Report83: 女神と忍者
「二人とも急いで~!」
「逃がしませんがね……!」
教室から追従してくるサムチャイ。それを拳銃で押し込めつつ、階段を下る。
「まさか人肉の売人、そのものがカニバリストだったとは……」
「ああ……久しぶりに虫唾が走ったぞ」
ロジーが後方を振り返り、悪態をつく。未だ、サムチャイが追ってきていた。
隣のメガミは息が荒い。顔色も悪く、かなり消耗していた。
カメコウは元来体力がない為、風前の灯だ。
「冥土の……デュフ、良い土産話になるね……ゴプッ」
「フン、悪くない冗談である。……だが、男に食われる趣味はない」
そう吐き捨てると、ロジーがリュックから手榴弾を取り出した。最後の一個であった。
使い所を間違えなければ、勝てるかもしれない。逆にタイミングを誤れば、地獄行きだ。
「奴は何者なのだ? あの身のこなし……ただの売人ではなかろう」
「DD……思い当たる節はあるが、脱出するのが先決だな」
メガミは力を振り絞って、また歩き出した。
階下からは人の足音がする。上からはサムチャイが追ってくる。このままでは挟み撃ちだ。
生存は絶望的と言えよう。全員が死ぬかもしれなかった。ラッシュを見捨てれば……あるいは助かるかもしれない。
だが、リセッターズの中にそう考える者は一人も居なかった。
絶体絶命の中、全員が助かる方法を模索する。最後の最後まで諦めないようだ。
「ハハハ、時代が来ますよォ。殺し合いの時代が!」
「飛ぶぞ! このままじゃ、全員ハチの巣だ!」
サムチャイが姿を現す。メガミの号で、階段の踊り場から一斉に跳んだ。
しかし、ラッシュを背負ったメガミは着地ができずに転がった。ラッシュは投げ出され、ごろりと廊下で仰向けになる。その目は今も閉じたままだ。
足を負傷したメガミは立ち上がれないまま、体を引き摺ってラッシュの元まで移動していく。その眼前に、白色のズボンが見えた。
「ぐ、ぐああぁああッ!!」
サムチャイがメガミを蹴り付けた。メガミが絶叫を上げる。
助太刀に入ろうとするカメコウに銃口を向け、抑え付けた。
踵で腕を踏み躙られ、メガミが苦痛に悶える。その頭上でサムチャイは恍惚そうな表情を浮かべ、声に出して笑った。
背後からロジーが接近するのだが、即座に勘付かれてしまう。サムチャイは上半身を捻ると、ロジー目掛けて発砲。彼の体から赤黒い血が噴出し、廊下へと飛び散った。
「うーん、どんな味がするんですかね、女神は?」
「うぐっ」
サムチャイが、メガミの羽織っていたコートを強引に剥ぎ取る。
メガミは動けず、ただ腹ばいになっていた。その目は虚ろで、半ば諦めているようにも思える。
敗色が濃くなる中、ふとどこからかバイクのエンジン音のようなものが聞こえてきた。
外からだ。やや喧しいそれは、徐々に大きくなっていく。
サムチャイも思わず、耳を澄ました。
やがて、階下から銃声と悲鳴がこだまするようになる。
「何だ……これからという時に、クソが」
サムチャイはその顔を醜く歪めると、一階に続く階段へと近づいた。校舎内に響くエンジン音。 階下では朧げな光が明滅していた。
薄暗い中、サムチャイが階段の手すりに手を掛ける。その矢先、強烈な光が周囲を包み込んだ。そして何かが勢いよく飛び出してくる。一台のバイクである。
鋭いフォルムに緑色の派手な塗装、カワサキのニンジャシリーズと呼ばれるオートバイ。乗っているのは白ブチ眼鏡をかけた屈強そうな黒人、ゾフィであった。
校舎に突入する前、カメコウが機転を利かせてゾフィに連絡していたのだ。
「オラオラァッ! 轢いちまうぞ、この野郎!!」
ゾフィはアサルトライフルでサムチャイを執拗に狙う。それを超人的な体捌きでかわすサムチャイだったが、光で目が眩み、反撃できずに居た。堪らずに空き教室の中へと姿を晦ます。
それからゾフィはバイクを豪快に乗り捨て、ボロボロになったメガミを担ぎ上げた。
そして「カメコウ!」と言葉を発すると、アサルトライフルを彼に投げ渡した。動揺するカメコウだったが、作戦を把握すると、銃を構え直す。
次にラッシュを拾い上げ、二人をバイクの後ろに寝かせた。
「大丈夫かよ、酷くやられたな」
「ああ、すまない……」
息も絶え絶えのメガミを見て、ゾフィは口を噤む。そして、視界の端でロジーを見つけた。血まみれであり、死の淵を彷徨っている事に気付く。慌てて傍へと駆け寄った。
腹部に銃弾を受けている。それも複数。
早く手当てをすれば、まだ助かるかもしれない。ゾフィは、ロジーが握っていた手榴弾を掴み取る。
「クソ野郎、出てきやがれ……!」
歯噛みし、激昂するゾフィ。彼が教室へ突撃すると、そこに人の姿はなかった。
窓が開けられていたので、そこから下を覘く。すると、走り去るサムチャイの背中が、夜の闇へと消えていくのだった。
「時間切れです。今日は退きましょう」
サムチャイは撤退を決意していた。
直に警察もやってくる頃合だ。これ以上は無駄だと判断したのである。
「調理実習室まで持っていければ、食べられたのになぁ。ハハハハ……」
口の端を吊り上げ、狂気の笑みを浮かべるサムチャイ。
バラバラにして食人する予定だったのだろう。それが叶わなかったのはこの男にとって遺憾であったが、強者と戦う事が出来たのは満足そうであった。
額から垂れてきた血をペロリと舐める。
不気味な笑い声が、夜の学園に響いていた。




