1‐06 ナギサ
この世界に来て一節は過ぎたと思う。元世界での一か月ぐらいだろうか。
今の生活は、元世界に居た頃が信じられないほど穏やかで、満ち足りている。以前はただ生きている、生かされていると感じ、何も前向きに考えられなかった。
それが今では、「コーマの技を習得したい」「魔法を使えるようになりたい」と、呑気に未来を楽しみにしているのだから不思議なものだ。
ここでは皆がとても親切だ。そして、誰も己を責めない、蔑んだりしないのだ。見かけが子供だから、ということもあるのだろう。だけど、髪色や瞳の色で何も言われない——言われないというよりも、誰も“気にしていない”というのがわかってきた。
だけど。
10歳ほどの子供が、“白髪”でも変じゃないのだろうか?
元世界では中学を卒業するまでは、髪色が白いというだけで奇異なものを見るような扱いだった。
高校ぐらいになると、髪を染める子も増えるし、休日だけウィッグを使うような子もいて、“らしい恰好”をしていれば、白髪でもなんとかやり過ごせた。
髪色と言えば、クラーヴィアやセラスの髪色も、元世界であれば想像の域の色合いだ。
この病室へ出入りする神官見習いや神官達は、ほとんど茶系か金髪系の髪色。そう考えるとあの二人も随分珍しいほうなのかもしれない。
一度我慢できなくて、セラスに髪色のことを聞いたことがある。セラスは心底驚いた顔で「ナギの白より、わたしの髪色の方がずっと珍しいわよ」と笑ってくれた。
あの時覚えた安心感は、今も胸の奥を温かく満たしている。ここでは容姿だけで『魔女』と罵られ、使えもしない魔法を強要されることもないのだ。
この不自由な療養棟での生活も、今や過保護と呼べるレベルだった。
日々、薬(薬湯?)と食事をしっかりと摂れと言われ、規則正しく睡眠をと口うるさく言われる。
部屋から出られない理由がわからず、不安を感じるのだが、危険人物と思われているわけではないと、セラスをはじめ他の神官見習いからも折々に言われている。
この部屋から出られない不自由さを除けば、至れり尽くせりだ。
そのせいか、記憶の中では一番ふくよかな己が出来上がっているのだが……
そして何より、セラスのおかげで“コーマの技”が上達した。
水の冷たさを感じることなく水に触れられ、重い花瓶を軽く持ち上げることもできた。
物語の中でしか知らなかった力が、己の体の中に確かに存在している。
もちろん、慣れ親しんだ世界と違って不便も多い。
動物や植物も同じなのか似ていて異なるものなのか、未だ判断できないものばかり。これはこの閉鎖空間では仕方がないと思うのだが。それゆえに、ここから出れば、もっともっと戸惑う物や習慣に出会うのだろう。だけど今は、それすらも待ち遠しく感じている己がいる。
戸惑うといえば“魔道具”だ。
元世界の物語でも、常連アイテムの魔道具。この世界にも当たり前のように存在する。
電気の代わりに魔力、は言い過ぎかもしれないが、この世界では電気がない(その原理が使われていない?)。その代わりではないが、魔力・魔法が利用されている。
例えばこの部屋にもある“魔灯”。卓上ランプのようなものなのだが、これは魔石の魔力を電池のように利用しているのだという。
高価なものなので一般家庭にはあまりないらしいが、療養棟では火を用いるのは危険な為、どの部屋も魔灯を使っていると言われた。
もっと詳しい仕組みは専門家——魔道具師に聞いてほしいと言われ、それ以上のことは聞くことができなかったが。
ただ、ひとつだけ懸念がある。
未だに《女神》と再会できていないのだ。
一体いつになったら会えるのだろう。
そして、彼女は己に何を手伝わせたいのだろうか。




