八魔将
「俺の《隠密》は破られねえと思ってたんだがなァ?どういう手品使ったんだァ、勇者さんよ?」
「話すと思っているのか?」
「いいや、あんまり期待はしてなかったよ。だからよォ、全員殺しゃあそのうち命乞いがてら聞けんだろ?」
「随分とまあ最悪な性格してやがんな………」
「……一刻も早く馬車を逃がさないと。死人が出るかも」
ぼんやりとした意識の中でそんな会話が聞こえる。知らない声は追ってきた魔族のものなんだろう。あの光景の通りなら、魔族の風貌はとても奇妙なもののはずだ。僕たちと同じように直立歩行をし、2本の足で立っている。だが、決定的に違うのはその顔がカラスのものである、ということだ。肌もその色と違わず、黒いものだった。腰から下は羽毛に包まれている。けれど上半身と腕は羽毛には包まれておらず、人間のものと似ていた。だからこそ、その筋肉の異様さがわかる。アルヴァさんよりもムキムキなんだ。まあ、身長が4~5mくらいあるから仕方ないのかもしれないけれど。そして、何よりも特徴的なのはその背中から生えた漆黒の翼。自身の身長よりも大きなそれをどうやって支えているのか不思議なくらいだ。
「カトレアさん、急いでこの場から離れてください。あれは今までの敵とは桁が違います………今の私たちでも勝てるかどうかわかりません。時間を稼いでいる間になるべく遠くまで行ってください」
「は、はい………」
「待って……シルヴィアさんは………どうするの?」
「私は凛花様たちと共に戦います。一人だけ逃げるなんてことはできませんから」
まあ、シルヴィアさんならそうするだろう。自分一人だけ助かる、なんてことは考えない。いや、考えることすらしない人なのだから。けど………
「駄目だよ……今行けば………シルヴィアさんは…………」
脳裏に流れるのは離れていく馬車。叫ぶ僕。必死に止めるカトレアと凛花さん。そして、死体となってしまったシルヴィアさん。あのときに見た夢のことを思い出していた。それを今、シルヴィアさんを行かせてしまえばそうなってしまうのではないかと思っている。それが当然のことであるかのように。
「……たとえ、私が死んでしまうとしても。凛花様たちが犠牲になり、私が助かるなんてことは自分自身が許せなくなります。だから………申し訳ありません」
いたはずの気配が遠ざかっていく。どうすれば……どうすればいいんだろう………僕は、どうするべきだったんだろう…………?
(君はどうしたい?)
「だれ………?」
僕が知っている誰のでもない声。なのに、不思議とその声に懐かしいものを感じる。僕はこの声を知っている。そんな気がする。
(無理に喋らなくてもいいよ。僕は君の声が聞こえるんだから)
(そう、なの?)
(そうだよ。あんまり喋ると消えちゃうから言えないけど)
(そっか……ありがとう)
(どういたしまして。さっきの答えを聞こうか。君はどうしたいかな?どうなったら嬉しい?)
(……嬉しい、っていうのがどんなのかわからない。どうしたいのかも………)
(じゃあ、質問を変えようか。どうであれば君は正しい、と思うのかな?)
(……みんなが。カトレアも、シルヴィアさんも、凛花さんもジリアンさんもアルヴァさんも。勿論、シンシアさんもアーネストさんもアリスさんも。みんなが生きてる、それが正しいことなんだと思う。誰かが死んじゃうのは………駄目だと思うんだ)
(そう。君らしいね)
(うん……僕にはもう、何もできない。何もできることがないんだ………)
(本当に?)
(だって、体が言うことを聞いてくれないもの。何ができるの?)
(……まだ、早かったかな?でも、出てくるのは間違ってなかったみたいだね)
(………?)
(君に力を貸してあげる。ただ、あまりお勧めはできないよ?もしかすると、死んじゃうかもしれない。いや、絶対に死なないけど。だけど死ぬほど辛いよ?それでも借りたい?)
(貸して。お願い)
(躊躇しないかあ。君らしいな。頑張って。君なら、きっといつか………)
力を入れることすらできなかった体に何かが入ってくる。カチリ、と歯車がかみ合ったかのような、そんな感触。立ち上がり、馬車の後方へと目を向ける。誰かが叫んでいるような気がするが、今は目の前のことだけに集中しよう。あの声は聞こえないけれど、一緒にいるのがなんとなくわかる。ああ、きっと忘れていることなんだろうな。悪いことをしちゃったかもしれない。でも、いつかちゃんと思い出すから。だから安心して。
遥かに多い数を相手に戦っているみんな。随分と離れたところにいるけど、何も問題ない。だって――――
(手を伸ばせば、きっと届くよね………)
※ ※ ※
「皆さん、大丈夫ですか!?」
馬車から飛び降り、凛花様たちのところに辿り着く。見ると、シンシアさんのパーティーも魔物討伐に参加していた。申し訳なくも思うが、正直に言えばありがたい。今は一人でも多くの協力が必要なのだから。
「大丈夫!……ユートは?」
凛花様が返事をしてくれる。後半は声を潜めて聞いてきた。むこうの魔族に聞かれるかもしれないからだろう。
「様子は変わらないようですが……幸い、ここから離れて行っているようです。巻き込まれることはないでしょう」
「そう。それならよかった」
「まあ、そっちの問題は何とかなったとして、だ。あいつどうするよ?」
ジリアン様が親指で示したのは圧倒的な存在感を放つカラスの魔族。すぐ近くに来たからこそわかるが、あれは私の手におえるものじゃない。
「今はダンナが粘っちゃいるが……いつ崩れるかわかりゃしねえ。このままじゃ恐らくだが………」
「負ける?」
「それだけで済むならまだいい。だがな、この様子だと死ぬ可能性の方がたけえ。んでもって、ダンナが崩れりゃ俺たちも終わりだ」
「……できる限りの支援を行いましょう。今の私たちにできることはそれくらいでしょうから」
魔法を使い、アルヴァ様の周囲にいる魔物たちを攻撃する。凛花様は先行し、魔法で作り上げた武器で魔物たちを倒していく。ジリアン様は弓と魔法で魔族に対して牽制をしているようだ。
(幸い、魔物は強くない……このままいけば………)
勝てる。いや、少なくとも有利に戦えると思う。
とそのとき大きな音がした。何かを叩きつけるかのような音。何の音?と思い、魔族の方を向いてそれに気付いた。
「……え?」
叩きつけられていたのはアルヴァ様だった。そして、離れたところには凛花様とシンシアさんたちまで。立っているのは隣のジリアン様と私だけ。みんなそれぞれに手傷を負っているのだ。
「おいおい、冗談だろ………?」
私も冗談だと思いたかった。何をされたのかわからないままにやられるなんて………
「マジかよ、上位魔族ってどいつもこいつもこんなにつええのか?命がいくつあっても足りねえっての………」
「ん?ああ、勘違いしてんのか。ちげえよ、俺は上位魔族じゃねえ」
「……どういう、ことですか?」
「俺はな、八魔将さ。カルラって言うんだよ。冥土の土産に教えといてやるぜ」
「なっ………!?」
最悪だ。何故、今ここに八魔将の一体が………
(どうすれば………!)
このままじゃ、私たちはみんな死んでしまう………
元死神は異世界を旅行中(仮)のブックマークが増えてました。びっくりですね。割と人気あるんだろうか………?