2‐26‐6 リナの願い
リナが“アダマース”と呼びかけた相手は、竜。それも“水晶竜”と人界では呼ばれる、伝説の存在であった。
頭上からもたらされる深く落ち着いた大きな声。その声を発するに相応しい巨体を持った竜である。
湖の横にある花畑の中、ゆったりと体を横たえる竜はキラキラと光り輝いていた。その全身は水晶状の鱗に覆われ、頭を少し動かすだけで、まるで無数の宝石が擦れ合うように、繊細な沙羅沙羅という煌めきの音が広がった。
リナは、アダマースの元へナギサを連れて来れたことに、満足していた。勿論、ナギサが春宵宮へ来たことで、もう大丈夫と考えてはいた。だが、クラウスが来て、またナギサを連れ帰ってしまうかもしれないという不安もあった。
先回、ナギサはクラウスと神に連れ帰られてしまった。ナギサも帰りたそうにしていたので諦めたのだが、今回はどうしてもアダマースに会って、彼を助けて欲しかった。だから、こうやってナギサがアダマースと話し始めたことに満足していた。
——今日一日、散々驚かされてきたが、まさか本物の竜に、それも伝説の“水晶竜”に会える日が来るとは......。
竜の存在は、人界では半ば伝説と化している。そんな竜の中でも、昔語りや書物に記されている有名な竜が何頭かいるが、そのうちの一頭が、この水晶竜だ。
だが、ここは春宵宮で人界ではない。しかもリナの雰囲気からは、ここに住み着いているようにも聞こえる。ひょっとして、他の竜たちも含め、人界から去ってしまったのだろうか。——馬が一番だと豪語するこのわたしが、今、こんなにも胸を打たれているとはな。
——凄い! ドラゴンだ......本当にいる......。
ナギサは、首が痛くなるほど上を見上げ、まじまじとその姿を観察する。元いた世界で読んだ絵本の中の存在が、今、目の前にいる。その巨大な体も、煌めく鱗も、何もかもが現実離れしていて、まるで夢を見ているかのようだった。
ファイヌムとナギサが驚いている傍らで、水晶竜はリナへと問いかけていた。
「守り人よ、その人の子らは何用あって、ここへ参った?」
この異層——春宵宮に“人”がいることに、アダマースは驚いていた。
「ナギサにアダマースを助けてもらう」
リナは余程嬉しいのか、ふわりと宙に体を浮かせ、アダマースの鼻先でくるくると回りながら、満面の笑みを浮かべている。(この状況で、リナは本当に楽しそうだな......)
「ほう、このわしを助ける、と申すか?」
アダマースはその金の瞳を細め、眼下にいる二人を見やる。
——どちらの人の子も魔力はかなりのようだが......。この身にかかりし神の枷を、人の子の技でどうにかできる道理もなかろう。この守り人は、あの人の子らに何を期待しておるのか......。
アダマースは、心の内で深くため息をついた。
リナはアダマースの問いに、微笑みのみを返すと、ふわりとナギサとファイヌムの前に降り立つ。そして、おもむろにナギサの手を握り締めた。
「ナギサ、アダマースを助けて欲しい」
「? 待って、待って! リナ、何を言っているの? 『会わせたい誰か』って、やっぱりこのドラゴンさんのことなの?」
ナギサはリナの言葉が飛躍しすぎていて理解が追いつかない。先程までは『彼に会って欲しい』だったのが、『アダマースを助けて欲しい』へ変わっている。恐らくアダマースとは目の前のドラゴンであろう。
だが、この世界でのドラゴンは神の力にも似た力を持つ存在と、書物には書かれていた。そのような存在を、魔法すら満足に使えない己が助ける必要があるのか。役に立つとは思えない。それに、ドラゴンは何かに困っているようには見えないのだが......。




