2‐12‐7 セラスとの時間
「そんなことが...... ご両親のことはなんて言っていいのか」
「そうなんだけど......」
「何?」
「両親が、っていきなり言われても、実感がなくて」
「そっか、まだ思い出せないのね」
夜時間があると、セラスはナギサの部屋に訪れることがある。今夜もそんないつもの夜。だがいつもより空気が重い。
それは、先日知らされた両親の件をセラスに伝えたからだ。
「ん、両親のことは何も覚えていないから、お悔やみの言葉を受けても実感がわかなくて。どちらかというと、そんな自分がひどく薄情な気もして」
口ではこうセラスに説明するのだが、実際は見ず知らずの二人が死した後にナギサを養女として認めてくれたということに、未だ戸惑いがあるというのが本音だ。
以前セラスから打ち明けられたのだが、神官長からナギサが療養棟に入ることになった経緯を説明されており、ナギサの世話をしながら何か不審な行動をすることがないか見張っているよう言われていたという。
神殿に突如現れたことはごく一部の者にしか知られておらず、セラスが知っていることには驚いた。だが、監視のことは当然だと考えていたので特に気にならなかった。だから『教えてくれてありがとう、セラス。わたしは平気だよ』とだけ、その時は返した覚えがある。
「何かのきっかけで思い出せるといいわよね。でも、外出許可が出たのよね? 街に出ることで何か思い出すかもよ。もう街には出たの?」
「ん、まだ。年始に皆と屋台巡りに行く約束と、モリスと化粧水を小物屋さんへ委託しに行く約束はしているけど。セラスのお休みは?」
「ん~~ 難しい。この間も言ったけど、収穫祭から戻ってから、何故か訓練が厳しいのよね。ナギとお洋服を見に行きたいんだけどね」
「古着屋さん、どこか良いところを教えてもらいたいな。カエルやヴルペは古着屋は使わないみたいだから」
「あら、それは良いところの出ね。って、ナギ、そこのローブに靴、どうしたの? ここから見てもすごく良いものに見えるけど」
セラスが壁際に置いてある靴とローブに気付き、驚きの声をあげる。
「あれは...... 頂き物で......」
返す声が何故か小さくなってしまう。送り主がはっきりしたのはいいのだが、やはり分不相応な気がして、まだどれも一度も使っていない。使わないとサイズが変わってしまうと思うのだが、多少大きめのようなので、その内...... と先延ばしにしている。
「贈り物? 誰から? あっ、待って。当てるから...... リュークさんでしょ? どう?」
「!」
何故、わかる? ナギサは驚きで目も口もぽっかりと開いてしまう。
「最近、噂になっているわよ~」
セラスがにっこりと笑みを浮かべる。薄く細く三日月目になっていく青瞳を見つめるうちに、ますます目を見開いてしまうナギサである。
リュークとの再会後、夕食をリュークと一緒に食堂でとることが何度かあった。その様子が噂になっているというのである。
親子とは言わないが、兄と妹、叔父と姪、ぐらいの関係にしか見えないだろうとナギサ自身は思っているのだが、周囲は勝手に妄想を膨らませているらしい。
以前は華やかな噂が絶えなかったリュークが、最近はまったくその手の噂がない。人付き合いは行商人だけあって男女とも幅広く今も付き合いがあるようだが、特定の女性と懇意にしているような様子がない。そこで我こそはとリュークに声をかける女性がそれなりにいるのだが、誰もかれもやんわりと優しく断られている。
そんなリュークが今一番一緒にいるのがナギサだというのだ。当然10歳11歳の子供相手に流石にそれはないだろうというのが大方の見方なのだが、やんわり断られた方々やリュークに思うことがある男性陣が話を大きくしているという。
「それ、どう反応していいのか困ります......」
「まぁ、そうよね。リュークさんの年齢は知らないけど、20歳は越えているだろうから。いくらなんでもね。どうみても妹みたいなものよね」
「困るので、放置します。別にそういう関係ではないですし」
「ナギったら。まぁ、そういう関係だったら、リュークさんに物申しちゃうわよ。もう少し待ちなさい、って」
「へっ? セラス、それどういう意味?」
「んふふ、そのままの意味よぉ~」
(ダメだ、自分、こういう話は耐性がなさすぎる)
「意地悪です、セラス! そんなことを言うなら、セラスこそ“アースター様”とはどうなっているんですか?」
直球で返しすぎたかもしれない。セラスが硬直している。おまけに顔も耳も真っ赤である。
「そ、そっ、それは......」
セラスが完全に固まってしまった。セラス達神官見習いが普段どのような訓練や修行をしているのか知らないが、何かしらアースターと時間が取れているのだろうか? 以前よりセラスの反応が極端な気がするのだが。根掘り葉掘り聞く気にはならないので、とりあえず話題を変えてみることにする。
「セラス、《女神》様って何を司っているの?」
ナギサの問いかけにセラスの表情が赤面から驚きに切り替わる。
以前から気になっていたので、セラスならば知っているかもしれないと聞いてみたのだが、そこまで驚くことなのだろうか。
「──ああ、そうか。当たり前すぎて誰も教えてくれなかったのね。豊穣神よ。大地に実りを与えてくれる女神様。だから収穫祭は《女神》様の祭りでもあるわね」
豊穣神と。それは人界に降りれないことは差しさわりが大きいのではないか? 勝手な推測だが大地を潤すような神威を持っているのであれば、降りれないイコール大地を潤せない、とならないのか?
「《女神》様って人界に降りてきてくださらないですよね? 実りが悪くなったりしていないの?」
「そうなのよね。昔に比べると実りが悪くなっていると聞くけど、《女神》様が何故降りてこられないのか知らないのよね。でも、実りが悪いといっても他国に比べれば実りが悪いなんてことはないから、あまり気にしている人はいないかしら」
セラスの話から推測されるのは、普通の人々は《女神》が名を失っていることを忘れている、国の上層部はそれを良しとして放置しているということ。
これもこれで何故、なのだが。聞いたことでかえってわからないことが増えてしまった。
「ナギ、どうかしたの? 急に静かになっちゃって」
「ん、何も。記憶がないと不便だなぁ、って思っていただけ」
とりあえず今は笑ってごまかしておこう。




