Report86: 再起の時
テレビを付けると、丁度ニュースが流れていた。数日前に大学の構内で銃撃戦があり、数名が死亡したという内容だ。
事件現場の映像が流れると同時に、俺はチャンネルを替えた。見ていられなかったからだ。見れば、悲惨な記憶が今でも甦ってきてしまう。
気分転換でもしようと、滞在中のホテルを抜ける事にする。
上着に袖を通し、フロントを出た。カオサン通りを行き交う人々が俺の視界に入る。
夕刻のオレンジ色の太陽が、温かく感じられた。外気は冷たく、俺の心も冷え切っているのに、だ。
着用しているコートを羽織り直し、周囲の往来を観察してみると、様々だった。帰宅する会社員、学生、それから買出し真っ最中の主婦。そこにあったのはいつも通りの日常だった。いつも同じ、変わり映えのないもの。永遠と繰り返される人間の営みだ。
俺に何が起きようと、世界は回り続ける。きっとこれからもずっと。俺が凹んでいても、俺が人生を楽しんでいても。
こいつらは俺が苦しんでいても、直接的な関係がないからだ。
……そう考えると、何故だか悔しい。
まるで俺だけが苦しんでいて、他の奴らはのうのうと生きているように思えてくる。
実際、そんな事はないのに。
誰だって壁にぶち当たる。人生、上手く行かない事の方が多い。その中には、身内の不幸だってある。誰だってそうだ。
だと言うのに、いざ自分が辛い目に遭ったら尻尾巻いて現実逃避か?
家族も友達も居ないのに、誰かが助けてくれるのか?
俺はどうするべきなんだ?
いずれにせよ変わらないのであれば、メリットのある選択をするべきだ。
俺と世界は、一つの生命体と生活環境に過ぎない。一人の人間とそれに間接的に伴う人間。そしてそれらが織り成す社会、そして世界。
このまま落ち込んでいても、俺にメリットは……ない。何も変わらない。むしろ悪化していくだけだ。
全ては良い方に転がるべきだ。
「すみません、これ一つ」
「おや、ラッシュさん、久々ですねぇ!」
俺は屋台でパッタイを注文した。店主の男性とは顔見知りだ。俺がリセッターズで仕事をしている事も知っている。
店主は慣れた手でヘラを操ると、鉄板の上の米麺を炒め始める。香ばしい匂いが俺の鼻腔をくすぐり、腹の虫が鳴った。
そういえば、今朝から何も口にしていなかったな。
「仕事はお休みですか?」
「ええ、まぁ……」
店主に聞かれ、俺は言葉を詰まらせた。ズル休みをしているようなもので、背徳感があったからだ。
鉄板の上に肉、ニラ、もやし、エビが追加される。それからペースト状のタマリンドを加え、一気に焼き上げていく。
「リセッターズには感謝してるんです。この辺は観光客が増えて、トラブルも増えましたから」
「そうなんですか?」
「たまに、ですけどね。そういう時、助かるんですよ。……はい、お待たせしました!」
最後に香草で包んだものを、店主がフードパックに入れて渡してくれた。
俺は五十バーツを支払って、近くにあったベンチに座る。
卓上のナンプラーを少量垂らし、割り箸で軽く混ぜる。そうして麺を掴むと、湯気が顔を覆った。
吸うように啜り、口の中に押し込んでいく。もっちりとした食感を味わいながら、甘みと酸味、塩気のバランスに舌鼓を打った。
日本人の味覚に合っているから、幾らでも食べられるだろう。俺は出来立てのパッタイで、胃袋を満たしていった。
このままでは駄目だ。行動をしなくてはならない。
明日、事務所に顔を出そう。




