2‐26‐1 ニール
聖都イスの花街。厳格な管理のもとで認められたこの街は、夜になると、絢爛な光と甘美な香りに満たされる。
その一角にある高級娼館。そこで最も格式高い一室に、今、夜が深まろうとしていた。
大きな寝台から身を起こし、シャツを羽織り始める男の背中に、甘く蕩けるような女性の声が掛けられる。
「......今日は泊まっていくのでは?」
ベッド脇のテーブルにある小さな魔灯。その灯りが男の後ろ姿を妖しくも美しく照らし出す。
雪のように白く滑らかな肌。燃えるように赤く美しい髪。引き締まって均整の取れたその姿を眺め、女は「ほぅ」と溜息をつく。
だが、女の問いかけに、その男——ニールは応えなかった。シャツを羽織るその手は止まり、彼はただ静かに、遠い記憶をたどるかのように目を閉じた。
つい先ほど交わされた、旧友との会話が脳裏をよぎる。
——僕を殺すなんて言いきっちゃうなんて。
久しぶりに会えた旧友。だけど、やっぱりまだ許してくれていないんだよな。
一緒に遊びたいのは本当なんだけどなぁ。
今回はあの人の子のことで、輪をかけて怒らせてしまったみたいだから、また当分許してくれないかもしれないな。
だけど、あのセリフはきつかったな......。
何だか腹が立って、ついここへ来てしまったけど、今日はダメだ。やっぱり、ただの人肌では、僕の乾きは癒せない。
何故、彼女は僕を頼ってくれないのだろう。
あの時僕は手を貸すと、頼ってほしいと伝えたのに。
僕はそんなに頼りがいがないのだろうか。
彼女の瞳には僕はどう映っているのだろう? 恋人、友人、知人、それとも、それ以下......。
それにしても、彼女が頼る周りのやつら。
誰一人として答えに辿り着けないでいる。
まぁ、仮に答えに辿り着いたとしても、僕がいなければ絶対にそれが正解なのかわからないだろうけど。
それよりも。何かがひっかかる。
あの時、急に二人の態度が変わった。二人の意識は僕に向いていなかった。リュークの焦り方は普通ではなかった。
何かが起きている。
あの人の子の身に、何かが起きたのだろうが、それはそれで僕には好都合なはず。
だけど、何かが、何か僕にとって好ましくない事態が起きている。そんな予感がしてしまう。
「すまないね。今日は帰るよ」
「えっ、わたし、何か......」
「君は何も悪くないよ。大切な要件があったことを忘れていたんだ。だから、ね」
ニールは女を抱き寄せ、その額に軽く唇を落とす。
「次は......」
「ごめんね。いつも突然来て、我儘を言って」
遮るようにニールは女の耳元で囁くと、部屋を後にした。




