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さよなら、愛おしきこの世界

一応、最終話です

 白い世界の道を一人で歩く。二度も通った道だ。今更戸惑うことはない。……それだけ非日常的なことに巻き込まれてる、ということなのでもあるのだけど。それがあまり嫌でもないというのはおかしいだろうか?


 「……やあ。久しぶり」

 「なかなか時間が掛かったな。それに、その姿か」

 「歩きやすい姿を思ったらやっぱり、ね。自分の足で歩けるっていうのはいいよねえ」


 探してた子は湖のような、鏡のような。どちらとも言えない物の前に座っていた。覗き込むと、見知った顔が見える。こうやって見ると、年を取ったものだなあ、としみじみ思う。


 「ごめんね。結構待ったでしょ?」

 「構わんさ。むしろ、遅くなって感心していたところだ」


 僕は彼の横に腰掛ける。ふと思い立ったので触ってみれば、あの頃と何も変わらない手触りだった。そして、とてもとても懐かしく感じた。


 「不満があるとすれば……あの女のことだな」

 「まだ気にしてるの?根に持つねえ、君も」


 まさか、まだ許してないなんて。ある意味感心してしまった。きっとここに来たら、いつもの舌戦が始まるのだろうな、と思う。


 「……もうちょっと待ってていい?あの二人が来るまで」

 「あっちは放って行ってもいいだろう?」

 「いやいや、駄目だからね?拗ねちゃうよ」


 それに、約束もしたんだ。来るまで待ってる、って。それを破るわけにもいかないからね。


 「……仕方ない。許してやろう」

 「ごめんね。でも………」


 きっと二人なら、退屈はしないはずさ。話したいことはいっぱいあるんだから。真っ黒な狼の傍で、話を始めるのだった。


※               ※               ※

 ユート様にプロポーズを受けてから、どれだけの時間が経っただろう。少なくとも、少女だった私が老婆になるまでなのだから、相当時間は経ったはずである。魔族騒動はすっかり収まり、この世界は平和を取り戻していた。

 結婚をしてからというもの、自由に生きることができた。一人の女の子として、世界中を回ったのだ。煌びやかな生活をする選択もあったはずであるが、私は好きな人の傍で生きることを選んだ。それを父が許してくれたのが驚きだ。後から聞いたところによると、姉様が一枚噛んでいたそうなのだが。あの人らしいと笑ったものだった。


 そうそう、海の近くにあった国へと行けたときは嬉しかった。ユート様が祭りの際に言った言葉を覚えていてくれたことを知ったときはさらに。年甲斐もなくはしゃいで、私たちの家に戻ったときはくたくたであったことは今でもいい思い出だ。念願の魚系の料理も食べられたことだし、満足という言葉が合う。

 嬉しかったことと言えば、もう一つ。私に子供が生まれたこと。やんちゃな姉とのんびりした弟。まるで私とユート様のようで、笑ってしまった。一番喜んでいたのは孫ができた父だったのだが。


 カトレアはどうなのだ、と聞きたい人もいるだろうから、触れるとしよう。彼女もまた、ユート様の妻となっていた。家事の大部分を引き受けていたのは彼女なので、感謝の言葉しかない。こちらにも子供が生まれたのだが、なんと7人も生んでいた。私もユート様も7人目が生まれたときはびっくりしていた。

 私の子供もカトレアの子供も仲は良く、喧嘩はしても概ね良好な関係を築けていると思う。……喧嘩の要因はほとんど私の男の子の子供の方を誰が世話するか。女の子同士が喧嘩をしている。男の子の方は、と言うといつの間にかその子を含めて遊んでいたりする。後からずるいずるいと言われるのは、面倒を見ている男の子たちである。理不尽なことだ。


 姉弟の話で思い出したが、シュレンブルク王国は兄が継いだらしい。継いだはいいがやることが多いらしく、こんなならお前に譲るんだったとため息をついていたのを覚えている。姉上の方はしれっといい男を捕まえて、結婚していた。相変わらず、とんでもない姉だと思う。

 そして………


 「ここが死後に通る道、ですか………」


 最初に死んでしまったのはやはりユート様だった。とはいえ、40までしか生きられないだろう、という神の予想を超えて、50歳まで生きてみせた。やはり、あの人は勇者なのだな、と納得してしまったのを覚えている。

 次はカトレア。病気にかかってしまったのが災いして、命を落としてしまった。だが、十分長生きはしていた上、後悔はなかったらしい。最後まで笑って息を引き取った。


 「私は幸せ者、なのでしょうね」


 私はなかなか死ぬことができず、なんと80歳まで生きてしまった。この世界では驚異の年齢だっただろう。死因は寿命。最期は子供だけでなく、孫やひ孫にまで看取られてのものだった。カトレアの方の子供にまで来てもらったのだから、満足できないはずもなかった。

 真っ白な不思議な世界を、一人で歩く。不安はない。この先には、きっとあの人が待っているだろうから。


 「あ、来た来た。待ってたよ」

 「一番長生きでしたね。あんなに生きるなんて驚きでした」

 「フン、そのまま来なければよかったものを」

 「最後は余計ですよ」


 やっぱりこの魔物はいるのか、と思わず睨みつけるも、まあまあ、とユート様が宥めに入る。あの頃と同じような状況に、どこかホッとしている自分もいる。


 「さて、と」


 白い髪に、感情が読みやすくなった黒い目をした少年が立ち上がる。黒い艶やかな毛並みの狼が隣に位置して、赤混じりの茶髪の少女が手を取った。


 「行こうか。あの世界はもう子供たちに任せよう?」

 「そうですね」


 差し出された手を握る。私の手は年老いて皺だらけになったものではなく、勇者様たちと冒険をしていたときのような白さになっていた。髪の色も銀に戻っている。


 「次はどこに行くのかなあ?」

 「どこでしょうね。私はユート様の行くところについて行くだけですよ」

 「ユート様は常に見ていないと心配ですからねえ」

 「それには同意だな。だが、そこの元姫。お前はついて来ないでいい」

 「そっくりそのままお返ししますよ」

 「まあまあ、二人とも。そこまでにしとこうよ」


 ゆっくりと世界から離れていく。次はどこに行くのだろう。どんな冒険を刻むのだろう。


 「それは神のみぞ知る、ってね」


 金髪の少年が黒い球を突きながら言う。黒い球は抗議するかのように、動いて見せた。


 「人間というのは面白い。時に、神々の予想を遥かに越えて見せる。これだから人を観察するのはやめられないんだよね」


 黒い球は怒ったように突撃するも、あっさりと弾かれてしまう。力を失った邪神に、勝つ手段はないのだ。


 「君も人間を理解しようとしてみたらどうだい?案外、楽しいと思うよ?」


 そろそろ、ユートというホムンクルスがいた世界の戦争も止まるだろう。そこから先どうなるかは人次第だ。


 「僕は応援しかできないけど……頑張るといい。僕はいつでも見守っているのだから」


 邪神と対を為す存在――――アフラ・マズダはこの場所を通った4つの影のことを思う。また面白い物語を紡いでくれと。


 「それを語るのはまた別の機会に、かな」

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