してきた。
その言葉にファイヌムとナギサは思わず顔を見合わせてしまう。
「は、はい。マグナルバ様は今も魔導士長として活躍されております。アダマース様は、かのマグナルバ様をご存じでいらっしゃるのですか?」
「うむ。なかなか豪胆な人の子じゃったな。わしに勝負を挑んできてのう。それも懲りずに何度も来るゆえ、相手をするのも大変であったぞ。まぁ、最近は会っておらぬゆえ、案外落ち着いているのかもしれぬがな」
(ええと......今、あの威厳のあるマグナルバ先生が、昔はドラゴンさんに喧嘩を売っていたと言っているのでは......)
(マグナルバ様は昔、何をされていたんだ? 神の寵愛を受けておられるから、随分永い時を過ごされているはずだが、こんな話は、噂にも聞いたことがないぞ)
ナギサとファイヌムは、顔を見合わせたまま、ポカリと口を開けてしまった。伝説の竜が、今、自分たちが知っている、あの威厳のある魔導士長の若き日のやんちゃなエピソードを語っている。二人の頭の中で、威厳をまとったマグナルバの姿が、竜に果敢に挑む若者の姿へと上書きされていく。あまりの衝撃に、リナに助けを求められていることすら、頭から抜け落ちていた。
「そなたらの様子からすると、マグナルバも随分と落ち着いたのか。 まぁ、ここから出られたら、大人しくなったあやつの顔を見るのも一興か」
ナギサとファイヌムにはやんちゃなマグナルバは想像できないが、どうやらアダマースには落ち着いたマグナルバが想像できないようで、一人想像しているのか、ガハハと笑いながら独り言ちた。
だが、今のアダマースの言葉にファイヌムは違和感を覚えた。
「アダマース様、失礼ながら。今、“ここから出られたら”と仰いましたか?」
そう、アダマースの言葉をその通りに解せば、彼はここから動けない、自由がない、となる。だが、今目の前で優雅に振舞う彼を見る限り、そのような枷がかけられているようには見えなかった。
「うむ、言うたぞ。わしはここから出られぬ。否、正しくはここから動けぬというべきか」
そうアダマースは答えると、ゆったりと身を起こす。その巨体が動くのだ。振動が、地面が揺れ動くのではとナギサもファイヌムも身構えるが、そのようなことは起こらなかった。
何をどうしているのか、魔法が作用しているのだろう。重さを感じさせない動き、周囲へその動きの影響を与えていない。
そのことに驚きながら、二人が身を起こしたアダマースを見上げた。
その巨体はしっかりと二本の脚で大地を踏みしめ、長い尾は緩く弧を描き青々とした大地の上に光の装飾を加えていた。背に畳まれた翼であろうものが微かに揺れるのが見える。一段と高くなったその頭部からの黄金の眼差しは、遠くなったはずなのに、何故かはっきりと見えた。
水晶状の鱗に覆われたその体躯は、首を傾げたり、少し風が踊るだけで、虹のような美しい煌めきを見せてくれる。
と、その片足にキラリと陽の光のように光るものに気づく。
黄金色に輝く美しいアンクレットだ。余程腕の立つ彫金師の作なのだろうか、技術の粋を集めたかのようで、光を受けて様々な色を奏でている。アダマース自身も水晶の鱗が美しく輝いているのだが、それと見事に調和している。
だが、ナギサはそのアンクレットを見て、自身の身の内にある首飾りを思い出していた。首飾りととてもよく似た雰囲気を持っている。ナギサの首飾りは繊細な細工が施されたビーズ状の魔石を繋げたものだが、このアンクレットは土台に細工された魔石を散りばめた素晴らしいものだ。そして、ナギサの首飾りと同様に、その造形を超えた、何か強大な魔法的なものを感じさせる。
ナギサは疑問が口をついて出てしまった。
「んと、そのアンクレットはひょっとして“工芸の女神 ヴァルカナ”様の......?」
「ほう、よく見抜いたな」
アダマースが感心したように吐息を漏らす。
「これは彼女が造った“枷”だ。わしも、最初目にした時は、ただの“アンクレット”と思ったのだ。それが間違いであったのだが——」
アダマースは、過去を思い出すかのように、アンクレットの由来を語り始めた。
「どちらが早くこの場所へこれるか、と神と競争をした。『勝てば、これをあげよう』と見せられたのが、このアンクレット。一目見てヴァルカナの作とわかる、素晴らしい宝飾品。美しい物には目がないわしは、その勝負を喜んで受けたのじゃ。
後から思い返せば、怪しきことは多々あった。いくら悪戯好きの神とはいえ、このような一級品を懸けの賞品にするとはな。そもそも、何故この地への競争だったのか。
だが、勝負に勝って喜んだわしは、深く考えもせず、その場で早速アンクレットを身に着けた。と、同時にそのアンクレットにかけられていた“仕掛け”が起動したのじゃ」
アダマースは、そう言って過去を振り返る言葉を止めた。
そして、アンクレットを付けた足を動かした。
シャラリと音がする。
アンクレットは“足枷”だった。
その足枷から伸びる水晶の鎖は長く伸び、この大地へと水晶の杭で止められていた。ただ、見た目だけで言えば、その鎖も杭も、この巨体を持つアダマースであれば、なんとでもなるように見えるほど華奢なものであった。




