2‐15‐6 ため息
ナギサはクラウスと別れた後、食堂で遅めの夕食をとっていた。この時間は普段でも人は少ないが、冬休暇中ということもあってか、より人が少ないように見える。
モリス達はどうしているのだろうと、食堂の少ない利用者を見ていてナギサはふと思う。
モリスは恐らく今日も錬金に精を出しているのだろう。冬休暇中は錬金に集中するとナギサ達に宣言していた。実際、街の小物屋へ一緒に行った後はあまり会話らしい会話をしていない。今朝も朝課の時に少し会話しただけだ。あの熱心さであれば、何かレシピを新しく作り上げているかもしれないとナギサは勝手に期待する。
ウルサスは恐らく鍛錬に励んでいる。騎士を志望するウルサスは時間があれば鍛錬か食堂の手伝いだ。流石にこの時間ではどちらも考えづらいので既に部屋に戻っているのだろうが。
ゴリツィアは休暇中は食堂の手伝いを頑張ると言っていた。実家からの仕送りだけでは若干心許ないとこぼしていたはず。
そんなことをぼんやりと考えながら夕食を一人食べていると、目の前の席に人影が落ちる。見上げるとリュークがトレー片手に立っていた。
先節の再会後、リュークと夕食をとることが増えた。乗馬の講義後クラウスの相手をしていると、リュークがやってきて一緒に食堂へという流れだ。
今日のように一人で食べている時にリュークが現れるのは初めてではなかろうか。先ほどクラウスといるときに会えなかったので、今日は一人で夕食かと少し残念に思っていたのは内緒である。
「ここ、いいよね?」
一応の断りの後、リュークはナギサの前に座り、早速食事を始める。
合間合間に会話をするのだが、今日は化粧水の話を最初に振られた。
先回会ったのはモリスと化粧水を作り上げた日。それを街に卸しに行くと話したところ、リュークが『僕も商人だよ。君達の化粧水、他の村や街へ卸してこようか?』と言われて焦った記憶がある。
リュークも覚えていたのだろう「どう? 化粧水は」と聞いてくれるが、たった二日ほどで何の変化があろうか。ナギサはリュークの無茶振りに「気が早いです」と軽く流し、街の小物屋が意外に立派で驚いたことや、その後見て回った街の露店のことなどを話題にする。
相槌を打つリュークの瞳は暖かな黄金色。見ているだけで何故か落ち着いてくる。この暖かな瞳を見つめながら街でのことを話しているせいなのか、ニールのことを思い出してしまう。行商人と露店商、年齢も体系も似ていて、どちらも道行く人が振り返るほどの美形。だが、この黄金色とあの琥珀色は別温度......
あの感情のない瞳を思い出してしまい、何故か今も感じてしまう悪寒をふるりと振り払う。
「どうしたの?」
身震いしたナギサに気付いたのか、リュークが心配げに覗き込んでくる。ナギサは大したことではないと笑顔で返すが、リュークが悲しそうな表情で見つめ返してくる。
小物屋で知り合った露店商の瞳が何故か空恐ろしく感じたことを思い出しただけで、別に何でもないとリュークに改めて微笑んでみせる。
と、ナギサの言葉に珍しくもリュークが黙り込む。ナギサから外されることなく輝いていた金の双眸が閉じられ、長い睫毛がはっきりとわかる。
リュークのこのような態度は珍しい。
「ナギサ、首飾りは外さないで。それと、外出する時は必ずローブを身につけていて」
「リューク、何か隠していますよね。露天商の方とお知り合いです?」
「——知り合いではあるね。あと、あまり君に関わってほしくない相手でもある」
△▼
(まいったな)
リュークは薬草園で夜空を見上げながら深くため息をつく。
夕刻、ウォーリが時間を取ってほしいと言ってきた。ウォーリから声をかけてくることは非常に珍しいことなので、急ぎ会ったのだが。
『神ニヒルムだ』
開口一番、ウォーリからの一言だ。
話を聞けば今回の汚染された石騒動。その大本が素材商のニールであるとアウルスからの話で判明したという。ウォーリが気になって確かめに行けば、そこにいたのはニールならぬニヒルムだったというオチである。
よりによってウォーリがニヒルムに会ってしまう。最悪である。刻限が来るまでは会わずに済ませられるのであれば、会わないでいたほうが彼の為なのに。
おまけに『何故このようなことをしたのか尋ねたのだが、聞き取れなくて』とウォーリが悔しそうに呟くものだから、見ているリュークも辛く、かける言葉が思いつかなかった。
そんな気落ちすることがあった後、ナギサが食堂にいることに気付いてナギサに会いに行ったのだが——
ここでもナギサがニールと面識を持ってしまったという事実を知るはめに。
(ニヒルム除けの護符でも造れないものか)
そう考える自身が嫌になり、再びため息をついてしまう。
そんなもの造れないし、造れたとして今更渡してどうなるものか。仮にナギサが身に着けたとして、ニヒルムの性格を考えればかえってナギサに目をつけてくる気がする。
今の時点では興味を引いたレベル。恐らく分不相応なローブに気付いた程度だとリュークは考えている。だが、ローブを身に纏っていないナギサを目にしたら、必ず勘付く。多重の鑑定阻害に鑑定偽装、あの年齢の少女が何を隠しているのか、気にならないほうが却って不思議だ。
三度目の深い深いため息をつく。
夜空を見上げる双眸は、どこか遥か遠くを見つめていた。




