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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第二章】

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2‐15‐4 素材商ニール

 


 ウォーリはどうにも落ち着かない。アウルスが直接確認しているのだから、見立てが間違っているとは考えていない。

 ただ、何かが引っかかるのだ。喉の奥で小骨が張り付いているような、何かスッキリしない感覚がぬぐいきれない。


 一昨日の夜、アウルスとの会話を経て、ウォーリ達は今回の石の問題をどうするか話し合った。


 汚染された石が街中に点在している可能性がある。これを放置すれば魔力溜りの発生、人や家畜の狂暴化などが起こりうる。実際、既に魔力溜りが発生してしまっている。幸いにもすぐに対処(浄化)できたので大事には至らなかったが。だが同時期に石が街に広まったのであれば、同じようなことがしばらく続くと考えたほうが無難である。


 ひとまず、聖都イス内の見回りを強化するように体制を改めた。例の石の採取場所の再確認へ人を手配した。ここ最近で何か不審な事件、普段あまり聞かないような事件があれば報告書をあげるようにと大神殿内にも通達を出した。

 もちろん件の露天商についても調査するように命じもしている。ただ、この人物が悪意を持って石を売っていたのかはまだわからない。このため、調査と監視のみという対応で話がついている。


 一通りやれること、思いつくことはやったはず。

 だが、落ち着かないのだ。

 やはりひと目だけでも確認しておこうと、ウォーリは重い腰をあげた。




(確か中央広場の辺りだと)


 アウルスから聞いた話を思い出しながら、例の素材商の露店を探す。

 パッと目に付く場所ではないが、この辺りをざっと見渡せば目に付くところにその店はあった。


「誰かいないのか」


「ああ、そこの店主ならすぐ戻ってくるよ」


 店の前で声を上げれば隣の露店主が声をかけてくれた。

 ウォーリは礼を言いつつ、並べられた薬草類をいくつか手にとってみる。丁寧な仕事で仕分けされた状態の良い薬草類だ。アウルスが褒めていたのも頷ける。露店の端に目をやれば、やはりアウルスから聞いた通り、綺麗な石がいくつも飾られている。どれも子供の握り拳よりも小さく、ちょっとした置物や重石に使えそうなものだ。


「その鈍色の石よりも、そちらのブルーグレーの石はどうですか?」


 突然背後からかけられた言葉に、ウォーリは伸ばしかけていた手を止める。と同時に、視界がぐにゃりと歪むような感覚を覚える。




(貧血か?)


 妙な感覚が過ぎ去り、頭を軽く振って前を見る。

 何も見えない、いや正しくは視界全体が白い。

 眩いの少し手前のような白い世界が広がっている。以前酷い貧血を起こした時を思いだす。


(いや、違う。これは......)


「やぁ、ウォーリ。君が刻限以前にわたしに会いに来るなんて。どうしたんだい?」


 白い肌、赤い髪、整った顔立ちに琥珀の輝き。すらりとした細身の男性がそこに立っていた。


「——神ニヒルム。何故、あなたが」


「ウォーリ、ダメだよ。今のわたしは見ての通り“素材商のニール”だよ」


 素材商のニールと自称するその美丈夫は、人差し指を軽く振り、子供の間違いを正すかのように軽い調子でウォーリに話しかけてくる。

 確かにその美丈夫の装いは行商人のもの。特徴的な赤い髪も大半を帽子に隠しているせいか、そこまで目を引くわけでもない。

 だが、彼はウォーリが知る“神ニヒルム”だ。定めの刻限が来れば必ずその顔をみることになる神。忘れたくても忘れることができない、いや可能であれば二度と会いたくもない神なのだから。

 ならばこの場所は“神の間”か。先ほど露店前で声をかけられたタイミングで呼び出されたわけだ。


「で、話は戻るけど、本当にどうしたの? もう準備が出来たから刻限前にやってきた、って雰囲気ではないよね?」


「ニヒ」


「だめだよ“ニール”だからね」


「——ニール様、あの露店の主はあなたで間違いないのですか?」


「様はついちゃうのね...... ああ、そのこと。ご苦労なことだね。石のことでいいのかな。先日も一人来ていたけど」


「ええ。どういうおつもりですか?」


 ウォーリの言葉に答えることなく、美丈夫は何もない空間へさっと手をかざす。

 何もないそこに一枚の鏡のようなものが現れる。映し出された風景はどこかの森か、雪もあるが、木々が多い。そこを行く人と馬の動きのようなものが見て取れた。

 ウォーリはその景色を注意深く見てみる。それらの人々は、例の石の採集地へと派遣した一行だった。


「君は相変わらず心配性だね。大丈夫だよ、君達が行った浄化は問題ないよ。わたしが石を採取したのは君達があの場所に気付く前だからね」


「! 知っていて持ち帰られたのですか? しかも、それをあのような場所で売るなど」


「だからわからないようにして売っていたんだけどねぇ。何かのタイミングで外れてしまったのかな」


 美丈夫は肩を軽くすくめると、その琥珀色の双眸をウォーリに向ける。


「何故、浄化してからではなかったのです」


 神であれば浄化など容易いこと。汚染が広がらないように封じるよりも、浄化してしまったほうが良いに決まっている。ウォーリはそんな気持ちがある為か、つい尋ねる語気が強くなってしまう。


「何故と。浄化が正と。それは誰が決めたのかな?」


(! この神は何を言っているのだ。汚染が広がれば人や家畜、魔物達が狂暴化する。徒に狂暴化させてそれを討伐するのは無益なことではないか。人であれば自身が犯した暴力に悩まされ続け、自害してしまう者さえいる。決めるも何も、未然に防げるものは防ぐべきであろうに)


 ウォーリはその言葉に反駁しようと、向けられた双眸を見つめ返す。だが、琥珀の中央に潜む何かに気づいてしまう。

 透き通った琥珀の中に落とし込まれた墨の色。暗く暗く深く深くどこまでもどこまでも落ちていくような、自分の言葉も考えも何もかも吸い込まれてしまうような闇色。視線を外さなければと思っても、惹きつけられて目を離すことができない。


「わたしはわたしがやりたいことをやりたいようにやっている。人の子に指図を受ける筋合いはない」


 美丈夫から返される声は平たんなもの。先ほどまでの明るくお調子者な雰囲気は消え失せ、その声からは色も温度も感じられない。


「それが人界の為にならないことであっても?」


 視線を外せぬまま、ウォーリは何とか尋ね返す。


「何故、人界の為にならないと? 闇を抱えているから汚染に呑まれる。吐き出させてあげることは悪いことなのかな?」


(この神は汚染を悪と捉えていない。だから石を売ることも、人がそれに影響されるのも構わないと)


「そろそろ飽きたな。もう一言だけ聞いてあげるよ」


「何故、こんなことをするのです?」


「まだ、何故かい」


 視界が歪みだすのを感じる。聞こえる声も遠ざかっていく。だが、ウォーリはこの“何故”の答えが欲しかった。


 イツマデタッテモ、キミタチハコタエ......





「その鈍色の石よりも、そちらのブルーグレーの石はどうですか?」


 眩暈がする。眼鏡の縁を押さえながら声の主へと向き直る。目立つ赤毛は帽子の中に、美丈夫の露店主がそこにいた。柔らかに微笑みかけてくるその様は、いかにも人の好い露店主といった風。先ほどまでの神の間でのことなど、まるでなかったかのようである。


「見ているだけなので、おかまいなく」とウォーリは呟きながら崩した姿勢を整える。軽く会釈をしてその場を立ち去ろうと踵を返す。

 と、露店主がウォーリに近づいたかと思うと、すっと耳元に顔を寄せてくる。


「次は刻限の時かな? 楽しみにしているよ」


 その言葉にウォーリが横を見れば、琥珀の深淵はまだそこにあった。





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