2‐26‐5 洞窟を抜けて
真っ暗な洞窟の中をファイヌムが灯してくれた灯りをたよりに先に進む。足元と自分達の周りはなんとかわかるが、天井がどれくらいなのか、壁はどうなっているのか、灯りが届く範囲は狭く、さっぱりわからない。
リナが手を引くのに従って進んでいるので、途中道が分岐しているのかすらわかっていない。それでも、歩いている感覚から、下へ下へと緩やかに下っていること、緩く螺旋を描くように歩いていることが察せられる。
一体どれだけ歩いたのか。どれほど下へ降りたのか。景色の変化がないこともあって、ナギサには時間の感覚すら麻痺しそうだった。
だが、そんな代わり映えのない景色に変化が現れる。
薄く光が入っているのか、先にある壁がぼんやりと見える。緩くカーブを描いているせいか、その先は見通せないが、足を進めれば進めるほど、差し込む光の量は増え、壁だけでなく下の地面も薄っすらと見えるようになってきた。
と、目の前に行く手を塞ぐように大きな石の壁が現れた。そして、その端から強く光が漏れている。どうやら、そこから先に進めるようだ。リナが手を強く引いて歩みを急がせる。ナギサとファイヌムは急かされるように後に続いた。
「!」
ナギサは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。
横に並ぶファイヌムも、「これは!」と驚きの声をあげたきり、目を見開いたまま動けない。洞窟の暗闇に目が慣れたかと思えば、今度はあまりにも眩しすぎる光景に、二人の思考は完全に停止していた。
そこには、地上とまったく変わらない風景が広がっていた。
生い茂る木々の葉一枚一枚が、柔らかな光を浴びて輝き、青々とした草原は、風に揺れてさざ波を立てている。
色とりどりの花々が咲き乱れ、花の甘い香りが風に乗って漂っている。どこかに小川でもあるのだろう、微かに水音もする。目を凝らせば遠くに池なのか湖なのか、大きな水場らしきものも見える。
そして、上を見上げれば、岩盤や天井ではなく、蒼く澄んだ空がある。
「......確か、わたし達は......地下へと降りていた、よな? (地下に潜って地上に出るなど、物理的に在り得ない......)」
ファイヌムは、自身が持つ知識の中に該当するものがまったくない状況に困惑し、ただただ目を見開いて周りを観察している。
「んと、そのはず、なんですけど......。でも、ここ、普通に地上っぽいですよね?」
ナギサにとっても、この状況は想定外。元世界でも地底湖は存在した。それに、繁茂するほどでなければ、地下に木が生えている所があるというのも何かで見た。だが、これは、この目の前に広がる景色は、地上そのもの......。
二人ともポカリと口を半ば開けた表情から、やっとのことで言葉を紡ぐ。
驚きに固まる二人を見て、リナはナギサ達の顔を覗き込むようにして、小首を傾げた。まるで、二人が何をそんなに驚いているのかわからないとでも言うように。
そして、その翠の瞳は、この“あり得ない”場所が、彼女にとっては当たり前の日常であることを雄弁に物語っていた。
「......リナ、ここは何処なの?」
「春宵宮だよ」
リナの表情は「何を今更言っている」といったもの。ナギサとファイヌムが驚いていることが、リナにとっては驚きのようで、早く行こうとナギサの手をグイグイと引っ張っている。
リナの言葉にナギサとファイヌムは顔を見合わせ、溜息をついてしまう。
「これは......ついていくしかないみたいだね。その会わせたい“誰か”が、この不思議を説明してくれることを期待しようか」
「んと、そうですね。その“誰か”さんが親切だと嬉しいのですが......」
◇
道なき道を進んで行く三人。リナは目的地が近づいているのか、洞窟に来るまでのように動き回ることはない。ナギサとファイヌムは、辺りを注意深く観察しながら、彼女の後に続いた。ナギサとファイヌムがリナの歩調に合わせているせいか、リナはご機嫌な様子で前へ前へと進んでいる。
ナギサは片手をリナに引っ張られ、もう片手はファイヌムと繋いだまま。視線だけを左右に向け、ここはどういう場所なのかとあれこれと考えを巡らせる。
ファイヌムもナギサ同様辺りを窺うが、特に危険な気配は感じられない。この春宵宮に来てから思うのは、魔獣というか、他の生き物の気配がとても感じづらい。魔力探知の特殊能力はちゃんと機能しているのだが、この場所の魔力が濃すぎるのだ。空を飛ぶ小鳥すら普段なら何も意識しなくても認識できるのが、ここではかなり意識しないと、この場所の魔力に埋もれてしまって上手く探知することができないのだ。
ただ、この地下空間に降りてから、何かこの春宵宮自体の濃い魔力とは別に、何かもっと大きな魔力が感じられる。既知の存在ではない。神であればそもそも感じさせもしないと思う。ならば、この異様なまでに大きな魔力は一体......。
ナギサもしばらく歩くうちに、妙な気配に気づく。ファイヌムほど魔力探知を使いこなせていないナギサ故、自分の違和感が何に起因しているか分かっていない。だが、この地下空間に入ってから、違和感が徐々に膨らんできていた。
ナギサは、違和感の元を確かめるように、視線を遠くへ向けた。すると、視界の隅に、宝石のような煌めきを捉えた。近くに水場のようなものがあるが、その水面が光に反射しているのかと思ったが、どうも違う。
「ファイヌム様、あの水場の近く......何か光っていますよね?」
「ああ、わたしも今気づいた。まるで大きな水晶の塊のように見えるが、流石に小山ほどの大きさで、水晶はないと思いたいが......」
「ですよね。それに、アレ、何か凄く魔力を帯びていますよね? なんだか、息苦しいくらい.......」
リナの目指す先は、ナギサが“アレ”と指し示したものがある方向のようだ。
近づくにつれ、その光るものから威圧されるほどの魔力を感じる。攻撃的な雰囲気は皆無なのだが、抗えない、思わず従ってしまうような力を感じてしまう。例え二人に魔力探知の力がなくとも、これほどまでの魔力であれば気づけるほどの濃さだった。
そしてそれは、水晶の塊などではなかった。
「ほう、人の子らとは珍しき。久方ぶりに見るものじゃ」
その傍まで近づくまでもなく、その塊はゆったりと頭をもたげ言葉を発した。
「ドラゴン!」「水晶竜!」
ナギサとファイヌムが同時に叫んだ。
リナは二人の驚きなど気にも留めず、満面の笑みで声を上げる。
「アダマース、連れてきたよ!」




