令嬢はまたお手軽な冒険に出る14
「――主に敵対するのであれば、排除する」
「え?」
シーアの声とともに空気が動き、ギン! と鋼と鋼のぶつかり合う音が響いた。
いつの間にか抜剣していたフランが、ハミルトン様の喉に今にも届こうとしていたシーアの爪を弾いたのだ。
二人は睨み合い、ハミルトン様は慌てて数歩後ろに下がった。
ハミルトン様は顔色が真っ青になっている。喉を裂かれそうになったからかな。命の危機ってなかなか経験しないものね……
「マギーはこっち」
キャロが飄々とした様子で、私の腕を引っ張ってレインとアベル様も居る部屋の隅へと連れて行く。
ちょっと待って! フランたちはどうするの?
フランの方へ戻ろうとするけれど、キャロの力は異様に強くてびくともしない。
私の親友って、こんなに馬鹿力だったの!?
……じゃないと、自然の壁をボルダリングなんてできないか。キャロはすごいなぁ。
「……お嬢様の『ご友人』に、手出しをするのは控えろ」
「『友人』? 我には邪魔者にしか見えぬが。それに貴様に指示される筋合いはない」
シーアは爪でフランの剣を押し返すと、大きく息を吸い込んだ。シーアの喉が内側から明るく光る。そして――
彼は口から、まばゆい火球を吐き出した。
フランは焦る様子も見せずに一歩後ろに引くと、ハミルトン様を庇うようにして剣を振るう。火球は細剣に引き裂かれ、二人の髪一本すら傷つけることはなかった。
「……ほう」
シーアの瞳の縦瞳孔がきゅっと細くなり、その唇には『楽しんでいる』としか言いようのない笑みが浮かぶ。やっぱりこの子、戦闘民族だ!
それにしても戦っているレアなフラン、かっこいいなぁ! いくら騎士家の出身だと言われても、実際に戦っているところを見ないと実感は湧かないものだ。
細剣を構え、切っ先をひたりとシーアに向けるその姿はとても凛々しく美しい。
ひゃだ、惚れ直しちゃう! いや、毎日惚れ直してるんだけど! だってフランは、毎日素敵なんだもの!
こんなのんきなことを、考えている場合じゃないわね。
しかしこれは、どうやって止めれば……
「面白いな、人間。貴様は何者だ」
シーアが愉悦を含む声音で訊ねると、フランは大きなため息を吐く。
「ただの田舎貴族で、ただの従者ですよ。そこらの凡人です」
「はっ、悪い冗談だ。古代竜のブレスを防げる人間が凡人なわけがないだろう」
……古代竜? 古代竜ってなんだろう。シーア自身を指す言葉なのかな。
そんなよくわからないものに感心されてるフランは、もしかしてとってもすごい騎士なのかしら! やだ、フランの魅力をまた発見してしまったわ!
王家に仕える近衛騎士くらい強いのかな! なんだか鼻が高いわね!
「古代竜って、なに?」
小声でキャロとアベル様に訊ねると、ふるふると首を横に振られる。彼らも知らないことらしい。
「古代竜だと!?」
しかし、ハミルトン様から驚きの声が上がった。
「ハミルトン様! 古代竜ってなんですかー?」
少し離れた場所に居るハミルトン様に、大きな声で訊ねる。
すると彼は眼鏡のブリッジを押し上げ、曇りひとつ無いレンズを光らせながら口を開いた。
「通常の竜は長く生きて二百年やそこらだ。しかしごく稀にいるのだよ。その寿命を超過し、何千年と生きる竜の個体が。その竜たちはふつうの竜とは別格の力を持ち、人語も解すると聞くが……」
ほほーそういうものなのか。勉強になるなぁ。
そうか、シーアは竜なのか。翼が竜っぽいなぁとは思っていたけど。
竜は凶暴な生き物だ。人間の村を襲って焼くし、遠征中の騎士隊が急襲され壊滅したという話も聞く。竜が人間や他の生き物を襲うのは『捕食』のため……という面もあるけれど、それよりも本能任せの『衝動』の方が強い。人を食べたとしても『破壊』の『ついで』に腹を満たしているだけなのだと、図書館の本でそう学んだわ。
彼が竜なのならば、この好戦的な様子や物騒さも納得できる。
だけど……
「竜が、なぜ人の姿なの? それにさっきはサーリヤに造られたって言ってたわよね?」
「サーリヤに、この器に『押し込められた』のだ。そして強固な隷属の誓いで縛られた」
サーリヤが肉体を造り、そこに古代竜を閉じ込めたってことかな。そして主従契約で縛った……と。
シーアは『サーリヤに造られたもの』であり、『古代竜』なのか。なんだかすごい。
会話の間も、シーアはフランから目を離さない。
フランも細い瞳をさらに細めてシーアを注視し、二人の視線は交錯したままだ。
いいな、私もそんな情熱的な瞳で見つめられたい。細くて糸みたいな目が私だけを捉えるの……それを想像するだけで体が熱くなる。ああ、ぞくぞくしてきた!
「器に古代竜を? 本当に興味深いな」
ハミルトン様は先ほど殺されかけたのを忘れたかのように、食い入るようにシーアを眺め倒している。本当に、懲りない人だなぁ。
「ねぇ、シーア」
「なんだ、主」
「……仮にね。別の人に貴方を預けたら、どうなるの?」
落とし所を探るために、気になったことを訊ねてみる。すると……
「その場の者たちをすべて排して、主の場所に戻るだけだ。主以外の人間にいいようにされる気はない」
きっぱりとした返答が返ってきた。
……なるほど。私が直接下すことにしか、従わないってことなんだろうな。
「ハミルトン様。シーアを王家に預けると……たぶん王都は壊滅しますよ」
「ぐっ……」
シーアの返答を踏まえてハミルトン様に声をかけると、彼は小さく呻きを上げた。そして眼鏡のフレームをカチャカチャと指で上げ下げした後に、ふーっと大きく息を吐く。
「……秘密にせざるを得ないようだな」
そして何匹もの苦虫を噛み潰したかのような表情でそう言った。
「ハミーちゃん様は、お姉様の共犯者ですね!」
「ぐっ!」
レインに明るい口調で言われ、ハミルトン様は悔しそうにギリリと唇を噛みしめた。
そんなこんなで丸く(?)収まった模様です(*´﹃`*)
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