2‐14‐7 ニールの露店
「どうしたのよ、ナギ?」
お店から出るとモリスはトンっとナギサの背中を軽く叩いてきた。余程ぼんやりしていたようだ。
あの後ニールは『店番を隣の店主にお願いしているから』と買取が終わるとすぐに店を出て行ってしまった。他の客達もモリスとナギサに頑張っていい商品を作ってこの店で売ってくれと、半ば励まし、半ばからかいのような応援をして店を出て行った。
ナギサは自分以外に誰も、モリスさえもニールの違和感に気付かないことに気を取られ、店での会話の内容も頭を素通りしていた。
「モリスはニールさんと知り合い?」
「ああ、うん。あのお店でよく顔を合わせるかな。今日みたいに素材を買い取ってもらっているみたいだよ」
「そうなんだ。あの人、何か感じない?」
「へっ? 何を? ニールさん? すっごくカッコイイよね、自分がもっと大人ならって思うけど。何、気になるの?」
「そういう意味でなくて。うん、ごめん」
「へんなナギ」
△▼
(あの女の子、何者? 随分と立派なローブを着ていたが)
ニールは店を出ると、露店までの道のりを歩きながら独り言ちていた。
先ほどの店主達の話からすると、あの二人は学舎の学生。自作の化粧水を初めて街で売るために、あの店を頼りにやってきたらしい。
モリスは以前何度か話した時に、近場の村出身だと言っていた。あの村は貧しくはないが、そこまで裕福な村でもない。
だがあの子、ナギサだっけ。あの子はどの村から? 同じ村出身という会話ではなかったが。
身に着けていたローブ、半端ない代物だ。
何やら多重に魔法が仕込まれていた。強固な鑑定阻害のせいだろう、簡易な鑑定では詳細がわからなかった。
あんな代物を用意できるのはこの世界でも一握り。それを一学生が普段使いで身に着けているとは。
だが、それよりも──
彼女のわたしを見る目。
最初こそ、いつもの見慣れた視線。
だが、その後のものは。
何を気付かれたのか。疑いと恐れに満ちた視線だった。
「ニールさん! さっきお客さんが来ていたよ」
突然の声にニールは顔をあげる。考え事をしながら歩いていたせいか、いつのまにか自分の露店まで戻っていたようだ。
今の声は留守を頼んでいた隣の店主。ただの露天商に客人とは、訝しく思いながらも尋ねてみる。
「ありがとう。どんな人? 用件は?」
「かなり身なりの良い壮年の男性だったな。なんだっけ、そう、石について聞きたいっって......」
「ああ、あなたがニールさんですか?」
ニールが隣の店主に話を聞いていると、後ろから声をかけられた。
「ニールさん、その人だよ。じゃ、わたしはこれで」
隣の店主はそそくさと自身の露店へと戻っていく。ニールが戻る背中へ礼を言い、声をかけてきた御仁へと体を向ける。確かにこれはかなり良家の御仁だ。
「突然やってきてすまないね。この石をもう一つ欲しいと思ってやってきたんだが」
身なりの良い男性はそういうと、小さな石─薄桃色の綺麗な形の石をニールに見せてきた。
「ああ、それは私が以前売っていたものですね(浄化されてしまったか)」
「では、もう一つ用意していただけないでしょうか?」
「それに似た石は全て売れてしまいました」
「そうですか。それは残念だ。孫娘がここでこの石を買ったと教えてくれまして」
「すみません。せっかく来ていただいたのですが」
ニールは紳士へこの石はもう手元に在庫はないこと説明する。
見ての通り自分は素材を扱っている身。こうやって露店や店に卸したりしているのだが、素材集めも自身で行っている。
街の外で採集中に目についた珍しい石や美しい石を集め、それを露店に並べている。
この石もそうやって採集中に拾った石の一つ。同じ場所でいくつか拾ったが、数までは生憎覚えていない。昨年、12の節ぐらいから露店を出していて、この石はもうすべて売れてしまったと改めて伝える。
「ああ、でも。これなんかどうです? 透明で澄みきった冬の空のような蒼。こちらもそうやって見つけた石の一つなんです。あなたの瞳とよく似た色ですし、お孫さんも喜ぶのでは?」
「お気遣いありがとうございます。なるほど、これは美しい。孫娘の瞳にもよく似ていいですね。では、せっかくですからいただきますか。ああ、それと......」
ニールは、自身の薦めに紳士がすんなりと乗ってくれたことに驚く。おまけに露店に置いてある素材をいくつか買ってさえくれた。紳士曰く「わたしは錬金を少しやっておりましてね。引退した身ですが、やはり良い素材を見ますと」となかなか嬉しい言葉まで付け加えてくれる。
その後は素材について如何にも錬金術師と素材商といった会話が少し続き、その紳士は帰っていった。
そろそろこの場所は止めたほうがいいかもしれないと、ニールが考えながら露店に立っていると、
「ニールさん!」と、呼びかける子供の声に気付いた。
今度は何だと思いつつも、笑顔を浮かべて声がするほうを向けば、先ほど別れたばかりの少女が二人、こちらに向かって歩いてくる。モリスは手を振りながらにこやかに、もう一人の少女、ナギサだったか、は目を若干見開き気味にモリスに手を引かれて歩いている。
「やぁ、モリスちゃん。さっき会ったばかりだけど、どうしたの?」
「買い物ですよ、もちろん。おばさんには悪いですけど、素材ならニールさんから直接買ったほうが安いですから」
そんなことを言いながら、彼女は並べられた薬草類を手に取って確かめている。その横でナギサという少女は石を面白そうに見ている。
「ナギは素材はいいの? 石? まぁ、綺麗だけど」
モリスとナギサの会話から、モリスがナギサへ街の案内をしつつ買い物をしている様子がうかがえる。ナギサは先ほどのようにニールを気にする視線を向けてこないが、何か気になるのかニールとは距離を置いた話し方する。
「ニールさん、この薬草をもらうわ」
テキパキと買い物を済ませたモリスが挨拶とともに、ナギサの手を引き別の露店へと歩いて行った。
(う~ん...... 本当にそろそろここは引き払おうかなぁ)




